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自治体向け「先進事例集」は、誰の役に立っているのか。

溢れる先進事例集

国の各省庁のサイトや、地方のまちづくりを紹介しているサイトをみると、自治体の様々な取組が、先進事例を紹介するという形を取って、アップされている。
政策の分野別であったり、地域別であったり、まとめ方は様々だ。

対象は、自治体職員、もしくは、まちづくり関係者であることは明らかだが、私の感覚では、そもそもそんな事例集を、自治体職員は見ていない。

自分の仕事の関係で、ここ数年、自治体の職員さん、特に、事業を企てたり、事業を事前に評価・査定する立場の、企画や財政担当部局の方と、やりとりする機会がとても多いのだが、「どこどこの事例集に、こんなまちの、こんな事例が出ていたので、参考に事業を考えました」なんていう話は、聞いたためしがない。

それでも、事例集は量産される


事例集を作るのは簡単だ。

例えば、国の場合だと、県や市町村に対して、「こんな施策の事例を、いつまでに、このフォーマットで提出してください」って、メールで照会すればいい。

もう少し丁寧にやるのなら、コンサルとかに委託して、事例集めと、その内容を整理したり、調査したりする方法もある。

いずれにしても、毎年、毎年、結構な数の事例集や、先進事例の紹介が、関連するサイトにアップされている。

また、同時に、サイトにアップされたこと自体が、国から自治体に、またメールで通知されたりしているので、その事例に関連する自治体の担当部局や、担当者は、「事例集ができた」ということは、一応認識していることになっている。

なぜ、事例集は量産されるのか


都道府県の場合だと、市町村向けに事例集を作ることは、ほとんどない。

その理由はいくつかある。

「事例がそんなに集まらない」、「市町村に先進事例の照会するのは、現場を知らないようで格好悪い」、「忙しいのでそんな時間がない」。
あと、おそらく一番大きいのは、「事例集作っても、どうせ役に立たない」。

都道府県の職員だと、市町村の職員が、事例集を活用しないことは、直感的にわかっている。

一方、国の職員の場合だと、事例はそこそこ集まるし、実際、巷には事例集が溢れているので、何の疑いもなく、たぶん良かれと思って、事例集は作られている。

批判するつもりは毛頭ない。
国の職員は、少しでも自治体の助けになればと思って、やっていることは間違いない。

事例集を作っていた頃のこと


実は、かく言う私も、2013年3月から、2016年3月までのちょうど3年間、自治体の先進事例を探して、その内容を調べて、全国の自治体や地方議員に提供するサービスをやっていた。

毎月、約20件余り、いわゆる地方創生関連の自治体の先進事例をピックアップし、1件ごとに、事業の目的や背景、概要や詳細内容、そして、独自のコメントを付けて、レポート形式で編集していた。

少し話は逸れるが、毎月最低5日くらい県立図書館に通って、朝9時の開館から夜7時の閉館まで、全国48都道府県の地方紙や専門紙を、1枚1枚ひたすらめくって、「これは」と思えるような取組や、先進的な事例を探して、コピーするという、今考えても気の遠くなる作業を、当時は繰り返していた。

目にした事例は、1万は超えている。

あれから5年以上経つけど、今の先進事例のおおよその仕組みや内容は、当時から、ほとんど進化していないという印象だ。

例えば、空き家の活用、高齢者の見守り、商店街の活性化、子どもの教育支援、情報発信、観光まちづくりなどなど、どんな分野でも、「これは、気がつかなかった」とか、「なるほど、よく考えられているなあ」と、思わず感心してしまうような事例には、意外とお目にかかったことがない。

2つだけ、5~6年前から進んだと思うことは、デジタルの技術をうまく取り入れた取組が増えてきたことと、民間企業と自治体が連携した取組が、急に増えたことだ。

特に、これまでだったら自治体は、かけ声をかけても、公平性とか透明性に囚われすぎて、なかなか官民連携が進まなかったというのが現実だったけど、これだけ社会が急激に動いていく中で、地域課題の解決に、民間の専門的な知見やノウハウ、ネットワークを、スピーディーに取り入れていかないと、生き残っていけないので、そこの部分については、とても良いことだと思っている。

