【連載小説】ライトブルー・バード<17>sideリュウヘイ⑤
↓前回までのお話です↓
そして登場人物の紹介はコチラ↓
星野リュウヘイが生きる上でモットーとしていること…それは『人は人、自分は自分』
井原サトシのルックスや、白井ケイイチの頭の良さを羨ましく思うが、持って生まれたものは仕方がない。だから『人は人、自分は自分』
(まあ、勉強の方はバカなりに頑張らなきゃいけないんだけどね…)
今泉マナカに片思い中の自分。彼女持ちの男子を羨ましくない…と言えば嘘になるが、やはり『人は人、自分は自分』
(そもそも俺とつるんでるヤツら全員に彼女なんかいねーしwww)
幼なじみの山田カエデが、これまた幼なじみのサトシと付き合い始めたらしいけど、人は人、自分はじぶ……んっ!?
(いやいやいやいや…これは気にしないとダメなヤツ!!)
弁当を食べ終え、普段であれば眠気がコンニチハ!…の昼休み。リュウヘイは窓際の席で頬杖をつきながら、2人の幼なじみのことを考えていた。
《2人は前々から密かに付き合ってはいたが、カエデが同じクラスの女子から嫌がらせを受けていたことを知ってサトシがブチギレ!! そいつの前でカミングアウト&宣戦布告をした》…という噂が流れてきた時は、寝耳に水…どころか熱湯をかけられた気分になってしまった。
何故ならカエデはそんな素振りは全然見せていなかったから…。
(まあ、俺は鈍感だからな…)
今、リュウヘイが悩んでいるのはカエデとの接し方だ。未だに仲が良く、家が隣同士のカエデとの距離を、今後はどうすればいいのか分からない。近すぎるとサトシに申し訳ないし、かといって急によそよそしくなるのもどうかと思う。
この問いに模範解答などないことは分かっているが、それでも考えることを止めることができないリュウヘイ。
(そうそう、この前、見舞いがてらカエデの部屋に入った時、『オマエの部屋に入るのはこれで最後な』って言っておいてよかったよ…)
これまでもこれからも、カエデは大切な幼なじみであることに変わりはない。しかし『異性』という壁は、おバカでお気楽な自分さえも悩ます、透明な障害なのだと、今更ながら気づかされたリュウヘイだった。
(あー、珍しく考え過ぎたから、頭がクラクラしてきたわー)
糖分が欲しくなってきたリュウヘイは、すっと席から立ち上がる。
「おーい、リュウヘイ。どっか行くん?」
仲のいいクラスメイトの声。
「あ? うん、ココア飲みたくなったから自販機行って来る!!」
前を見ずに、友人の方を向きながら歩いていたので、リュウヘイは教室の出入口付近で誰かにぶつかってしまった。
「あ、ごめん…、んっ?」
目の前にはデカイ図体の男子…いや、もう既に誰なのか分かってはいる。自分の背後からは女子たちのざわめく声が聞こえてくるし…。
彼女が出来たクセに、相変わらずのモテっぷりだ。
「何? サトシ」
身長差の関係上、リュウヘイはサトシを見上げる。
「よ、リュウヘイ。ちょっと顔貸せや」
☆
まるで『モーセの十戒』だ。
サトシが歩いていることに気がつくと、周りは自然と道をあけてしまう。180センチ越えイケメンのパワー恐るべし! といったところか…。
「サトシ、オマエって廊下を歩くといつも、こんな風なの?」
「あっ?」
「みんなが道をあけるわ、キャーキャー言われるわ…」
「ん? 周りが勝手にやっていることなんか知らん。でも俺の耳には『可愛い』って声も聞こえたけどな。アレ、オマエのことじゃね?」
「嬉しくねーよ!」
「でもよ…」
「ん?」
「…今日は…何だかいつもより外野がうるせー気はする。オマエのせいか?」
そう言って、眉間にシワをよせるサトシ…。
「知らねーよ。…で、俺はどこまで連れて行かれるの?」
「自販機ですが何か? 元々行くつもりだった場所だろ?」
「あ、…うん」
(それにしても…俺に何の用なんだ?)
リュウヘイは久しぶりに横並びで歩く幼なじみの横顔を見つめた。小学生時代、自分に次ぐチビだったサトシ。今の彼を見ると、そんな過去はなかったことのように感じる。
「何?」
「あ、サトシ大きくなったなぁ…って思ってた」
「オマエは親戚のオバサンか!?」
「ハハハ…。ってか『何?』って言いたいのは俺の方! 一体何なんだよ? 『顔貸せ』って?」
「カエデの件ですが何か?」
(く、苦情!?)
