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実行は重要だが、戦略も重要

「続ける」と「変える」に対する解決策

前の記事で述べた通り、企業の取り組みには「続けること」と「変えること」があり、企業経営者はそれぞれについて典型的な悩みを抱えています。

「続けること」の悩みは、管理する人(マネージャ)の不足単なる工数不足であることが多いです。そのため、本来であれば社内の業務を整理して効率化していくことが最優先ですが、それでも足りない場合の一般的な解決方法は採用や外注を通じて「人を増やす」ことになります。他には、生産性を高めるためにSaaSを導入したり、コンサルタントを雇って大きく業務効率化を進めるという打ち手も考えられます。

「続ける」と異なり、「変える」では単にリソースを増強するだけは解決しない

一方で、「変えること」の悩みは、なかなかうまくいかないとかやり方がわからないといったもので、単に人を投入するだけでは解決しない問題がほとんどです。そのため一般的には、必要な取り組みに精通した専門家を雇ったり、問題解決能力に秀でたコンサル会社の支援を受けたり、事業変革や新規事業の核となる仕組みを開発するITベンダーに発注したり、といったことに取り組むことになります。


「変えること」の難しさ

しかし実際には、そのような解決方法でもうまくいくとは限りません。そもそも有能な専門家は多くの会社から引っ張りだこで、自社が必要な人を必要な数だけ採用しようとしても、適任者はなかなか見つかりません。

一方でコンサル会社に依頼すれば、取り組みを進める上で強い推進力にはなるものの、理想通りの取り組みが実現するというよりは、パワフルなコンサルチームが無理やり取り組みを動かし続けているだけで、事業自体の完成度がなかなか高まらないことも多いです。その結果、いつまで経っても収益化しないという状況も珍しくありません。

前の記事で述べた通り、やはり「変えること」の取り組みは難しく、それは、外部から力を獲得したり、一時的に外部の力を借りたりしたところで、簡単には解決しないことなのです。


日本人が好きな "実行が重要" という言葉

ここで「変えることの難しさ」を考えるにあたって、「戦略と実行」という枠組みを考えてみたいと思います。

かつて、ラリー・ボシディとラム・チャランという2人が『経営は「実行」』という著書において、戦略やビジョンも「実行」次第であり、「実行」こそ危機脱出の切り札だという主張を打ち出しました。彼らはアメリカで活躍した経営者とコンサルタントであり、いくら美しい戦略を構築しても、それをしっかりと実行できる組織や人材がなければ成果に繋がらないことを身をもって感じていたのだと思います。だからこそ彼らは、例えばGEのシックスシグマのような持続的な改善をもたらすプロセスの重要性を強く意識しています。
(ちなみに『経営は「実行」』はかなりの名著だと思っていたのですが、今では絶版のようです。残念!)

私が経営コンサルタントとして、日本の経営者やビジネスパーソンと話をしていて感じるのは、この戦略と実行の枠組みを念頭に置いた「実行が重要」という言葉を好きな人がとても多いということです。実はこれが厄介な問題を生みます。


戦略を正さず実行だけを頑張り続けても、「変えること」の成功には近づけない

都合の良い「戦略レス主義」

ここで、「実行が重要」という言葉自体は正しいと思います。確かに、どんなに立派な戦略を立てたとしても、実際にそれを実行出来なければ何の意味もありません。これには反論の余地はなく、全くその通りです。

では何が問題なのでしょうか。

それは、「実行は重要」という言葉だけが切り出され、それがいつしか「戦略は重要ではない」という言葉にすり替わってしまいやすいことです。その結果、「戦略なんて考えている暇があれば、とにかく何でもいいので、何かを実行する方がマシだ」という論調になってきます。

そうなるともはや、「実行は重要」ではなく「戦略は非重要」だけが強調され、まさに「戦略レス主義」に陥ってしまうのです。冗談のような話ですが、意識的なのか無意識なのかは別にして、実際にそれに近い考え方や言動をしている人に、これまで数多く会ってきました。

実は「正しい戦略を立てること」は、精神的に結構しんどい作業でもあります。というのも「戦略は選択」ですので、優先順位をつけて絞り込まないといけません。絞り込むための意思決定には責任が伴い、多くの人は精神的にストレスを感じます。逆に、決めずに一旦先に進められる「戦略レス主義」は精神的にとても受け入れやすいのです。
(私は、先延ばしが嫌いで早く絞り込みたい人ですので、むしろ「早く決められる」ことが快感なのですが、どうやら日本人の中では少数派のようです。)

なお余談になりますが、「戦略レス主義」問題と似たような現象として、最近では「アジャイルの誤用(誤作動)」という問題もあります。いつの日か、これについても別記事の中で説明したいと思っています。(…が、勘の良い人は、改めて説明しなくても、この流れで既に内容を想像できてしまったかもしれません。)


日本企業は戦略で負けやすい?

