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自我

子供は、両親に育てられ、自我が形成される。ただ、その「自我」は、永遠なるものではないと思うのです。自分の両親は、現在施設で生活しているのだが、せっかく育てた我々子供も、認知できなくなってきている。人は、歳をとると、物心つく前の赤子のように、自我がなくなっていくのだと常々思う。いろんな物、人の認識ができなくなっていく。心は残る、と言う人もいるが、ではどの時点での心が残るのだろう。人は、死を迎えると、心もなくなり、核なる魂だけが、生まれた故郷に帰ってくのかと思う。「自我」がなくなること、共に生きた人の記憶も無くなることは、非常に淋しいことだが、年老いた人や、自分の両親を観ると、そう思ってしまうのです。
「人は独りで生まれて、独りで逝くけど、儚いこの時間、一緒に居ようよ」とは、上原ひろみさんのリリック。
お互いの孤独をわかり合おうとするところに、「愛」があるのかもしれない。

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