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【小説】アラサー公務員と仕事サボりのプロ・最終話【フィクション】


【前回の話はこちら】


梅雨が開けた7月中旬の金曜日。
前回から約二週間後。
佐藤と鈴木は、またいつもの居酒屋に二人で向かい合って座っていた。
居酒屋の店内は今日も賑やかだ。
仕事終わりのサラリーマンたちは、おもいおもいのアルコールとおつまみを嗜みながら、好き勝手にバカ騒ぎをしている。
そんな居酒屋の店内で、佐藤と鈴木だけは真面目な顔をしているが、誰も二人を気にしてはいない。

「今日は、鈴木君みたいな普通の人でもできるような、仕事のサボり方を教えるって話だったよね?」

「そうです。佐藤さんが逃げずにいてくれて嬉しいですよ」

「はっはっは。俺が逃げる必要なんてどこにもないからね。それに鈴木君とこうやって話をしながらお酒を飲むのも、俺はすごく楽しいんだ」

「まぁいいでしょう。それでは早速教えてください。僕が仕事をサボるためには、どうすればいいと思いますか?」

「そうだね。まずは年休を月に1日以上取得するところから始めたらどうだろう」

「はい?」

「だから。前回も言ったけど、鈴木君には『仕事をもっとサボろう』って考えるより、『年休をもっと取得しよう』っていう考え方が合うんじゃないかと思うんだ」

「あの、それは前回も佐藤さんから聞きました。そして、その時に、僕には担当する仕事が大量にあるし、上司や先輩の目もあるから、そんなに気軽に年休の申請ができないことはお伝えしたはずです!」

「うん、聞いたよ」

「だったら……ッ!」

「まぁまぁ。落ち着きなって。今日はそんな鈴木君でも明日から年休がとりやすくなる方法を議論しようよ」

「僕でも明日から年休がとりやすくなる方法?」

「そう。とりあえず今のところ、鈴木君が年休を取得しづらい理由として、仕事がたくさんあるってことと、上司や先輩の目が気になるっていう2つの壁があるってことでいいかな?」

「そうです」

「そしたら、まずこの2つを解決しよう」

「できますかね?」

「ふふふ。じゃあまず1つ目。鈴木君が抱える仕事がたくさんあるから、年休があまり取得できないっていう壁を解決しよう」

「お願いします」

「まず、確認なんだけど、鈴木君って今はどれくらい忙しいの?」

「そうですね。今の時期は、チョコチョコ残業はあるけど、毎日ではないって感じですね」

「なるほど。じゃあ簡単だ」

「えっ? いや毎日じゃないにしても、残業しなきゃ終わらないぐらいの業務量はあるんですよ? とても年休がとれる環境じゃないですよね?」

「いや、とれるよ」

「ほんとですか?」

「ほんとだよ。考え方を変えればいいんだ」

「どんなふうにですか?」

「『来月は年休を取得する』っていう考え方じゃなくて、『来月は祝日が増えた』って考えるんだ」

「あっ……」

「鈴木君の話だと、たまに残業は毎日じゃないんだよね? そして、休日出勤まではしてないんでしょ?」

「……はい」

「それなら、祝日が1日増えたぐらいで業務に影響はないよね?」

「まぁ…… そうかもしれません」

「むしろ、『なんで6月は祝日が無いんだよ!』ぐらい思ってたんじゃない?」

「うぅ……」

「ほら。1つ目の壁は解決しちゃったね」

「た、確かに業務量についてはそうかもしれません。自分なりに調整すれば、来月からは月に1日ぐらい休んでも、業務に支障はないのかもしれません。でも!上司や先輩の目はどうすればいいんですか!? 僕にとって一番重要なのはこっちです!」

