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棄てるはずのものに新たな価値を生みだす、人気ベーカリーLenの商品づくり

地元ではもはや知らない人はいない、パンとスイーツの大人気店「Len -Local Speciality Factory-」。開店当初から地元の食材を使うことにこだわり、なかでも「豆乳おからクッキーシュー」は、生産者・大企業とも連携したサステナブルな取り組みが評価され、「かわさきSDGs大賞2022」で特別賞を受賞しました。そこでLenを運営するten株式会社代表取締役 丸山佑樹さんに商品開発の背景や想いについて伺いました。

丸山 佑樹(ten inc.)「共創」をテーマとし、地域に根ざした多角的な事業展開を行う。 直営店舗・施設の運営の他、地元農家とのファーマーズマーケットや、 「大山街道アクションフォーラム運営委員」として、 街を豊かにするための地域イベントの企画制作等も行う。
 
 

生産者の方への想いと街の声から生まれたLen


――Lenの立ち上げの経緯を教えてください。
 
Lenは約2年前、まさにコロナ禍の真っただ中に立ち上がったブランドです。
LOCAL・EAT・NEIGHBORHOODそれぞれの頭文字を取って名付けました。ローカルは地元、NEIGHBORHOODは近隣・地域という意味で、コンセプトがそのまま店名になっています。
それ以前に、地元の食材を使うなど、生産者さんたちとコラボして新しい価値を生み出す「MADE IN LOCAL(地元産)」をコンセプトにしたTETO-TEOというカフェを2017年から運営していました。コロナ禍となり、飲食店は一時期営業も止まって、野菜の仕入れもストップしてしまいました。ピーク時には大量の野菜が廃棄されてしまう状況でした。飲食店は仕込みなどの調整ができますが、野菜は数カ月前から育てているので、一度作り始めたら調整はできません。生産者の皆さんのもとに直接仕入れに行っていたので、その悲惨な状態を目の当たりにして、なんとかしたい、という想いが芽生えました。
また、ステイホームが提唱されテイクアウトの需要が高まったことや、地域にこだわりのパン屋さんが欲しいというお客様からの声も聞いていたので、そのことも重なって、Lenを構想しました。
 
――川崎市の溝の口エリアで事業を始めた理由を教えてください。
 
もともとは、都内で飲食店やイベントを行う会社を運営していましたが、店舗拡大や売り上げだけを追い求めることが、どこか違うのではないかと感じ始めました。本当は何をしたいかを考えたら、地域の人と一緒になって、まちづくりをしたいと思って、見つけた場所が溝の口でした。
住民の感度が高くて、開発されつくしていない余白があって。都内から一本川を隔てるだけで農地が多く、生産者の方と近い距離で一緒に何かできそうだなと。事業をはじめるのに最適なまちだなと思いました。

 ――最初はどうやって農家の方とのつながりをつくっていったのでしょうか。 

まず、直売所マップを頼りにとりあえず農地へ足を運んだり、「高津さんの市」という小さなファーマーズマーケットで出店している方に声をかけたり。そうやって少しずつつながりをつくっていきました。ある程度関係性ができると、今度は農家の方が、知り合いを紹介してくれて。現在は20~30か所の生産者さんとお取引していますね。 地産地消には潜在的なニーズがある 

――地元の食材を使うことの利点はどこだと思いますか。 

僕自身もそうでしたが、市内にこんなにたくさんの農作物があることを知らない人も多いんです。それでも、『地産地消』というワードは誰もが潜在的に求めていて、そこに価値を感じてくださる方が、どんどん増えていると思いますね。SDGsや脱炭素に向けた輸送距離の問題に関心が高まって、美味しさだけではなく、環境に配慮された商品が選ばれるようになっているのではないでしょうか。また、生産者さんのもとに直接仕入れに行くことで、労力はかかりますが、通ううちに仲良くなって、「いつも取りに来てくれるからこれも持って行って」と言っていただくこともあります。想定外でしたが、そういう農家の方のやさしさと輸送コストが抑えられることで、一部価格にも還元ができていると思います。 

川崎市の名産品を詰め込んだ『FARM TO GIFT〜農園からの贈り物〜』シリーズ 

――地元の食材を使った商品はどのようなものがありますか? 

