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 『ワイルドスワン』ユン・チアン著(講談社文庫):図書館司書の読書随想

 第二次世界大戦前後から一九八〇年台までの、中国における著者の一族の歴史を描いた大作。

 祖母は軍閥将軍の妾となり、娘ともろくに会えない不遇の生を送る。
 そして、将軍が病死すると地方医師の妻となり、日本の満州統治時代、国民党支配時代を貧しいながらも、妾時代よりはささやかながら自由で幸福の時を過ごすようになる。
 
 やがて娘、著者にとっての母が成長し、国民党と対立する共産党の活動に邁進するようになる。
 その母は、自分以上に厳格に共産党の党則を厳守する男性と出会い、結婚し、著者が生まれる。
 けれど、この父は時代の流れに柔軟に合わせることなく共産党の理念を四角四面に実行し、やがては党のトップである毛沢東一派からも疎まれる存在になってしまう。
 毛沢東の恣意的な政策の運用に疑問を申し立てた手紙を出した父は、発狂するほどの拷問を受ける。母もまた拷問を受けるが、それも本来の党是に忠実だったからだった。
 
 上層部の失政により数千万人の餓死者が出たというから絶句してしまう。それでも、二億人以上人口が増えたというから、かの国の規模感に日本人の自分の感覚が追い付かない。
 文化大革命の嵐が吹き荒れる最中では、毛沢東の気持ち一つで、昨日までの権力者が今日は虐げられる者となる。
 その推移を逐一見ていた著者は、権力者の欺瞞に気付くが、教養のない庶民は自身の不幸を身近な役人のせいだとしか捉えられなかった。
 教育を受けていないために、視野狭窄に陥っているのだ。
 だからこそ、毛沢東はより簡単に支配できる民衆を好み、都市の知識階級を農地に返して学を奪う下放を行った。
 
 この作品の祖母、母、娘の三代に渡る大叙事詩は色々な読み方ができると思う。
 その中で自分が感じたのは、学習することは自由へ繋がる手段にもなるということだった。
 知らなければ、自身が囚われの身であることすら永久に理解できないのだから。
 以上のことから、教育の大切さを思い知った作品だった。

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