「なるほど。鈴木君はそんなに他人の目が気になるんだね?」

「そうです! でも、それが普通の日本人ってもんですよ!」

「はっはっは。また大きくでたね。まぁいいや。じゃあ鈴木君に質問なんだけど、どうして上司や先輩の目があるから年休が申請しづらいの?」

「そんなの当たり前じゃないですか! 上司や先輩から『俺は仕事してるのに、お前ばっかり休みやがって!』って思われたくないからですよ!」

「そうなんだ。鈴木君のいる人事課って、鈴木君が年休を取得したぐらいでそんな子とを思う人たちばっかりなんだ」

「い、いや…… それは分からないですけど……」

「そうだよね。他人の気持ちなんて、いくら考えたって分からないもんね」

「でも…… そう思うかもしれないじゃないですか!」

「そうだね。思うかもしれないし、思わないかもしれない。これは鈴木君がいくら考えても結論がだせる話じゃない」

「……考えるだけムダってことですか?」

「そうじゃない。相手の立場に立って、相手の気持ちや考え方を想像するのは大切なことさ。でも、一番大切なのは、鈴木君が何を最優先事項にしているかだ」

「最優先事項?」

「そう。じゃあ質問するよ。鈴木君は何のために働いているんだい?」

「えっ?」

「質問の意味が分からなかったかな? じゃあ言い方を変えよう。鈴木君は仕事において、何を最優先事項にしているのかな?」

「えぇっと……」

「答えにくいかな? じゃあ、俺から答えよう。俺はお金のために働いている。だから俺にとって、仕事では、お金をもらうことが最優先事項だ」

「仕事でお金をもらうことって…… そんなの当たり前じゃないですか」

「そうかな? でも、世の中には、仕事の最優先事項がお金をもらうことじゃない人、少なくとも、そう言わない人はたくさんいるよね?」

「まぁ。たしかに」

「でも、俺はそれでいいと思ってるんだ。仕事をする理由は人それぞれで。例えば、仕事をする理由が『お客さんの笑顔を集めるため』とか『自分自身を成長させるため』とか、そんな意識高い系の理由だっていい。それを他人に押し付けなければね(笑)」

「はぁ……」

「それで、俺は仕事ではお金をもらうことが最優先事項だから、仕事せずにお給料が発生する有給休暇は積極的に取得するようにしてるんだ」

「でも、それで職場の人間関係は悪くならないんですか?」

「今のところなってないね。まぁ、もし悪くなっても、そういう優先順位に決めたのは俺だから、それは俺が受け入れるべきことだけどね」

「佐藤さんの言いたいことは分かりました。人間にはあれもこれも全てを手に入れることはできない。だから優先順位をつけて、最優先すべきところを中心に物事を考えろってことですね」

「そうだね。だから鈴木君は、まず鈴木君にとっての、仕事の最優先事項を見つけなければいけない」

「その考え方はわかります。でも、それでも僕は、職場の人間関係を壊さずに年休を取得したい。そう考えるのは、おかしなことでしょうか?」

「いいや。全然おかしなことじゃないよ。じゃあ、それを鈴木君の仕事における最優先事項にしよう」

「はい。お願いします」
「それじゃあ、まず、俺が考える、職場の人間関係を良好にする方法なんだけど……」

「教えてください」

「それはね、鈴木君が”おバカキャラ”になることだ」

「……はぁ?」

「いや、だからね。鈴木君が職場のみんなから愛されるようなおバカキャラになれば、多少の年休を取得しても、鈴木君の職場の人間関係が悪くなるようなことにはならないと思うんだ」

「もうちょっと詳しく説明してもらっていいですか?」

「そうだね。まずはおバカキャラの利点なんだけど、大きく2つある」

「1つ目はなんですか?」

「1つ目は”多少のことは笑って許してもらえる”こと。さっきの有給休暇の申請もそうだし、仕事上のミスも、だいたい多目にみてもらえるようになる」

「はぁ。みんなからの期待値が下がるってことですね」

「そうだね。そして2つ目の利点なんだけど、それは”ちょっとでも成果を上げるとめっちゃ褒められる”ってこと。」

「まぁ。みんなからの期待値が下がってますからね」

「そうだね。逆に賢いキャラとか、仕事ができるキャラだったらこうはならない。重要でハードな仕事が集中するし、それでいてちょっとでもミスしたら、みんなから失望や非難の嵐になっちゃう」

「たしかに」

「ね? だから鈴木君も”おバカキャラ”になるべきじゃない?」

「でも…… それだと仕事上での評価が低くなりませんか?」

「う~ん。それはちょっと分からないね」

「やっぱり。それだとちょっと……」

「……鈴木君は、仕事上での評価を下げずに、職場の人間関係を悪化させることなく、それでいて仕事をサボりたいのかい?」

「うぅ……」

「それはちょっと虫のいい話じゃないかい?」

「……優先順位の話ですか?」

「そう。さっき鈴木君も言ったよね? ”人間は全てを手に入れることなできない”って」

「言いました」

「そうだね。だからこそ優先順位をつけて、その上で自分の最優先事項に力を注ぐんだ」

「分かりました。僕の最優先事項は”職場の人間関係を壊さずに年休を取得する”にします。仕事上の評価は諦めます」

「うん。まぁ、うちの市役所では仕事の評価なんて、あってないようなものだけどね(笑)」

「……その話をしちゃうんですか?」

「あ、人事課の職員の前でする話じゃなかったかな? まぁじゃあ手短に。たしかにうちの市役所でも人事評価制度を導入しているけど、あれ、ほぼ意味ないよね?」

「僕は……全く意味がないとは思いません」

「ははは。まあじゃあこの話は鈴木君は聞くだけでいいよ(笑) まぁ確かに人事評価が高いか低いかによって、ボーナスが多少高くなったり低くなったりはするみたいだけど、でもそれだけだよね。生涯獲得賃金で比べたら、そんなの微々たる差だ」

