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【第37話】魅惑の海を征き… 『彼方なる南十字星』

日本の高度成長期。自作ヨットを操り、命がけで太平洋を渡り、南十字星を見に行った3人の若者の実話にもとづく冒険物語。***


シアトルでの、もう一つのエピソードを話しておこう。

ショルショーヨットハーバーに停泊中、新聞記事を見た人たちがホライズン号に来た。実にいろんな人の訪問を受けた。

中でも、日本の大学に留学したことのある、デビットという若者がやって来た時の思い出は心に残っている。
デビットは、同じ大学に通う女子大生を二人連れて、ホライズン号に遊びにやって来た。

日本に留学した経験があるだけに、日本語も堪能で、驚くことに尺八が得意だった。
何でも尺八の音色に惹かれて、尺八の文化を研究したらしい。

演奏を聞かせてくれたが、本当に素晴らしい演奏だった。シアトルの海で聴く祖国の楽器の音色は、僕たちの心を打つのに十分だった。

その後、デビットが連れていた女子大生を、裕太がナンパした。女の子たちも積極的で、太平洋を渡ってきたヨットマンにとても興味を持ったらしい。

裕太と翔一は、女子大生二人とシアトルの街に出かけて行った。

僕はソフィアのこともあり、デビットとホライズン号の中で語り合った。


デビットとは、近年Facebookで繋がり、今でも大切な友人として近況のやり取りをしている。相変わらず尺八の腕は大したもので、師範免許も取り、単独コンサートもしているらしい。


デビットが連れて来た女子大生と、相棒二人がどこで何をしていたか。ホライズン号に帰ってきた彼らの表情を見れば、判らない僕ではなかった。


シアトルを出航した。

次の予定目的地はサンフランシスコだ。だが、その前にバンクーバーに行くことにした。ある方に逢うためだ。

バンクーバーはカナダで有数の大きな都市だ。都市圏人口はカナダ国内第3位を誇る。

バンクーバー島に沿って北上している時だった。何やら背ビレのようなものが、ホライズン号と並走している。右舷30mくらいか。

妙に細長いその背ビレは、1m以上ある。

裕太が叫んだ。「間違いない。あれはシャチだ!」

舵を操りながら、僕も目を凝らして見た。その黒い生物は時々、頭の部分を水面に上げる。確かに目の部分が白い。水しぶきが2本上がる。よく見ると2頭いた。

体長は4〜5メートルほどか。
ホライズン号と並走し、スピードも合わせてくれている。友情に似た感覚を持った。

シャチは獰猛な海のハンターというイメージがある。実際に海の生態系の頂点は、間違いなくシャチだろう。

だが、記録が残る長い歴史の中で、シャチが人間を襲って食べた事件は起きていない。

彼らの知能は高い。
人間という同じ哺乳類の高い知能を誇る生物に対して、敬意を払っているのではないだろうか…。

そんなことを話しながら、バンクーバーへの航路を北上した。

バンクーバー港。

カナダ最大の湾港であり、アメリカ西海岸最大の港でもある。
当然だが、ハーバーにはたくさんのヨットやクルーザーが浮かんでいた。
中にはボートハウス(無料休憩所)があり、生活感が感じられる。

このヨットハーバーには、高砂でヨットを製造している時に指導していただいた松木さんの義理のお兄さんが、大きなヨットで生活しているということだった。

僕たちは、その方に逢いにやって来たのだ。名前をロバート・ヤシマという日系人らしい。

松木さんは、姫路からコンクリートヨットで世界一周を成し遂げた、「あきしま号」のキャプテンだった。僕たちにとって、憧れの大先輩でもある。

ロバートさんは、松木さんのヨットの師でもあった。そこで、僕たちは表敬訪問をしたのだ。

僕たちは、ロバートさんの愛艇「Seagull(シーガル)号」を見つけ、近くの桟橋にもやった。

シーガル号に向かい、ロバートさんを訪ねると彼はヨットのキャビンから、のそっと顔を出し、僕たちに向かってニッコリ笑ってくれた。

ヨットマンらしい体格のいい姿。髭を蓄えた顔は、日焼けしていた。

「You are welcome!」。ロバートさんは僕たちに握手を求め、僕たちはそれに応えた。

ゴツゴツした手だったが、とても大きく暖かい手だ。

ロバートさんは、シーガル号のキャビンに招待してくれた。古いが、とても大きくて綺麗なヨットだった。45ft級だ。

ヨットマンは、道具を大切にするべきだと僕は思っている。航海の道具を大切にすると、いざという時に救ってくれるのだ。

シーガル号は、ロバートさんが心から大切にしている印象を受けるヨットだった。彼は、僕たちに料理を振る舞ってくれた。

大きな圧力鍋に、これまた大きな牛肉の塊をぶち込み、数種類の香草を入れて焼く。

シーガル号には、小さいが冷蔵庫があった。ロバートさんは、シャンパンを開け、焼き上がった肉を薄く削いでくれて、皿に取り分けた。

「Cheers!」(乾杯!)

冷えたシャンパンに、豪快な肉料理。最高のご馳走だ。

シーガル号の薄暗いキャビンの中でロバートさんは、航海中のこと、ヨットのこと、海のこと…様々なことを語ってくれた。

ロバートさんは、航海中に六分儀をうっかり海に落としたことがあるらしい。船の位置が分からず、方向も決めかねていた時のことを話してくれた。

ヨットと並走してイルカが泳いでいる。何となく「ついて来い」と言っているような気がした。勘と言ってもいいだろう。イルカの泳ぐ方向に船を向け、ヨットを機走させた。残り少ない燃料を使ってだ。

数時間走らせると、陸地が見えてきた。そして助かった。並走して泳いでいたイルカは、いつの間にか見えなくたっていたそうだ。

海は、神がかりな出来事があるものだ。

ロバートさんの物静かな語り口は、まだまだ経験の浅い僕たちにはとても刺激的で新鮮な内容だった。

ヨット航海の奥は深い。

これからさらに経験を積み、ヨット操船の腕を磨きたい、高めたい。そんなことを改めて決意させてくれる話だった。

〜第37話 「魅惑の海を征き…」完 次回「夜光虫のエールを受けて…」

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