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ヒタカミのホツマ旅③~鹽竈(しおがま)神社

この記事は2019年(令和元年)8月に青春18きっぷを使い、東京から仙台、秋田、青森を巡ったときの記録です。「ヒタカミ」とは古代東北地方の呼び名で、「ホツマ」とはホツマツタヱという古代文献の略です。

陸奥国一之宮 鹽竈(しおがま)神社へ

多賀城跡の次の目的地は鹽竈(しおがま)神社です。なぜ僕がここに行きたいと思ったかというと、、、

陸奥国一之宮であること、多賀城と深い関わりがあること、などが最もらしい理由として挙げられるのですが、「なんとなく行ってみたかった」という気持ちがここを選んだ一番の理由でした。でも、この直観めいた選択が思いがけない嬉しい出来事に繋がったのです。


昨日は仙台駅付近に泊まり、翌朝始発で鹽竈神社の最寄り駅である本塩釜駅へ向かいます。

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JR仙石線の石巻行に乗り、

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電車に揺られること約30分。

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本塩釜駅に到着です。

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本塩釜駅より鹽竈神社までは、
東参道(裏坂)の石鳥居まで徒歩7分
表参道(表坂)の石鳥居まで徒歩約15分

せっかくなので表参道から入りたいと思い、歩き始めましたが、、、なんか雲行きが怪しい。少し足早に歩き始めました。

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途中、分かりやすい道しるべとなる案内があり、ありがたい。

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東参道まで500m、徒歩約6分と書いてあります。

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東参道に到着。ここでポツリ、ポツリと雨が降り始めて来ました。どうしようかと一瞬迷ったのですが、やはり表参道から入りたいと思い、少しペースを早めて先に進みます。

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と、、、ある石碑に目が留まりました。

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一瞬、リアルな津波の映像が脳裏に浮かびます。

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少し先に進むと、鹽竈神社に到着しました。

鳥居の前で感じる鹽竈神社の佇まいと重厚さ

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「東北鎮護鹽竈神社」と書いてある石柱に目が留まります。

鹽竈神社は多賀城の鬼門の位置にあたり、蝦夷平定のために赴任してきた人たちの精神的支えになっていたとも言われています。その後も、奥州藤原氏、伊達政宗らより厚い信仰を寄せられてきました。時代を超えて東北鎮護の要(かなめ)としてこの東北の地を守ってくれていたのでしょう。

ここに来る途中、チョット手前にあった石碑にあるように、東日本大震災の津波は少し手前まで来ていたことが思い出されます。

遠めに見ているだけでも、この神社の佇まい、重厚さを感じます。

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ゆっくりと参道を進み、左右に置かれている灯篭や狛犬を1つひとつじっくりと見ながら鳥居へと近づいていきます。

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鳥居の前に立つと、圧倒されるような力強さを感じ、少しその場に佇んでいました。

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社殿に通じる202段の長い階段の前で、、、

一礼して鳥居をくぐると、その先には202段あるという長い長い階段が目の前にそびえています。

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その長さに少し圧倒されて眺めていると、年配の女性がゆっくりと降りてくるのに気づきます。おそらく60代半ばくらいでしょうか。

「こんにちは。長い階段ですね」と階段の上を見上げながら僕が言うと、年配の女性は「こんにちは。私は毎日ここを登って参拝してるのよ」と笑いながら答えます。

「へぇー、凄いですねー」と感心して僕が言うと、年配の女性は「どちらから?」と聞いてきます。

僕「あっ、東京です」
年配の女性「東京からわざわざ、それはそれはようこそ。ここは初めて?」
僕「はい、友人から以前聞いて、なんとなく気になっていたので」

そんなやり取りから女性との会話が始まり、いろいろと地元ならではのお話を伺うことができました。なんでも、ここ鹽竈神社には御神輿が年3回出るらしいのですが、日にちが決まっているのは3月だけで、その日付が10日なのだそうです。

3月10日、、、そう、東日本大震災の前日です。御神輿は担ぎ手の人たちによって、この長い階段を降りてきます。もし、それが震災の日だったら、、、。女性は「震災は大変な出来事だったけれど、御神輿が無事で怪我人が出ないで済んたのがよかった」とおっしゃっていました。

その後、女性はスマホに収めてあるお祭りの写真を僕に見せながら、お祭りの様子を詳しく教えてくれました。ただネットで写真を見るのとは違い、地元でしかも実際に体験している人の話を聞きながらなので、その場の臨場感がより伝わってきます。

20分くらい話していたでしょうか。「ありがとうございました」とお礼を伝えると、「では、ごゆっくり」と女性はにこやかに笑い、自宅へ帰って行きました。

202段の階段に挑戦!

さて、と。気持ちを新たに目の前の202段の長い階段を見上げます。

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一瞬目をつむり深呼吸をして、階段を登り始めました。「普段から歩く方だから意外と大丈夫なんじゃないか」という考えは、ちょうど真ん中くらいまできたところで「んなわけないか、、、」という自分へのツッコミに変わります(笑)

ちょっと一休み。参拝を終えた年配の男性が階段を下りていくのを横目で見ながら、再び登り始めます。まだ朝の早い時間とはいえ8月です。暑い!汗は吹き出し、呼吸も明らかに荒くなっているのが分かります。

20、、2段!!!ようやく登りきると、両ひざに手をあてがい、前かがみで乱れに乱れた呼吸を整えます。「、、、登り切った、、、よかった、、、」疲れ切ったカチコチな両足をほぐし、202段の階段を登り切った束の間の達成感を味わっていました。