「……」

「あ、ほんとに鈴木君が無言で聞くだけの人になってる(笑) まぁ続けるよ。そんでさ、人事評価が高くても低くても、ほとんどの人は課長級以上にはなれるじゃない。そんで、課長級と部長級で給与や退職金にそこまで違いもないし。だったら人事評価をそこまで気にする必要はないと思うんだよね」

「……」

「あ、もう話は終わったよ(笑)」

「そうですか」

「うん。だから鈴木君も明日からおバカキャラになって、来月からどんどん年休を取得するといいよ」

「なんだか、佐藤さんと話ていると、仕事に真剣に悩むのがバカらしくなってきました」

「ははは。それでいいんだよ。仕事はもっと肩の力を抜いてやるものだ」

「わかりました。ちょっとおバカキャラにチャレンジしてみようと思います。でも、具体的にどうすればいいんですか?」

「簡単だよ。今から言う3つのことを、明日からやるだけでいい」

「はやく教えてください!」

「いいよ。まず1つ目。”リアクションをちょっと大きくする”だ」

「リアクションをちょっと大きく……ですか?」

「そう。上司と話をするときも、先輩や同僚と話をするときも、窓口でお客さんと話をするときも。いつでもこれを心がけるといい」

「はぁ」

「そして2つ目。”人よりちょっと大きい声で話す”だ」

「はぁ」

「これも簡単だ。誰かとしゃべる時に、常にその人よりちょっとだけ大きい声をだすように心がければいい」

「まぁ、なんとなく分かります」

「最後の3つ目。”朝から元気にあいさつする”だ」

「ははぁ。分かりましたよ。これ、普段の佐藤さんがやってることじゃないですか」

「バレたか(笑) そうだよ。俺も普段から職場でおバカキャラを演じているんだ。だから年休を他人より多目に取得しても、職場の人間関係は全く問題ない」

「なるほど。ここに生きた証拠がいたわけですね」

「うん。だから鈴木君も明日からやってみるといい。君は普段から元気な方だから、すぐにできると思う。おバカキャラの才能があるはずだ」

「あんまり嬉しい才能じゃないですが。はい。やってみます」

「うん。頑張ってね。あ、あとたまにおバカキャラに対して変なイジりかたをしてくる人がいるけど、そんなのは流しとけばいいから。そんな人はどうせレベルの低い人間だからね。ほとんどの人は、おバカキャラに対して愛情を持って接してくれるよ」

「なんとなく分かります。他人のイジリかたに愛が無い人っていますよね」

「そうそう。無理してテレビの芸人のマネしてる人はまだ可愛いんだけど、最初から見下してくる人とかいるんだよね~」

「おバカキャラを演じる上で、そこだけが注意点ってことですね」

「うん。鈴木君は大丈夫だろうけど、そんな人に対して真剣に怒ったりしないようにね。そんなレベルの低い人とは、関わらないようにするのが一番だから」

「わかりました。がんばります」

「うん。その意気だよ」

「最後に1つだけ教えてください。佐藤さんは仕事にストレスとか感じてますか?」

「ストレス? どうだろう…… 全く無いわけじゃないけど、ほぼ無いかな」

「有意義な公務員生活を謳歌しているわけですね」

「まぁそうかもしれないね。公務員になる前に自分が想像していた公務員の生活ができているからね」

「羨ましい。いつか僕も佐藤さんと同じセルフが言えるようになりたいです」

「なれるさ。鈴木君ならきっとね」

「……はい。そうですね!」

「ははは。とてもいい笑顔だね! さぁ、もうこんな時間だ! 真面目な話はもう終わりにして、スナックでかわいい女の子としゃべろう!!」

「はい! おともします!!」


鈴木は佐藤とそろって居酒屋を出た。
佐藤は酔いも冷めやらぬ表情を浮かべながら、軽快な足取りで歩道を歩いていく。
鈴木は佐藤の隣を歩きながら、自分の足取りも軽くなっていることに気づいた。
夜の街は人々の幸せそうな声で溢れている。
心地よい風が鈴木の頬をなでる。
なんと素晴らしい夜だろう。
公務員を続けていれば、これから何度もこんな夜を経験できるのだ。
鈴木は大きく息をすいこみ、少しだけ伸びた髭をなで、佐藤に続いていつものスナックへと入っていった。

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