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メンタルヘルス不調になってもその活躍を当たり前に信じられる社会をつくる

どこまで回復すると思っているか

私は、精神科医や産業医向けの講演会で、「メンタルヘルス不調者(うつ病患者)はどこまで回復すると思いますか?」と尋ねることがある。たいていの場合、体調を崩す前の状態に戻るという先生は3-4割、以前の80%くらい状態までというのが3-4割、あとはそれ以下か、わからないという回答になる。そのあとに私が「元の状態以上、120%くらいの状態になる、今まで以上に活躍できる状態になると思って関わっている」というとびっくりされる。私は、メンタルヘルス不調になった方は、命や人生さえもあきらめそうになるほどつらい経験をしてきてからこそ、気づけることがある、見える世界があると思っている。

「戻ろう、ではなく、進もう」

リヴァトレが理想とする「リワーク」の形。その“2つのポイント”についてご紹介します。 | 株式会社リヴァ(LIVA)

これは、私が懇意にしている、メンタルヘルス不調者の就労移行支援サービスを提供する株式会社リヴァのスローガンだが、メンタルヘルス不調者の復帰の現場において、とてもしっくりくる言葉だと思う。体調を崩すと、早くもとに戻りたいという気持ちになることが多いが、戻ったとしてもまた同じことを繰り返すことだってある。まったく同じに戻ることも難しい。でも「進もう」という言葉は、前向きに新たな選択肢を与えてくれる。

信じてくれる人の存在が大きな力になる

私自身、本当に苦しかった時、その時を自分を信じて、「大丈夫だよ、よく頑張っているね」と声をかけていただいたことが、今でもずっとこころに残っている。

小中高と野球に打ち込み、中学生から硬式野球のクラブチームで主力選手として活躍していたが、甲子園にも何度も出る高校の野球部に入ると、立場一転、ベンチにさえ入らせてもらえない、必死にあがくも肩や肘を痛める悪循環、自分にとって初めての大きな挫折だった。そんな時、藁をもすがる思いで、少年野球チームのコーチで鍼灸師でもある先生に、帰宅後の夜遅い時間に電話して、診てもらった。急な依頼にも関わらず快く受けてくれたこと、身体に触れながら「よく頑張ってるね!大丈夫だよ」と言ってくれたことが、鍼以上に自分を癒してくれた。この関わりがあったからこそ、そのあとの困難も乗り越え、今医師として、目の前の人に「大丈夫!」といえる存在になっている。

先日、お話を聞いた100億円を超える資産をお持ちの経営者の方は、ガキ大将だった中学生のころに、友達に無視され、死を考えたことがあった。その時、母親から「あなたは大丈夫、死んでも、きっと来世でも同じところで躓くから、今一緒に乗り越えよう」と信じて寄り添ってもらい、自分自身を見つめなおすことができたとおっしゃっていた。今では多くの人から慕われ、憧れのリーダーになっている。

以前、事業の立ち上げのお手伝いをさせていただいた起業家の方は、当時勤めていたコンサルティング会社をメンタルヘルス不調を理由に退職されたが、その方には彼の活躍を信じて待っていてくれる人がいたという。そして今は、うつ病患者の家族をのコミュニティを構築をする事業を展開し、製薬会社をはじめ、多くの企業や団体から引き合いがくる存在になっている。

本当に苦しいときに、ありのままの自分を受け入れ、自分を信じてくれる人の存在がどれだけありがたいことか。メンタルヘルス不調で苦しんでいる人は、体調が悪くても、それでも、悩んで、考えて、我慢して、うまくいかなくても前に進もうともがいている。これをしたい、こうありたいと強く思ってても、それが叶わない現実に、さらに苦しむこともある。そばにいる家族も、一緒に働く上司や同僚も、その人のなかなか良くならない様子や、時には感情的になる様子を間近で見て、だんだんと可能性を信じられるなくなる。さらには、支援したり、治療する側も、冒頭の質問への回答をみる通り、本人の回復を信じ切れていないことがわかる。

誰も信じなくても、最後まで信じる人でありたい

臨床医学の視点でみると確かに重度の鬱症状で、何年も閉じこもっているケースもあり、到底回復が難しいケースもある。また、うつ病の再発率は50%とも60%ともいわれている。120%の状態が戻るということが、あまねくすべてのケースに該当するとは限らない

でも、本人も含め誰もがその人の可能性をあきらめていても、私は最後までその人の可能性を信じる人でありたい。私をプロコーチとして認定してくださった株式会社AWARENESSの高橋マスターコーチはこう言っている

「人の無限の可能性を持っている」これは解釈ではなく事実だ

高橋敏浩(株式会社AWARENESS)

決して簡単ではないけれど、きっと新しい道を見つけられると信じて関わっていく。実際、メンタルヘルス不調で休業した労働者が、精神科デイケア(リワーク)等を利用することで、職場復帰後の就業継続率が向上するというエビデンスがいくつもでているし、治療薬やコミュニケーション手法も日々進化している。本人が覚えていないことも含め、これまでもたくさんの経験があるはずで、その経験を通じて備わっているスキルやリソースがたくさんある。未来は、必ずしも過去の延長線上になく、それはこれまで多くの人が証明してきている。だから、私は、誰も信じなくても、最後まで信じる人でありたい。

メンタルヘルス不調になってもその活躍を当たり前に信じられる社会をつくりたい

こころに深く傷を負ったり、何度もうまくいかないことを経験したりしている方にとっては、期待されたり、「活躍できる」なんて言わることは、ストレスになるかもしれない。良かれと思って伝えても、逆効果のことだってある。信じることは、必ずしもそれをその場で伝えることにではない。その人が受け止められる状態でなければならないし、受け止められる方法でなければならない。もしかしたら、受け止めてもらうことすら不要かもしれない。

でも、いやだからこそ、必要な時にいつでも力になるために準備をしておきたい。私が提唱する活躍支援型メンタルヘルス対策はそのために仕組みであり、メンタルヘルス不調になっても、回復して活躍する方が増えれば、本人やその周りの人たちの認識を変えるはず。それが少しづつ広がっていけば、メンタルヘルス不調になってもその活躍を当たり前に信じられる社会になる。そんな社会を私はつくりたい。


合同会社活躍研究所では、企業向けに活躍型メンタルヘルス対策の導入支援を行っております。ご興味をお持ちの方は、お気軽にお問い合わせください。 

<著者について>
野﨑卓朗(Nozaki Takuro)
 
日本産業衛生学会 専門医・指導医
 労働衛生コンサルタント(保健衛生)
 産業医科大学 産業生態科学研究所 産業精神保健学 非常勤助教
 日本産業ストレス学会理事
 日本産業精神保健学会編集委員
 厚生労働省委託事業「働く人のメンタルヘルスポータルサイト『こころの 
 耳』」作業部会委員長
 
 「メンタルヘルス不調になった従業員が当たり前に活躍する会社を作る」


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