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【小説】アラサー公務員と仕事サボりのプロ・第1話【フィクション】

とある市役所に勤務する鈴木は、偶然SNSで“Sato@仕事サボりのプロ”と名乗るアカウントを見つける。
その投稿をしているのが、同じ市役所の先輩“佐藤”ではないかと気づいた鈴木は、佐藤を呼び出し問いただすことにした。

6月下旬、まだまだ梅雨空が続く金曜日。
この日の鈴木は、とても憂鬱だった。
「これ、絶対佐藤さんだよなぁ……」
鈴木はとある市役所で働く地方公務員だ。
大学新卒で入庁して10年目。そろそろ中堅職員と呼ばれる年代だ。
「こんなの見つけなきゃよかったなぁ……」
冷房の効いた室内で誰にも聞こえないように一人つぶやく。
今は昼休みで、職員のほとんどは、一時的に仕事から解放された時間を楽しんでいる。
市役所の昼休みは、活気と静けさが共存する場所だ。
机の上には手作り弁当や仕出し弁当が並び、弁当独特の香りが室内の空気を満たしている。
時には職員どうしの会話の声が響き、笑い声が広がる。
一方で、昼休みを静かにすごす職員もいる。本を読んだりスマホを見たり、机の上で昼寝をしたりしながら、自分の時間を満喫する職員だ。
鈴木も昼休み中に一人でスマホを見ながら独り言をつぶやいているが、だれも鈴木を気にしていない。
市役所の昼休みとは、職員にとって誰もが自由に過ごせる時間なのだ。
「はぁ…… どうしよっかなぁ……」
鈴木は寝る前に布団の中でSNSを徘徊するのが毎晩のルーティーンだ。
数日前、そのルーティーンの最中に偶然とあるアカウントを見つけた。
そのアカウントは“Sato@仕事サボりのプロ”と名乗り、社会人としてあまり褒められた内容ではない“つぶやき”を連発していた。
もちろん、それ自体はあまり珍しいことではない。
モラルに欠ける投稿をするアカウントは、世の中にはいくらでもある。
問題なのは、この“Sato@仕事サボりのプロ”が鈴木の勤務する市役所の先輩ではないか? ということだ。
「やっぱり問題だよなぁ…… だって公務員だもんなぁ……」
“Sato@仕事サボりのプロ”は巧妙に個人情報を隠しながら、それでいてギリギリの“つぶやき”をしている。
だが、鈴木は入庁時に佐藤と同じ部署で働いたことがあり、その時にとてもお世話になった。
佐藤はとても人柄の良い先輩だった。
仕事の悩みがあると、彼はどんなに忙しくても相談にのってくれた。
時には、お酒を飲みながら何時間も、お互いの私生活の話をしたこともある。
鈴木にとっての佐藤は、社会人として右も左も分からなかった入庁時に、仕事もプライベートも色々と教えてくれた、恩人とも呼べる先輩だ。
だからこそ分かってしまった。
「はぁ…… 俺が言わなきゃだよなぁ……」
鈴木は重い手つきで佐藤に庁内メッセージを送った。


「いやぁ。鈴木君と飲みにいくのも本当に久しぶりだよね。元気にしてた?」
外は梅雨の雨がシトシトと降っているが、居酒屋の店内は仕事終わりのサラリーマン達で活気溢れる光景が広がっている。
日々の仕事で疲れた心と体を解放しているのだろう。
そんな居酒屋の一角に、鈴木と佐藤が向かい合って座っている。
暖かな照明がやわらかく照らすテーブルには、2人分のビールと定番のおつまみが並んでいる。
「まぁまぁですね。最近は仕事も忙しくて…… 佐藤さんは異動したばかりですよね。仕事は順調ですか?」
鈴木は少し緊張しながら、とりあえずの世間話をしている。
まだアルコールの量が足りていないからか、佐藤に対して本題を切り出すことができていない。
「そう! 今の部署はめっちゃいいところでさ。すごく快適! 毎日定時で帰れるし、年休も取りやすいんだ。ほかにも…… 」
佐藤は美味そうにビールを傾けながらにこやかな笑顔で饒舌に話す。
仕事のストレスなど全く感じていないようだ。
その様子を見て、鈴木は少しイラっとしてしまった。
「いいですね。僕はどんどん仕事を増やされるので、まいってしまいます。まぁ、それもこれも、人手が足りていないのが原因なんですけど…… 」
鈴木は喋りながら”しまった!”と思った。
鈴木は現在、人事課に配属されている。
人事課は市役所内の人員配置や採用を担当する部署だ。
そんな部署の職員が“人手が足りていない”などと発言するのは、自分から“僕たちは仕事をしていません”と発言しているようなものだ。
「ま、まぁ。人事課は適正な人員配置を行っていますし、新入職員の採用は予算の絡むことですから、人事課だけの判断ではできない部分もありますし…… 」
「ははは。まぁそんなに慌てなくていいよ。俺と鈴木くんの仲じゃないか。ところで、今日は何かあったの? 聞きたいことがあるって話だったけど…… 」
気をつかった佐藤が話題を変えようとする。
鈴木は“本題を話すチャンスだ!”と思った。
「あ、はい、そうです! すごく言いづらいんですけど… 実は最近、僕こんなの見つけちゃいまして…… 」
すこしためらいがちに、鈴木は佐藤にスマホの画面を見せる。
そこには“Sato@仕事サボりのプロ”のSNSアカウントが映し出されていた。「あ…… 」
佐藤がバツが悪そうにはにかんだ。
「あぁ! やっぱりこれ、佐藤さんだったんですね! もう、なんでこんなことしてるんですか」
「いやぁ。見つかっちゃったかぁ。このこと、他の誰かに… 」
「言えるわけ無いじゃないですか!!」
「ははは。だよね」
「もう、今すぐやめてくださいね!!」
「えっ? なんで??」
佐藤の予想外の返事に、鈴木は少し戸惑う。
「なんでって、当たり前じゃないですか! 公務員がこんなことしていいわけないでしょ!」
鈴木は少し声を荒げてしゃべりつづける。
「だいたい、なんでこんなアカウント作ったんですか。佐藤さん昔はこんな人じゃなかったですよ」
「そうかな?」
「そうです!」
佐藤の飄々とした態度に、鈴木はさらにイライラする。
「ていうか、佐藤さんだって『公務員が仕事サボっていい』なんて本気で思ってるわけじゃないでしょ!!」
「思ってるよ」
「はぁ!?!?」
佐藤の予想外の返事に、鈴木はつい大きな声を出してしまう。
鈴木は興奮とともに、顔には赤らみが広がっていく。


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