見出し画像

【小説】アラサー公務員と仕事サボりのプロ・第4話【フィクション】

前回の話はこちら

7月上旬、そろそろ梅雨が終わりかけの木曜日。
この日も終日、鈴木はモヤモヤした気持ちを抱えながら定時まで仕事をした。

「やっぱり俺、騙されてるよなぁ……」

鈴木は2週間ほど前に佐藤と居酒屋で二人で飲んだ。
その時に佐藤から『公務員は真面目に働くより、適度に仕事をサボるべき』という話を聞いた。
その時は鈴木も、その考えに納得した。
その日は納得したが、だんだんと日数が経過するにつれ『あれ? やっぱりおかしくね?』という気持ちが大きくなっていった。

公務員は公僕である。
公僕として、市民のために働くべきだ。
公僕として、職務に専念する義務もある。

「うん。やっぱりおかしい。佐藤さんは間違ってる」

冷房が運転していない室内で一人つぶやく。
市役所では定時を過ぎると冷房は止まる。
定時直後の市役所には、定時前とはまた違った騒々しさがある。
定時のチャイムと同時に足早に退庁する職員もいるが、多くの職員はまだパソコンの前にいる。
しかし、パソコンの前にいる職員も、疲れた表情を浮かべながら作業をつづけているのは少数で、ほとんどは、ただダラダラと過ごしているだけだ。
もちろん鈴木もダラダラ過ごしている職員の一人だ。

「よし、佐藤さんをもう一度飲みに誘おう!」

鈴木は佐藤に庁内メッセージを送り、またしばらくダラダラすごして様子をうかがった後に、退庁した。


「いやぁ。また誘ってもらえるなんて嬉しいなぁ。最近は飲みにでる人も少なくなっちゃってさ」

前回と同じ居酒屋に、また鈴木と佐藤が向かい合って座っている。
居酒屋の店内は今日も、仕事終わりのサラリーマン達で賑わっていた。
店内は暖かい光と、美味しそうな料理の香りに包まれている。
二人のテーブルにも、二杯のビールと焼き鳥や唐揚げが並んでいる。

「はい。今日はぜひ佐藤さんと前回のお話のつづきがしたくて」

「ほほう。今日はとても好戦的だねぇ」

佐藤はいじわるな少年のような表情をうかべながら、鈴木の話に耳を傾ける。

「僕もあれから頭を冷やしていろいろと考えたんですけど、やっぱり佐藤さんの考え方はおかしいと思うんですよ」

「へぇ~。どんなところが?」

「佐藤さんは前回『公務員は仕事をサボっていい。もっとコスパの良い働き方をすべきだ』って言ってたじゃないですか?」

「言ったね」

「でもやっぱり、それはおかしいと思うんですよ」

「どうして?」

「もちろん、真面目に仕事を頑張りすぎて、メンタルダウンしてしまうのは間違っています。でも、だからといって僕らが仕事をサボっていては、市役所はまわらない。仕事を頑張っている職員がいるからこそ、市役所はなりたっているんです」

「なるほど。鈴木君は『毎日の仕事を一生懸命頑張っている職員がいるからこそ、今日も市役所はまわっている』そう言いたいわけだね」

「そうです! 仕事は一生懸命頑張るべきです! 決してサボるべきではない」

「違うね。一生懸命頑張るべき仕事なんてない。むしろ市役所の仕事はもっと暇であるべきだ」

「暇であるべき? なぜですか?」

「暇で暇で余裕のある状態じゃないと、いい仕事”はできないからさ」

「いい仕事? 佐藤さんにとって”いい仕事”ってなんですか?」

「公務員にとっての”いい仕事”ってのは1つだよ。ミスのない仕事さ」

「はぁ……」

「だから公務員の全員が”いい仕事”をするために、市役所はもっと暇であるべきだし、市役所の仕事は誰にでもできるものでなければいけない」

「いやいやいや。市役所の仕事が誰にでもできるわけないでしょ」

「そうかな?」

「そうです。もちろん、誰にでもできるような雑用的な仕事もあります。でもね、市役所の仕事はそんなのばかりじゃない。こんなこと自分で言うのは恥ずかしいですが、いま僕が任されている仕事だって、普通の公務員じゃなかなかできない仕事だと思いますよ!」

「ほう。鈴木君はそんな仕事を任されているのか」

「そうです。『重要な仕事だ。君にしか任せられない』と課長から直々に言われました。詳しくは言えませんが、市役所運営の根幹にかかわる、人事課ならではの仕事です。責任の重いハードな仕事ですが、僕はやりきってみせますよ!」

「ははは。張り切ってるね」

「はい!」

「ま、鈴木君にしかできない仕事なんてうちの市役所にはないけどね」

「はぁ? ひがみですか? 僕が重要な仕事を任せられているからって」

「いやいや。本当のことだよ」

「なんでですか! 理由を教えてください!!」

「理由は簡単さ。鈴木君が明日から急に1年ぐらい休んだとしても、市役所はまわるからさ」

「えっ、でも……」

「もしかしたら鈴木君は、『いま自分が任されている仕事は自分にしかできない仕事だ。だから俺がやらなきゃ誰もやらない』って思ってないかい?」

「まぁ…… 担当は僕だけですし……」

「その考え方がよくないんだよね。そういう考え方の人が、真面目に頑張りすぎてメンタルダウンするんだよ。鈴木君、疲れてない? 最近ちゃんと寝れてる?」

「もう、茶化さないでください」

「ごめんごめん。でも本当だよ。鈴木君が明日から急に1年間休んだって市役所はまわるんだから、きつい時は休んだほうがいいよ」

「いや、だから、僕はいま、僕にしかできない重要な仕事を任されていて……」

「だから、市役所に鈴木君しかできない仕事なんてないの。そんな考えは鈴木君の思い上がりだよ」

「そんなことありません!」


【つづきは明日投稿します】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?