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長崎県産につき(仮) 後編

前の話↓

 怪しいじゃがいもは出てくるのだろうか。出てきたとして、捕まえた方が良いのだろうか。噛んだり毒を出したりしないだろうか。どんな生き物だろう。見た目はじゃがいもだけれど。
 いや、待て。
 そもそも何かと見間違えたのではないだろうか。そんなものは最初から存在していない。育児ノイローゼによる幻覚だろう。
 私は酷く疲れている。

「おーい、チャラポテ。カッコいいオープンカーだよ。いつもウェーイって言ってるヤツ」
「マジか。フル? セミ?」
「よくわかんない。けど赤いよ」
「俺ちゃんのこと、捕まえたりすんなよな。ソラニンぶち撒けっからな」
「捕まえたりしないよ」

 じゃがいもはしっかり息子と意思疎通をはかっていた。
 やはり、見間違えなんかじゃない。言葉を喋るじゃがいもだ。じゃがいもの化け物が家にいる。見た目がいもなのであまり怖くは無いけれど。
 しばらくして台所の方からゆっくりとじゃがいもが転がって来た。よく見るといもにはテンガロンハットとウクレレが引っ付いている。
 ころころとオープンカーの前まで転がって止まると、ぽんっと白い手足が出て立ち上がった。そして立ち上がりテンガロンハットを被り直した。

「ウソでしょ……じゃがいもが立った」
「やっぱりチャラポテだあ」

 チャラポテはまじまじとおもちゃのオープンカーを眺め、

「おいおいおいおいー! おもちゃじゃねぇか! しかもハードトップ! 俺ちゃんの好みじゃないぜ」

 と、ぶつくさ言いながら腕組みをしている。

「ママ! 見て! チャラポテがいるよっ!」
「うん……何かいるね」
「うわぁ、ちっちゃい。可愛い! 家で飼おうよ。ママー」
「飼う?」

 じゃがいもを飼う? いもを飼う? いもを飼うって何だ?
 飛び跳ねて喜ぶ息子の横で私は何が起こっているのか理解をするのに必死だった。
 変な呪文を唱えるとテンガロンハットを被ったじゃがいもがウクレレを弾きながら登場した。
 そして気付けばじゃがいもはオープンカーに乗っていた。

「押すとピカピカ光るよ。あと音楽も鳴るよ」
「マジ? そういうの好きよ。良いじゃん良いじゃん」

 運転席についているボタンを押すと、軽快な音楽と共にオープンカーが左右に揺れ出した。

「おおっふ。良いねこれ! ご機嫌じゃん!」

 乗っているじゃがいももウクレレを弾き始めノリノリである。

「呼ばれて波乗りチャラポテェット」
「呼ばれて波乗りチャラポテェイェイェイッ」

 息子も体を揺らしながら歌い出した。

「イェイイェイイェイッ」
「波に乗るのさーイェイッ」

 謎のじゃがいものテーマソングなのだろうか。二人して愉快に歌っている。
 ひとしきり歌い切ったのか、最後にポロンとウクレレを鳴らしたと同時にオープンカーの揺れもおさまった。何なんだ。

「はぁー、なかなか気持ち良かったぜ。坊ちゃん名前は?」
「けいた。あさみけいた」
「ふぅん、けいた。気に入った! これからよろしくな」

 じゃがいもは小さな親指を立てて息子にその手を向けた。

「うん、良いよっ!」
「いや、良くないからっ! けいちゃん、ダメだよ! こんな変なじゃがいもが家にいたら困るでしょ!」

 家に人を呼べないし、何よりも夫に何と説明をしたら良いかわからない。

「何で困るの?」
「何で困るのぉ? 俺ちゃん、動物と違ってお世話いらないぜ。勝手に家のもん食べるしよ。トイレもしねぇし」
「夫に何て説明したら良いか……それにあなた……じゃがいもだし。そのうち芽が出て腐りますよね?」
「腐るだぁ? おいおいおいおい。俺をそこら辺のじゃがいもと一緒にしてもらっちゃ困るぜ。天下の長崎生まれだぜ?」

 長崎生まれのどこがどう違うのか良くわからない。そもそもじゃがいもと言ったら北海道産じゃないのか。

「俺ちゃんはさ、いつかアイダホを超えるようなビッグなポテトになりたいわけよ」

 オープンカーの扉を開け、ゆっくりと車から降りてきた。

「その第一歩を踏み出すのがここからってわけよ。俺ちゃんの伝説ストーリーを見守ってくれよなっ!」
「チャラポテすごーい! かっこいー!」

 いや、全然意味がわからん。説明にもなっていない。しかし、息子はすっかり懐柔されてしまっている。こんなわけのわからないじゃがいもに丸め込まれるとは……息子の将来が心配でたまらない。

 その時、突然に玄関の扉が開かれ、夫が帰って来た。
 まずい! 隠さなければ!

「ただいまー」

 玄関先で革靴の靴ひもを解く音がしている。

「じゃがいもはどっかに隠れててっ! けいちゃんはパパに内緒だよっ!」
「あはは、俺ちゃん間男みたいじゃん。ウケる」
「うるさいっ!」
「チャラポテはじゃあ僕の部屋に行こ」
「ウェーイ、了解しやした」

 息子とじゃがいもは仲良く隣りの部屋へ入った。
 部屋の扉を閉めご丁寧に中から鍵までかけた。変なところでしっかりしている息子である。

「ただいま。あれ、けいちゃんは?」
「何か一人部屋ごっこしてるみたい。そっとしといてあげて」
「ふぅん。あ、金曜日って何かあったっけ? 部長からどうかって誘われちゃってさ……」

 心臓がどきどきと早鳴っている。部屋に行った怪しいじゃがいもが夫に見つかりやしないかと、まるで私が誰かと不倫をしているような緊張感。相手はじゃがいもだけど。

「今日はピザをとろうと思って。少し疲れちゃった」
「大丈夫? たまには良いんじゃない?」
「先にお風呂入って。あ、シャワーだけど」
「わかった」

 この日から私と息子(夫も少しだけ)と謎のじゃがいもチャラポテとの不思議でゆるい生活が始まるのであった。

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