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モンゴルと着物旅日記①~突然の渡航先変更~

2020年1月下旬。

私は着物を5枚と帯4本を持って、モンゴルのチンギスハーン国際空港に降り立った。

外は零下30度。

迎えに来てくれたモンゴル人の親友と10年ぶりの再会を喜びハグをして「冬の中で1番寒い1月をなんで選んだのよ~」と笑われながら、ウランバートル市街地へとタクシーを走らせた。

そう。モンゴルの冬は、新暦の1月が1番寒い。モンゴル人でも嫌がる寒さなのである。何故そんな時期に私は、20キロ以上のスーツケースを抱え(中身は着物とお土産)、凍てつく冬のモンゴルに来ることになったのか。

時を遡ること、2019年9月。

大分県地域課題解決型起業補助事業に採択され、同年11月、起業した。

私が行おうとしている事業は、ソーシャルビジネスとして、着物で地域を活性化するというものだ。

今の日本で着物を着る体験といえば、神社仏閣を巡るプラン(歴史的な雰囲気が残る場所。京都や東京の浅草などを着物で歩くもの)が多く、そういった着物レンタルができる場所はけっこうある。しかもお得な価格で体験できるのである。

伝統的ないわゆるThe日本!という場所で着物を着るのは楽しい。しかし、それは結構ありふれていて、その市場は飽和状態だ。

そこで私は考えた。1000年以上の歴史のある民族衣装の着物は、日本で津々浦々、田舎から都会まで至る所で生活着として着られていた。ならば、田舎の何気ない風景の中で、ふつーの日に着物を着て散歩するツアー的なものがあっていいじゃないか!と。

地方の田舎の自然豊かな場所や生活空間に着物を着てお散歩して、隠れた名所スポットを一緒に探して歩く、着物アクティビティなる分野を立ち上げた。

これをすることで人気が出れば、地方でかつて活躍したであろう着付け師さんや、和裁士さんの雇用にも繋がると考えたのだ。もしかしたら、着物に遠かった若い子らが関心を寄せて着物の需要が増えるかもしれない。目指すは、着物市場の活性化と地域の雇用拡大だ。着物で収益が上げられるように、着物に再び価値を見出すこと。最終目標はそこである。

そんな話を友人知人にしてみたところ、「着物なんてどこにでもあるし、その辺で着るのにお金を取るなんて…」という意見をいただいた。そうか。日本人は、日常的に着る着物に価値はもう見出さないのかもしれない。そして海外旅行での体験ツアーなどには積極的に参加はすれども、日本国内のツアーに日本人自身が対価を払うということにはまだ慣れていないようだ。ならば2020年のオリンピック開催によるインバウンドの海外からの観光客をターゲットに事業を進めることとした。

採択された、大分県地域課題解決型起業補助事業の中に、販路拡大のための広報や市場調査のために海外への出張費用を計上しても良いということであったので、親日で着物への関心の高い台湾へ、和裁のデモンストレーションを行い、希望者に着物を着つけて写真を取るというイベントを行うこととして予算を計上した。着物アクティビティを広報するためと、和裁士を1人連れて行くこととして、人材の活用も行うのが狙いだ。

和裁のデモンストレーションは、親類の元和裁士と、知人の若い和裁士に声をかけてどちらかに協力してもらうことにした。面白そうだから、行くときは声をかけてほしいと、快いお返事をいただく。台湾の友人にも声をかけて、情報を集めることとした。

2019年12月。

起業したものの、バイトをしながら並行して準備をしていたが、本来力を注ぐべき新しい事業にうまく時間を割くことが出来ず全く前に進まない。なんのために起業したのか?この補助事業の締切は2020年1月末までである。そこまでに何らかの成果を上げなければならない。そこで思い切ってアルバイトをやめた。

そして、台湾行きの計画を立てようと、和裁士2名に打診した。来年1月に台湾で和裁と着付けのデモンストレーションをするので、一緒に来てほしい、と。すると、親戚の元和裁士は、足の手術をしたので二、三年は海外へは行けないと返事があった。もう1人の若い和裁士は、仕事があるので休めないから行けない、という返事であった。

頼りにしていた和裁士が2名とも、台湾行きは難しいということになり、地理の分からない台湾に1人で行くべきか、もうこのまま事業自体を辞めて、ほそぼそとアルバイトをしながら着物アクティビティの普及を図る方が良いのか。

