見出し画像

進化による副作用 【ショートショート】

 とある部屋の一室で、男女二人が向かい合い椅子に座っていた。部屋の中は白を基調したシンプルなデザインで、真ん中に大きな鏡がかけられていた。
 なんとも言えない、重たい空気が流れている。

 女性が不安げに話し始めた。

「私は、勤務先の病院に向ったんです。そしたら、警備員に止められまして、その病院の専属の医者だという証明書を持って行くのを忘れたんです。私はその病院で五年も勤めています。しかし、警備員は関係者以外立ち入ることができないとの一点張りでした」

 男性は深刻そうにその女性の話を聞きながら、紙に色々と記入をしていた。

「私は、医院長に電話をして、私が専属の医者であることを確認するよう警備員にお願いしたんです。そしたら、医院長から私はその病院の専属の医者ではないと言われたのです」

 男性は相槌を打たず、ただ女性の話を聞いた。

「しばらくすると、その病院から医者らしき男性が出てきて、本当に医者なのか?と聞かれました。そこから、いくつか質問がありこの場所に案内されました」

 男性はペンを置き、しっかりといた口調でこう断言した。

「大変申し上げ難いですが、あなたはドクター妄想病です」

 ドクター妄想病とは、近年問題になっている、妄想から生じる病気のことだ。

 医療の進化により、医者という存在はほとんど必要ないものとなっていた。機械が患者を診察し、その症状に合った薬を処方する。
 同じ症状の病気でも、患者のわずかな違いを機械が分析し、薬の配合を調整する。いわば、オーダーメードの薬が処方されるのだ。
 また、手術もアームのようなものがついた機械がおこなう。人間にはできない繊細な手術も、その機械はやってのける。

 このような医療技術の進化により、医者は何もする必要がなくなった。ただ、職を失ったという訳ではない。
 そのような機械が医療現場に導入される前、ある事が考えられた。
 それは、その機械が医療ミスをした場合、誰がどのように責任を取るのかということだ。

 そこで、機械ごとに医者の登録がおこなわれた。もし、その機械が医療ミスなどをした場合、その登録されている医者がミスをしたということになるのだ。
 そのため、機械は患者に処方した薬の内容や、治療や手術のおこない方などを、登録されている医者に報告することになっている。

 このようにして、医者は機械が送ってきた報告書に目を通すだけの仕事となった。また、この機械が医療現場に導入されてから十年、一度もミスが起きたことはない。

 そのため、医者は出勤すると、病院にある自分の部屋でゆっくりと過ごす。
 そして、三時間に一度、まとめて送られてくる報告書にサインを書くだけという、とても楽な仕事なのだ。
 ただ、人の命を預かっていること変わりはない。そのため、収入も以前のように人間が診察などをおこなっていたときと同等の額が貰える。

 今や医者は、楽に高額を稼ぐことができる夢のような仕事になったのだ。
 それにより、ドクター妄想病というのもが生まれてしまった。

 会社員として働いている人などが、楽に稼げる医者になりたいと思う。しかし、実際になることは難しい。その憧れと、現実のギャップから自分は医者だと勘違いしてしまう病気だ。

 男性は女性の発言から、その女性がドクター妄想病だと判断したのだ。

 女性は戸惑いながら言い返した。

「私がですか?そういう妄想をしてしまう人が増えているとは聞いてますけど」

 しばらく沈黙が続いた後、男性は優しく語りかけた。

「このドクター妄想病は精神からくるものです。また、少しの記憶喪失のようなものでもあります。そのため、どのような医療機械を使っても治療することができません」

 女性は、少し青ざめた。

「しかし、安心してください。多くの患者さんは一ヶ月程で完治しています。まずは、自分が医者ではないと言う事実を受け入れてください」

 ただ、そんなすぐに受け入れられるほど容易いものではない。女性は、少し強気に反論をした。

「でも、私は医者です」

 男性は、落ち着いた口調で話た。

「では、あなたの出身の医療大学はどこですか?その大学での思い出などはありますか?」

 女性は口を詰まらした。

「多くのドクター妄想病の方は、あくまでも妄想なので、そういった細かいところまで答えることができないのです」

 女性は、何も言うことができなかった。男性は、部屋にある大きな鏡を指差し優しく言葉を掛けた。

「鏡で本当の自分を見てください、あなたは医者ではないのです。自分と向き合うことが、完治につながりますから。一緒に治していきましょう」

 女性は、黙って頷いた。そして、礼を言い部屋を出た。

 部屋を出ると、女性は外側からその部屋に鍵をかけた。そして、看護師がその女性に白衣を着せ容体を聞いてきた。

「先生、診察お疲れ様です。今回の男性の患者さんはどうでしたか?」

 女性は、白衣に腕を通しながら答えた。

「完全なドクター妄想病ね。しかも、その病気の細かい症状や治療法までも知っているにもかかわらず、自分自身がその病気にかかっていることに気づいていないわ。かなり重症よ」

 部屋の中にある、大きな鏡はマジックミラーになっており、外側から患者の様子を見ることができる。看護師と女医は中の患者の様子を改めて見た。

 患者は、鏡で自分自身を見つめていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?