先に述べた通り、日本企業や日本人は「実行が重要」と言う言葉を好みます。より明示的に書くと「戦略よりも実行が重要」という言葉です。しかし実際には、多くの日本企業が実行で負けているかというと、そうではありません。むしろ、実行力があるにも関わらず、戦略面の弱さで、あるいは、明確な戦略が無いことによって負けているケースが非常に多いのです。

ちなみに、ビジネスの世界における日本企業だけでなく、政治やその他の分野においても、日本が "実行力を持っていたにも関わらず" 戦略面で負けてしまった事象は多いと思います。ここは各分野の専門家によって考え方が違うと思いますし、具体例で議論を始めると簡単に終わらなくなりそうですので、一旦本記事では深入りせずに先に進みますが、共感して頂ける人も多いのではないでしょうか。(逆に、納得できてない方、ごめんなさい!)


実行はすでに高水準?

上記で「実行では負けていない」「実行力がある」と書きましたが、実際に日本企業には高い実行力を持っている企業が多いと思います。

例えば、日本企業においては、課長以下の現場のレベルが非常に高いことが多いです。トップやミドルマネジメントから比較的曖昧な指示が出た場合でも、あるいは現場でトラブルが発生した際に上からの指示がまだ下りてきていないような場合でも、現場力で何とか解決してしまいます。

特に製造業や交通、建設といったまさに「現場」が重要な領域では、そもそも問題が起こる確率自体が低く抑えられています。またブルーカラーだけでなくホワイトカラーにおいても、一般的には非効率だと批判を受けがちではありますが、それでも課長以下の実務能力が極めて高いことは多いです。

この「現場力」は、海外企業と比較すると非常に顕著で、海外企業から見ると、なぜ日本の現場ではそんなに統制が取れて、高レベルのオペレーションができているのか分からないくらいです。言い換えると「多くの日本企業の実行力は既に高水準にある」といっても良いと思います。

一方で、私自身は多くの企業のトップやミドルと話す中で、「当社は実行力がなくて…」「最後までやりきれなくて…」という「実行力に関する課題感」を聞くことがあります。確かに、日本市場にいると周囲のライバル企業もの多くも「現場の実行力」が高い日本企業であり、それらと自社を見比べた時に、相対的に自社の実行力にが弱いと感じてしまうことがあるのかもしれません。しかしそのような場合でも、現場の実行力ではなく戦略側に問題がある場合が多いのです。つまり、間違った戦略をひたすら頑張って実行しようとしている現場、あるいは戦略が間違っていることに現場が気づいているからこそ実行力を発揮できなくなっている、という構図です。

余談になりますが、実はその高い現場力があるからこそ、海外の先進国に比べてテクノロジー導入が進みにくいという別の問題もあります。海外では現場オペレーションの問題が死活問題になっているため、テクノロジーで解決しようという力が強く働きますが、日本企業では人に依存したオペレーションでも当面は問題ないため、テクノロジー導入のインセンティブが働きにくいのです。この辺りは、テクノロジーで効率化した後の人員整理が難しい、といった別の問題もあり、単純化して語ることはできませんが、ある面では日本企業の実行力が高いことを象徴している事象の1つだと思います。


結論 ー 実行は重要だが、戦略も重要

以上で述べてきた通り、多くの場合、本質的な問題や改善余地は、実行の側ではなく戦略の側にあります。言い換えると、戦略を正すことなく実行だけを頑張り続けても、「変える」取り組みの成功には近づけないというわけです。

繰り返しになりますが、実行力が重要ではないと言っているわけではありません。(常にそういう反論が出るため、念入りに繰り返しておきます。)
実行力は大切ですし、それを磨き続けない限り、顧客からもいずれ支持されなくなると思います。しかしながら、現在の日本の高レベルな争いの中で、他社に実行力で圧倒的に差をつけるのは簡単ではありません。

だからこそ、戦略を正していくことが、スマートで現実的な成功への近道になるのです。

結論 - "戦略は重要"


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