話を戻すと。

そうやって、一生懸命に作って、その先進事例が知りたいと思っている顧客(購読サービスを提供していた自治体や地方議員)に、毎月直接届けていたら、たまに提供者の方から、「同じような事業を企画して、予算要求しました」とか、「議会で質問したら、首長さんから“今後事業化に向けて検討する”って答弁してもらいました」みたいな連絡があったけど、本当のところ、どれだけ役に立っていたのかは、今振り返ってみても、正直よくわからない。

なぜ、先進事例集は使われないのか


先日、北海道のある市の職員の方々と、ディスカッションをしていた時のこと。

若手職員の方が、こうつぶやいた。

「以前、他の自治体の先進的な取組を説明してもらう機会があったのだけど、何だかキラキラしていて、とても自分の市ではできそうもない、手が届きそうもないものに感じた。」

この言葉は、先進事例が「使われない、うまく広がらない」理由を、端的に表わしていると思う。

例えば、自治体の担当者が、「いいな」と思う事例を見つけたり、説明を受けたりしても、「まず最初に、誰と、どうやって話を進めていけばいいか」とか、「進めていく過程で、どんな苦労があるのか、どんなことに気をつけなければならないのか」、「始めるまでに、どれくらいの期間がかかるのか」、「予算はどうやって確保したのか」、「議会や住民には、いつどうやって説明し、あるいは、協力を求めたのか」みたいなことが気になるし、それらがクリアになって、何より気持ちが前向きにならないと、一番最初のリアクション、第一歩が、踏み出せないと思う。

たぶん、これは大なり小なり、どんな自治体(の担当者)にも、当てはまることだと思う。

今の多くの事例集では、目的や仕組、結果(今の姿)は、ある程度わかるけど、背景やプロセス、取組を進める枠組みたいなものはわからない。

自治体の担当者が一番聞きたいのは、そういったことと、加えて、失敗談や裏話などだ。

事例集をまとめた側の、国の職員は、そんなことまではわからないし、仮に、ある程度わかっていても、自治体の担当者にしてみれば、国の職員に、そんな話をされても、たぶん腹落ちしないし、説得力もないだろう。

しかしこれから先も、活用されない先進事例集が、作られていくだろうし、その動きは止まらない。

では、どうすればいいだろう。

自治体担当者同士が、気軽に何でも聞いたり、教え合ったりできるプラットフォームがあれば最適だが、地方創生のかけ声の下、自治体間競争をしている状況なので、大事なノウハウを、それも忙しい時間を割いて、他の市町村の担当者に、丁寧に教えることは、ちょっと抵抗があるだろう。

だとすると、せめて、先進事例の中身を理解する、中立的な支援組織があって、問い合わせてきた自治体担当者に対して、丁寧に伴走支援するようなしくみがあればいいのではないか。

ホテルのコンシェルジュのように、相手の立場になって話を聞き、そして、その後も、目的地まで、ツアーガイドみたいに、いっしょに歩く。

そんな、役割を担う組織があったらいい。

従来なら、都道府県が、ある程度そういった役割を担っていたのだろうけど、今や、都道府県は、市町村の現場の状況もわからない、情報も持っていない、そんなスキルをもった人材もいない、何より、市町村から、頼りにされなくなってしまった。

市町村の企画や財政経験者の現職や、即戦力のOBなどが集まって、人材と財源(活動経費、調査研究費など)を、少しずつ皆んなで負担し合えば、そんな仕組も考えられると思う。

地方が必要な人材は、地方にいる。

昔取った杵柄じゃなくて、今の杵柄とか、昨日までの杵柄は、きっと皆んなの役に立つ。

では、また、今度。

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