時は金なる 【ショートショート】
その男は、ぶつぶつと文句を言いながらパチンコ屋から出てきた。近くにある喫煙所で、イライラした気持ちをタバコの煙と一緒に吐き出した。
財布の中には、1000円札と小銭が少し入っている。最後に大きくタバコを吸い込み、火を消した。そして、コンビニで弁当を買った。
「明日こそは勝つ」
そう言いながら自宅へと帰って行く。だが男にすれば、それは負けた日の決まり文句のようなものである。
次の日、男はパチンコ屋の近くのATMで、先週パチンコで勝って得た3万円を下ろした。残高は20円程しか残っていない。
男は、強い決意でパチンコ屋へと入って行った。
しかし四時間後、男はまたイライラしながら喫煙所に行きタバコを吸い始めた。ため息で、煙は強く吐き出された。
財布の中には、小銭しか入っていない。その日の夕食を食べるお金すらないのだ。男は、仕方なくライフタイムバンクへと向かった。
ライフタイムバンクとは、国が運営しているある施設のことだ。医療技術が進化した現代では、その人の寿命が正確にわかる。
さらに、その寿命を減らしたり増やしたりすることもできるようになったのだ。そこで、寿命をお金で売買できるシステムが始まった。
それを取り扱っているのが、ライフタイムバンクだ。一時間は9200円で取引される。つまり、自分の寿命の一時間を売れば、9200円が手に入る。逆に、9200円払えば寿命を一時間伸ばすことができる。
これにより、最近のお金持ちはみんな時間を買っている。大金持ちに至っては、百歳や二百歳の人もいる。
見た目は、その時間を買ったときの状態が維持される。そのため、皆が三十代程の見た目をしている。
男は、そんな金持ちそうな見た目の人を睨みつけながら、ライフタイムバンクに入って行った。
同意書や身分証の確認など、慣れた様子で手続きを済ましていく。そして、担当の窓口に向った。
「こんにちは、本日はどうなさいましたか?」
愛想のいいスーツ姿の男が担当してくれた。
「百時間売りたいんですけど」
「かしこまりました。では、一時間9200円ですので、百時間で92万円でのお取引になりますがよろしいですか?」
「それでお願いします」
「では、こちらにサインをいただきましてこの白い板の上に手を置いてください」
男はサインを書いて、たくさんのコードが繋がれた白い板の上に手を置いた。しばらくすると音がなり、スーツの男は、近くの機械から吐き出された92万円を男に渡した。
「こちらで完了となります。ありがとうございました」
深々と頭を下げるスーツの男に礼を言い、札束をカバンの中に詰め、ライフタイムバンクをあとにした。
パチンコに行き、お金が無くなればライフタイムバンクに行き、そのお金でまたパチンコをする。そういった生活をここ数年していた。
寿命を縮めてまで、パチンコをしたいのかと言うわれることもあるが、男にも考えはある。いつかパチンコで大勝ちをして、そのお金で今度は寿命を買うと言うのだ。男はそんな夢を見ながら、その日もパチンコを打っていた。
しかし、それは遠い夢である。その日も、男はイライラとしながらパチンコ屋から出てきた。そして、いつものようにタバコを吹かしながら、負けた言い訳を自分にする。
それから、二ヶ月程が経った。稀に勝つ日もあるが、負ける日の方が多い。結局、財布の中はまた小銭だけになった。
パチンコ屋を出た後、しらけた財布を眺めながら、タバコに火をつける。いつもと変わらない流れだ。しかし、いつもと少し違うこともあった。それは、タバコが美味しく感じたのだ。
おそらく、今日はパチンコで大勝ちする前のリーチの演出が、初めて出たからであろう。結局、当たることはなかったが、今までにない興奮を覚えた。
その時のアドレナリンがまだ残っているのだろう。男は、そんな美味しいタバコを噛み締めて吸った。
しかし、お金がないのが現状である。男は、またライフタイムバンクに向った。
いつものように手続きを済ませ、窓口に向った。
「こんにちは、本日はどうなさいましたか?」
勤務年数が長く、真面目そうな男性が対応してくれた。
「百時間売りたいんです」
「かしこまりました。では、一時間9200円になりますので、百時間で92万円でのお取引になりますがよろしいですか?」
「はい、お願いします」
「では、こちらにサインを書いていただきまして、この白い板の上に手を置いてください」
男は、何度もしたサインを書き、白い板の上に手を置いた。
すると、真面目そうな男性が、申し訳なさそうな口調で言ってきた。
「申し訳ございません、お客様に百時間売って頂いて92万円をお渡しすることができないようです」
「どういうことですか?」
「現在、お客様にお渡しできる金額は、18,400円のみです」
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