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【第42話】貿易風を捉えて 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


第4章 ⚓️夢の約束⚓️


季節は8月下旬になっていた。

僕たちはロサンゼルスを後にした。いよいよ憧れのハワイ航路だ。
ホライズン号は、ロスから少し南下しながら、一路ハワイを目指す。
貿易風帯を快適にセーリングするためだ。

貿易風帯。赤道付近より高い緯度を、東寄りに吹き込む風の帯である。太古から、貿易商をはじめとした船乗りが、帆船を操ってこの風帯を利用し、世界を旅した。

その頃も、きっと快適な航海を満喫したに違いない。

船乗りの歴史を辿ってるのだと思うと、感慨深い。

恒常的に風が吹くために、ヨット乗りにもありがたい風帯なのだ。

やがてホライズン号は貿易風と思われる、やや後ろからの風を受けて快調に滑り出した。
ご機嫌な風だ!ホライズン号のやつ、歌を歌っているかのような波切りの音を船首から奏でている。

空は晴れ、真綿をちぎって貼り付けたような貿易風帯独特の雲が浮かぶ。気温も25℃。心地いい。順風満帆とは、このことだろう。

あまりにも気持ちの良い船旅だった。そのため、僕は風上側のデッキに寝袋を敷いて寝たりした。

裕太から「危ないぞ、やめとけ!」と怒られた。当たり前だ。普通ならそんな危険なことはしない。
だが僕は、一度でいいから暖かい海で星を見ながら、寝入ってみたかったのだ。

その時は、ワッチが裕太だった。不思議な光景を見た。
裕太が、優雅に舵輪を握っている。僕はデッキで寝袋に入り、寝転がって夜空を見上げていた。
海から見る星空は、息を飲むほど美しい。空気中に遮るものが何もないからだ。

ちょうど午前0時頃だったと記憶している。

「あれは何だ?」思わず僕は、誰にともなく叫んだ。思わず、声が出たと言っても過言ではない。

裕太も口をポカンと開けて、星空を見上げている。

流れ星に遭遇したのだ。それも凄まじい数の流れ星だ。

見上げる空の、端から端までをまるでジェット機のように、何本も走り抜ける。
もちろん、音などない。だが、バチバチという音がしてもおかしくないほどの数だ。
時間にして10秒ほどだったか…。僕たちの航海を祈ってくれているかのような、光の天体ショーだった。

「UFOだったのかもしれないな。」裕太は言ったが、それも冗談ではないほどの鮮明さだった。

40年後の現在、その時の流星群のことをいくら調べても、記録がない。
記録はないが、僕たちの記憶には鮮明に刻み込まれている、素敵な思い出だ。

ある時は、巨大な鯨を見た。ザトウクジラのジャンプだ。ザトウクジラは、巨体の2/3を空中に出して大きくジャンプする。

ホライズン号から100mほど離れたところだった。その迫力は、肉眼で見たものしか分からない。
ジャンプの後に、「ザッパーン!」という音が響いた。

これは、僕たちがトローリングをしていた時だ。

「あの鯨が、擬似餌に食らいついたらどうしよう。」翔一の声に、僕も裕太も笑ったが、奴は極めて本気で心配していたようだった。

ハワイ航路は、この航海の中での最高の思い出として、3人の心に刻まれているはずだ。少なくとも、僕にとってはそうだった。

美しい海。心地いい気温と天候。セーリングにもってこいの、ちょうど良い風…。
今までの太平洋横断とは全く違う。

最高の仲間とホライズン号。いつまでも、こんな航海ができたら、最高にハッピーだろう。

しかし僕と裕太、翔一の3人での航海は、ハワイ航路が最後になることを、まだ僕たちは予想だにしていなかった。

ロサンゼルスのロングビーチを出港後、ずっと天測は太陽を利用していた。

「そろそろハワイも近くなった。正確にホライズン号の位置を割り出してみよう。」僕は二人に提案した。

暮れ時、水平線がまだ見える時間。僕たちは3方向の星を利用して天測した。
波もなく、海上はほとんど揺れない。そのため、天測の精度も高いと思われた。

すると、海図上に小さな三角形が現れた。

「ここが船の位置か。この調子だと明日の夕方くらいには、ハワイ本島が見えるかもな。」裕太が言う。

僕たちは、快適だったハワイ航路を各々の思い出に刻み込んでいった。

夕方、ハワイ島らしき島が確認できた。かなりでかい島だ。
ホライズン号はハワイ本島を右舷に見ながら、南端をかわし、オアフ島まで北西に進路を取った。

マウイ島、モロカイ島の島々を通り過ぎると、オアフ島のダイヤモンドヘッドを確認できた。
ハワイの観光写真よく見るダイヤモンドヘッドとは、何だか違う。逆から見るので、山の形がいつもの写真とは反対なのだ。

遠くにビーチが見える。どうやらワイキキビーチのようだ。後ろにはホテルらしき美しいビルが乱立している。壮観だ。

「これがワイキキビーチか。」裕太が呟く。

サーファーが波乗りしている。かなりの人が、ビーチでハワイを楽しんでいるようだ。

「サーフィンでもやるか?」翔一もテンションを上げている。

ホライズン号は、ワイキキビーチを過ぎてアラワイ・ヨットハーバーにもやった。

アラワイ・ヨットハーバー。今までこんなに美しいヨットハーバーを見たことはない。青い空と青い海に映えるヨットの白い帆。大小のヨットが所狭しと停泊し帆を休めている。

ところで当時は、ヨットを所有する人は圧倒的に富裕層が多かった。ヨットは金持ちの所有物だった。

当然、僕たちはお金のない若者の典型だったが、知恵と努力を注ぎ込んでホライズン号を誕生させた。
お金がなければ、出すのは知恵と努力しかない。

現代では、FRP製法で造られたヨットは、かなりの年月が経過しても劣化が進まない。
そのため、中古ヨット市場が賑わっている。
中間層のサラリーマンでも、ヨットを所有できる時代になった。いい時代だと思う。


ハワイには、トニー・キタムラ君が住んでいるはずだ。トニーは、シアトルの熊本県人会のパーティで出会った日系二世の医者、キタムラさんの息子である。

キタムラさんから、「ハワイで是非、息子のトニーに会ってくれ。」と電話番号を教えてもらっていた。

早速連絡を取った。

〜第42話 「貿易風を捉えて」完  次回「グリーンフラッシュを見たかい」

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