悶々と悩みながら行き詰まり、スタートアップの相談員さんを頼って「せっかく採択されたんですけど、やっぱり事業やめようと思います」と漏らした。先が全く見えないし、もうどうやっていいのか分からない。すると「モンゴルに住んでいたんなら、モンゴルで着付けのデモンストレーションとして『月刊 岩ときもの』をやってみたらいいんじゃないんですか?広報として面白いと思いますよ。地理的なもの、言葉も大丈夫ですよね?やりやすいところで市場調査をしてみてはいかがですか?」と、渡りに舟的なアドバイスをいただいたのである。

私は2年間、モンゴルに住んでいたことがある。そういえば、モンゴル人の友人が前々から、着物でモンゴルの民族衣装デールを作ってみたい、と言っていたことを思い出し、中古の着物の利活用としての市場調査も含めて、海外出張を再検討することとなった。

スタートアップの相談員さんのアドバイスで、事業が進められそうだ。もうダメだと思っても、道はなんとか開けるものなんだなぁ!と、楽観的な気持ちが復活したところに次の山場がやってきた。

県の補助事業ということもあり、渡航先と出張内容の変更を届けなければならない。それを担当の職員さんに願い出たところ、「どうして突然渡航先を変更するんですか?海外への出張とは、観光として遊びに行くことじゃないんですよ?あなた、事業をやる気があるんですか?」と返ってきた。海外出張を、遊びに行くことと捕えられていたことには驚いた!

台湾へ一緒に行く予定だった和裁士2人が行けなくなったことと、1人で行くのであれば言葉の面と人脈の面でクリアしているモンゴルへ行ったほうが市場調査としての価値があることを伝えたのであるが、私の渡航先の変更は、「お気楽に遊びに行く」という感覚で捉えられていた。

こちとら、予定通りに進まない状況を好んで受け入れているわけではない。正直、今までしてきた仕事で、楽しく出張なんてものをしたことがない。帰って来たら、必ず報告書を書かなければならないではないか!しかも着物が廃れていくのは、私個人の問題ではないのだ。日本人全体の関心が低くなっているからで、それをなんとかしようと思ってこの事業を立ち上げたのだ。そして、私の物言いは、よく考えずに発言しているように捉えられる節があって、本当の趣旨が相手に上手く伝わっていないようだった。

「ちょっと言わせてもらいますけど!」

とても腹立たしいのと、もどかしいのとで私の口が火を噴いた。

「だいたいあなた、モンゴルの冬をご存知なんですか?マイナス30度ですよ?命の危険がある寒さなんですよ?想像できますか?帽子をかぶらなかったら、脳みそ凍っちゃうんですよ?そこに住んでいるモンゴル人でさえ外に出たくない1月の極寒のモンゴルに、誰が遊びに行こうという軽い考えでいると思うんですか?しかも冬の寒い時期に遊牧民に着物を着付けようなんて、どこにそんな人脈があるんですか?こんなこと遊びでやるなら夏にとっくにやってますよ!」

そう語気荒く訴えると、

「マイナス30度なんですか…そんなに寒いんですか…」モンゴルの冬の寒さにおののいた担当職員さんはそう呟いて、私に返した。

「2020年1月末までに必ず事業を終えられるとお約束していただけるのならば、変更申請を受けましょう」

かくして私は、当初予定していた台湾出張から、モンゴル出張が決まったのである。しかも決まったのが事業完了直前の1月上旬であった。(事業完了の締切は1月末)

そうと決まれば、市場調査に協力してくれると言ってくれたモンゴル人の親友に連絡だ!

「モンゴルに行くことになったよー♡♡」とメッセンジャーで伝えると、彼女はそれをとても喜んでくれた。

「いつ?いつなの?2月のお正月過ぎたら暖かくなるから、2月の中旬とかにおいでよー♡」嬉しそうな文面がパソコンの画面に並ぶ。

「2020年1月22日から5日間だよ」と伝えたら、

「えーーー!!!いっちばん寒い時じゃないの~日にち変えなよー」と、想定内の答えが返ってきた(笑)

担当職員さんもびっくりの、モンゴル人も嫌がる極寒の時期のモンゴルに、着物の着付けの海外出張として急遽行くことになったのは、こんな経緯からであった。(モンゴルと着物旅日記②へ、つづく)

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