やましいことは何もないのに、思わず背筋をピンと伸ばしてしまったリュウヘイだった。
☆
屋外に設置されている自販機に着くと、サトシは何も言わずに缶ココアを購入し、リュウヘイに向かってヒョイッと投げた。
「奢る」
「さ、サンキュー。給料前だから、正直助かった」
キャッチしたリュウヘイは、タブを指にかける。
「悪いけど、俺、スティックシュガーは持ってねーぞ」
「いや、無くても飲めるからっ!!」
サトシは缶コーヒのボタンを押し、商品を手に取ると、そのまま側にあるベンチに座った。リュウヘイもつられて横に腰を降ろす。
「…話って?」と言いかけたリュウヘイだったが、急に天啓にうたれたような顔になり、「分かったぁ!!」と言って人差し指を立てた。
「はっ?」
「サトシぃ、カエデから聞いたんだろ?
オマエにとっては苦情かもしんねーけど、俺はあの時、オマエらが付き合っているなんて知らなかったんだよ。そもそもアレはカエデの担任から頼まれたからだし、部屋に入ったことだって、カエデのカーチャンが『いいからいいから…』って…。そりゃ俺がオマエの立場だったら面白くねーとは思うよ。自分の彼女の寝顔なんか見られたら…」
「おいっ!!」
「…へっ?」
「何のこと? なぁ『アレ』って何のことなの?」
「あ、あれっ? 違うの?…カエデが体調崩して、俺が見舞いに行った話じゃ…」
「何言ってるのか分っかんねーよ!! リュウヘイ、相変わらずバカだなオマエ…」
ため息をついたサトシに向かって、リュウヘイは口を尖らせる。
「じゃあ『カエデの話』って何なんだよ?」
「…その感じなら、オマエはカエデから何も聞いてねーな? 『リュウヘイにはちゃんと説明しておけ』って、アイツに釘刺しておいたのに…」
「?」
「あのな、俺らは付き合ってねーから」
「はっ? どうゆう意味」
「そのままだよ。俺は『嘘カレ』でアイツは『嘘カノ』」
「言ってることは分かるけど、色々意味が分からねー!!」
「『板倉ナナエ』…知ってるだろ?」
「あ?、うん」
「アイツらがカエデをターゲットにしてイジメが始まったから、『彼氏』だって嘘ついて威嚇してやった。あのオンナ、俺に気があるのは知っていたし、ああゆう『弱いヤツに強く、強いヤツに弱い』タイプには有効だと思ったからな…」
「………」
「俺らの『契約』期間は学校を卒業するまで。他のヤツラは騙し通すつもりだけど、オマエと今泉だけには本当のことを話した。だからリュウヘイは今まで通りカエデと仲良くしてろ。…と、いうことで用件終了。じゃーな」
そう言ってコーヒーを飲み干したサトシは、立ち上がって歩き出そうとした。
「いやいやいやいや…サトシ、ちょっと待って」
そんなサトシの腕をリュウヘイはぎゅっと掴んだ。
「何だよリュウヘイ? これ以上の説明いるか!?」
「俺がバカなの分かってるだろ? 頭ン中整理するまでここにいてよ」
「しょーがねーな」
再びため息をつくと、サトシはベンチに座り直した。
「なあ、サトシ」
「あっ?」
「何で俺と…今泉さんなの? そのぉ、『ネタばらし』の相手が…」
「あー、なるほどね。今泉のことが気になったってことか」
「いやいやいやいや…そうじゃなくてっ!!」
「隠すなバーカ。顔に書いてあるぞ。『好き』だって…」
そう言いながらサトシはリュウヘイの頬をつねる。
「い、いてーよっ! サトシっ!!」
顔が熱い。サトシまで知っていた…なんて何という失態! リュウヘイは頭を抱え込んだ。
「今泉本人にはバレていないと思うから安心しろ。あ、さっきの質問には答えてやるよ。俺と今泉はトモダチっていうよりは『同志』。だから本当のことを言った」
「『どうし』?」
「お互いが、想っていても叶わない相手に片思いしているっていうことで『同志』。悩んだ時は、色々相談し合っていた」
「今泉さんの『叶わない』相手って、『荒川さん』のことだよね?」
「リュウヘイ、やっぱり知ってたのか?」
「うん。でも、俺が知っていることを今泉さんは知らない」
「………ふ~ん」
2人は同時に冬の空を見上げた。
「なあリュウヘイ、今泉に告んねーのか?」
空に視線を固定させたまま、サトシが口を開く。
「告らない」
「秒で答えたな。何でだ?」