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呼吸が落ち着き、上を見上げると、狛犬が出迎えてくれていることに気づきます。

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獅子(子々)孫々へ、、、

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毬(真理)を、、、

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日本の奥深さを改めて感じます。

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随神門をくぐります。

手水舎で手と口をすすぎ、

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一礼して唐門をくぐり、拝殿へ。

参拝して感じた不思議な懐かしさ

鹽竈神社は社殿が二つあって、正面にある社殿には右宮に経津主神(ふつぬしのかみ)、左宮に武甕槌神(たけみかづちのかみ)をお祀りし、

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向かって右にある社殿(別宮)には鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)をお祀りしています。

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社殿によると、

・経津主神と武甕槌神が東北地方を平定する役目を担ったときに道案内をしたのが鹽土老翁神だったこと
・経津主神と武甕槌神は役目が終わった後、香取神宮と鹿島神宮に戻ったが、鹽土老翁神は塩釜の地に残り、製塩法を教えたのが塩釜の地名の起こりだったこと

などが記されています。

ホツマではフツヌシ、タケミカツチ、シホカマという名で登場します。アマテルカミ(天照大御神)を継いだオシホミミがヒタカミ(多賀城付近)に都を移したとき、この三人が仕えていたのは興味深いエピソードです。

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まず正面の社殿にお祀りされている右宮の経津主神(ふつぬしのかみ)から参拝します。この地へ来れたことへの感謝を伝えながら、しばらく手を合わせていると、、、

えっ?、、、普段、神社に参拝しているときと違う感覚が。「懐かしい、、、」という感覚が明らかに肉体のはるか上の方で感じているのが分かります。

4か月前の4月、今回みたいに青春18きっぷで旅をした厳島神社で感じたものと同じ。肉体の周囲、はるか上の方で何か交流している感覚。言葉ではうまく言えないけど、とにかく、懐かしい、嬉しいと感じている自分がいます。

「なにも分かれてない。つながってる」という意識の広がりと至福のひととき。

僕は神社でこの体験をするとき、「神道は祓いに始まり祓いに終わる」という言葉を思い出します。何を祓うのか、という意味を理解します。

このつながっているという感覚は、

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左宮の武甕槌神(たけみかづちのかみ)を参拝しているときも、

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向かって右の社殿、別宮の鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)を参拝しているときも続いていました。

きっと縄文の人たちは、このような感覚(もっと濃く、深いでしょうが)で神様と日常的につながっていたのでしょう。

感覚が広がったからなのか、思考が働かず、ちょっとアタマがボーっとしながら境内の中で佇んでいました。

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とは言っても、この日は秋田の唐松神社にも行く予定なので、あまりゆっくりはしてられません。

「そうだ!御朱印」と御朱印を頂こうとしたのですが、まだ時間が早く、その場で書いて頂くことができませんでした。紙の御朱印を頂き、

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お土産に御塩を授かりました(※ご存知の方もいるでしょうが神社で「買う」は適切な表現ではありません)。

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戻りながら、末社にも参拝しますが、

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つながっている感覚はまだ続いています。どの神様とつながっているのかは分かりませんが、あまりそこに特別な意味を見出すことは重要ではなく、ただこの感覚が大切なのだと思っています。

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随神門を出て階段を降りたところで、おじいちゃん、おばあちゃんがラジオ体操をしていました。旅をしていて、こういう地元感、ローカルさを感じるのってたまらなく好きなんですよね。

階段を降りようとすると、40代くらいの男性が走って階段を上ってくるところでした。思わず目が合ったので挨拶すると、ランニングウェアの男性は汗だくで息を切らせながら「こんにちは!」と挨拶を返してくれました。

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話の流れで、青春18きっぷで東京から来たことに触れると「僕も昔は使って長距離の旅したことありますよ」と男性は言います。他愛もない話ですがふと出会った地元の人と話をするのも旅の醍醐味。とはいうものの、内心「時間が、、、」なんて思っていたのですが(笑)


実はこちらの神社、鹽竈神社と志波彦(しわひこ)神社の二社が同一の境内に鎮座しています。もともと鹽竈神社だけだったのですが、明治になって志波彦神社も鎮座するようになり、現在の正式名称は「志波彦神社・鹽竈神社」となっているのですが、、、今回は志波彦神社はあきらめました。

でも、地元の人たちとのお話も楽しかったし、何より、ここで体感した至福の感覚は何ものにも代えられないくらい素晴らしいものでした。

ホツマの旅はご先祖様(神様)とのつながりを再確認する旅です。「つながり」は言葉にするのは簡単ですが、本当の「つながり」は感覚を通して体感するものだと、ここ鹽竈神社で改めて感じました。縄文の人たちがかつてそうしていたように。


次は秋田の唐松神社へと向かいます。次の記事で書いていきますね。

ではでは、最後までお読みいただきありがとうございました!

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御縁に感謝!!!
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文筆家。ホツマおしえと。歴史、神社、旅大好き。2016年9月に古代文献「ホツマツタヱ」に出会い、ホツマツタヱ研究家いときょう先生から学んでいます。noteではホツマツタヱから学んだことを中心に発信。大切にしていること。体験を通した学び。「こんな視点もあったんだ!」という発信。

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この記事は2019年(令和元年)8月に青春18きっぷを使い、東京から仙台、秋田、青森を巡ったときの記録です。「ヒタカミ」とは古代東北地方の呼び名で、「ホツマ」とはホツマツタヱという古代文献の略です。

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