Lenではすべての商品で、何かしら川崎の食材を使用しています。春は、伝統野菜の「のらぼう菜」のなかでもレジェンドである高橋さんの遺志を継いだのらぼう菜を使用した「のらぼう菜チャバタ」がイチオシですね。 また、最近では、『FARM TO GIFT〜農園からの贈り物〜』というギフト向け商品をスタートしました。「黒川の生みたて卵」や、「小泉農園のわがままいちご」を使用して生キャラメルクッキーサンドをつくりました。のらぼう菜や多摩川梨など、今後も川崎の名産品を使用していく予定です。これは、農家へ直接取材をして、生産者の想いをストーリー仕立てでまとめたものも同梱しています。  


Lenの取り組みを地域の取り組みにして持続可能へ 

――さまざまな商品のなかでも、『豆乳おからクッキーシュー』は大きな話題となりましたね。開発の背景を教えてください。 

もともと市内の豆腐店で豆乳を仕入れていたのですが、ある日、お店に行ったら粉雪のような白いモフモフしたおいしそうなものが置いてあったんです。何かと聞いたら「おからを棄てるところだよ」と。毎日お惣菜にしたり、お客様にサービスで配ったりしても、どうして余ってしまうんだというんです。もったいないと感じて、おからを持ち帰りました。最初はグラノーラやクッキーにしたり、チョコレートに混ぜたりしました。それなりにうまくいったんですが、もっとおからの良さを生かせる方法を模索していました。そのなかで、Lenで一番人気のシュークリームに活用すれば、おからをたくさん消費できて良いのではないかと開発に挑戦したんです。ただ、おからは吸水性が高く、どうしてもシュー生地のサクサク感が失われてしまってうまくいきませんでした。

諦めかけていたところに、たまたま川崎市産業振興財団の三浦理事長と話す機会があって「知的財産マッチングに興味はないか」と聞かれました。大規模企業の技術で、中小企業の課題を解決するマッチングを行っているから課題がないかと。それで、ちょうど試行錯誤していたシュークリームの話をしたんです。そうしたら、株式会社キユーピーの「カルホープ」を紹介していただいて。マヨネーズをつくる際に出る卵の殻を粉砕してできた粉で、その利用の効果が“シュークリームの皮をパリッとさせる”ものだったんです。カルホープも棄てるはずのものを利用していて、キユーピーの方もシンパシーを感じてくださったようでした。ちょうどSDGsの機運も高まっていた時期で、取材もたくさんしていただきました。多くの人に知っていただいたことで、売り上げも伸びて、おからを大量に消費できてたので豆腐屋さんもとても喜んでくださっていますね。


皮のサクサク食感とやわらかいクリームが相性抜群の『豆乳おからクッキーシュー』 

――今後の展望について教えてください。

 豆腐屋さんからすると価値が無いものが、僕らのような他業種からすると価値を見出せることがある。今回はおからでしたが、同じようにまだ使えるのに廃棄されているものがあるのではないかと思っています。例えば果樹系の農家さんでは必ず摘果作業(※未成熟の果実を摘み取る剪定作業)を行いますよね。その摘果されたブドウは、もちろん硬いしおいしくないんですけど、いまそれを天然酵母にして使っているんです。出来上がったパンの味や香りに大きく影響があるわけではないですが、パン好きの人からは価値を感じてもらえています。こういった取り組みは、ほかのパン屋さんでも一緒にやったほうがいいんじゃないかと思っています。1店舗だけ、1つの生産者さんだけというと続かないですよ。せっかく環境に良いことでも続かなければ意味がないですよね。価値づくりに重きを置いて、それが環境問題への取り組みにもつながり、長く続けられるのが理想ではないかと思います。

  Len Café
住所:神奈川県川崎市高津区溝口3-13-5 LUNA PIENA1階
TEL:044-281-4456
インスタグラム:@Len_factory 

おいしいだけじゃない魅力が商品に

友人への手土産に、「川崎市の食材を使っているんだよ」とひと言添えて渡すと必ず喜んでもらえるLenのお菓子。地産地消はもちろんのこと、棄てられるものに目を向け、それを商品として魅力的なものに変える丸山さんの発想力、スタッフの皆さんの開発力にとても感動しました。


書いた人・松井みほ子
川崎市在住。出版社でファッション誌の編集に携わる。その後は編集プロダクションにて書籍、WEB、広告など媒体やジャンルに関わらず、幅広く制作。現在はフリーランスで編集・ライターとして活動中。