「困らせたくない。それに…」
「それに?」
「女の子は、自分の好きな人と付き合った方がいいと思っている。まあ、『荒川さん』には彼女がいるから、難しいとは思うけど…」
サトシは驚いた顔で、幼なじみの横顔に視線を移す。そして「それを…オマエが言うのか…」と呟いた。
「何か言った?」
「なんでもねぇよ」
「で、サトシの方は誰に『叶わない』恋をしているワケ?」
「言えるかバカ!!」
「案外カエデなんじゃねーの!?」
「はああぁぁぁぁぁああ!?」
ベンチからずり落ちそうになったサトシに向かって、リュウヘイはニヤっとする。
「さっきのお返しだよ。どうやら図星なんだね?」
「はぁ!? 何なの!? 鈍感の代名詞のようなオマエが!?」
「本当に好きじゃなきゃ、『あの』井原サトシがここまで行動できるワケねーだろ? 俺でも分かるわっ!!…まあ、俺も初めて女の子好きになって、ちょっとだけ視野が広くなったから、気がついたのかもしんねーけど…」
「………」
「それで? イエスなの? ノーなの? …まあ、あれだけのリアクションしておいて、『ノーですが何か?』なんて言っても信じねーけど?」
「ハイハイ好きですよ!! 小3の頃から好きでしたっ!! これで文句ねーだろっ!!うわぁ、何か面白くねぇ!!」
しかめっ面をするサトシ。そんな彼の表情に小学生時代の面影を感じたリュウヘイはクスッと笑った。
「でも…カエデは他に好きなヤツいるんだ?」
「…まあな」
「誰なんだろうな?」
「全くだ」
サトシが指をポキッと鳴らしたことにリュウヘイは気がつかない。
「サトシ…ありがとうな」
「はっ?」
「カエデのことを守ってくれて。正直、俺はもう打つ手ナシだった。どうしていいか分からなかった。本当に…本当にありがとう」
「オマエに言われてもなぁ…」
「でも…ありがとう」
「ケッ…、バーカ」
照れた表情を隠すために、サトシはもう一度しかめっ面をしようと試みたが、表情筋を上手くコントロールできない。
「サトシ、本当にカッコいいよ」
「だから、もういいって!」
「なんか『映画版ジャイアン』みたいで…」
「…………?」
目が点になるサトシ。
「どうしたの? サトシ」
「なあ…、それって…褒め言葉?」
「うん!!」
どや顔で親指を立てるリュウヘイにサトシは苦笑いをした。
「バーカ」
「サトシ、今日は何回俺にバカバカ言ってんだよ!? バカっていうヤツの方がバカなんだからなっ!!」
「『バカって言うヤツがバカ』って言うヤツがバカ」
「バカって言うヤツがバカって言うやつがバカ……あー!! もぉ分かんなくなってきたぁぁ!!」
「俺の勝ち」
「えっ? 勝ち負けあんの?」
その瞬間2人は目が合い、同時に吹き出して、そのまま大笑いした。なんかこの流れ、漫画でよくある1シーンのようだ。
こんな風に、またサトシと大笑いできるなんて思ってもみなかった。
小中学生時代、ちょっとしたことから友人との関係が変わってしまうのは仕方がないことだと思っていたから…。
冬の冷たい空気の中で2人の笑い声が温かく響いた。
「カエデにも、こんな風に笑ってほしいと思ってる。…昔みたいに」
サトシが独り言のように呟く。
「うん、そうだね」
「…ところでリュウヘイ」
「んっ?」
「…落ち着いたところで、聞かせてもらおうか?…なあ、誰がカエデの部屋に入って、誰がカエデの寝顔見たってぇぇぇ!? 返答によってはリュウヘイ、オマエの身の安全は保証できねーからな?」
サトシは笑顔をキープしてはいるが、指をポキポキポキポキ鳴らしている。
「えーっ!? それやっぱり蒸し返す!?」
当然ながら青ざめるリュウヘイ。
「当たり前だろ?」
「だってオマエらは『嘘カレ』『嘘カノ』じゃねーか!?」
「うるせぇ! 『嘘カレ』でも彼氏は彼氏だよ。オマエが余計なことに気づかなければ、スルーしてやったのによ。ほら全部白状しろぉぉぉ!! リュウヘイのクセに生意気なんだよっ!!」
リュウヘイの「や、やっぱりオマエなんか、ただの『TV版ジャイアン』だぁ!!」という声が冬の空にむなしく響いたが、そんな2人の様子は、チワワとドーベルマンが、ただただじゃれ合っているようにしか見えなかったらしい…とか。