【小説】アラサー公務員と仕事サボりのプロ・第6話【フィクション】
【前回の話はこちら】
「高橋課長はやる気がないんじゃなくて、ただ仕事が忙しくて余裕がないだけじゃないかな?」
「……そうかもしれません」
「俺も高橋課長のことはよく知っているよ。一緒に仕事をしたことはないけど、頭のいい人なんだろうなっていうのは、話をしていて分かるよ。そして、人事課の課長になってから、ずっと疲れた顔をしているのも知ってる(笑)」
「確かに、高橋課長は忙しすぎて余裕がないのかもしれません。通常業務の量が多くて、これまでにやったことがない新しい仕事に着手する時間が無いのかもしれません」
「そうだね。だからもし高橋課長が、いまの状況のまま新しい仕事も真面目にどんどんやり始めてしまったら、もしかすると高橋課長はメンタルダウンしてしまうかもしれない」
「……だから高橋課長は、形式上は新しい仕事をやってるっぽくして、実は新しいことなんて何もやってないって言いたいんですか?」
「そうだと思うよ」
「でも、それでも……」
「『公務員には職務専念義務がある』かい?」
「はい、そうです!」
「う~ん。そうだね。職務専念義務についての解釈が、俺と鈴木君では違いそうだね。じゃあ鈴木君にこんな質問をしてみよう。鈴木君はさ、人間の集中力が8時間も続くと思うかい?」
「どういう意味ですか?」
「だから、鈴木君は8時間も集中して働き続けることができるかってこと。まぁ、昼休みが間に1時間あるから、3時間半と4時間半に分けてもいいけど」
「えっと…… でき…… ます……」
「はっはっは。無理しなくていいよ。俺は絶対できないと思ってるから。まぁ1日だけならなんとかなるかもしれないけど、それを5日連続で何年もやり続けるなんて、どう考えたって難しいからね」
「ううん……」
「だからね。人間は8時間も集中力が続くわけないんだから、仕事中にちょこちょこサボってたって、職務専念義務に違反していると俺は思わないんだ。だってそんなの無理だし」
「でも……」
「もし人間が8時間も集中力が続くとして、それを5日連続でできる生き物だったら、鈴木君の考える職務専念義務の解釈が正しいと思うんだ。でもね、現実問題として、人間はそんな生き物じゃない」
「だから、仕事をサボってもいいと?」
「そうだよ」
「そうなのかなぁ……」
「まだ納得がいかないかい?」
「そうですね。佐藤さんの言いたいことは分かるんですけど、なんとなく腑に落ちないというか……」
「そっか。じゃあこんな話はどうだろう。鈴木君は年休はとれてる?」
「年休ですか? いえ、振休はできるだけ消化するようにはしていますが、年休まではなかなか難しいですね」
「そうなんだ。でも最近の流れとして、できるだけ年休を取得しようみたいになってるよね?」
「まぁそうですね」
「それも人事課が主導で(笑)」
「まぁ……そうですね」
「あれ? その人事課職員が年休とれてないんだ?(笑)」
「もう。何が言いたいんですか」
「ははは。俺は年休を毎月1日は取得するようにしてるよ。ここ数年はずっと続けてる」
「あ~、そうですか。羨ましいですね!」
「俺は年休を取得することだって、仕事をサボることだと思ってるんだ」
「はぁ?」
「だってさ、俺が公務員はもっと仕事をサボるべきって考えてるのは、ちょいちょい仕事をサボりながらのほうが、もっといい仕事ができるからなんだよね。でさ、年休っていうのは『心身の疲労を回復』するためにある制度じゃない?」
「まぁそうですけど」
「しかも年休を取得することを職場が積極的にすすめてるんだよ。それはもう、職場がもっと仕事サボれって言ってるようなもんだよね」
「う~ん。年休=仕事サボりって考えてるのは、佐藤さんだけだと思いますが」
「ははは。まぁ考え方は人それぞれだから。でも『仕事をもっとサボろう』って考えるより『年休をもっと取得しよう』って考えた方が、いまの鈴木君には合うかなって思っただけさ」
「……結局、佐藤さんは、公務員はもっと仕事をサボるべきだし、僕にもサボりながら仕事しろって言いたいわけですね」
「そうだよ」
「……でも、正直に言って、僕にはサボりながら仕事をするって難しいです。年休もすぐにはとれません」
「どうして?」
「確かに、佐藤さんの意見は正しいのかもしれません。公務員はもっと仕事をサボるべきなのかもしれません。でも僕にはできない。現実問題として、僕には仕事が大量にあるし、時間内で処理できないこともあります。年休の取得だって、上司や先輩の目もあるし、そんなに気軽に申請できません」
「そうかな」
「そうです。佐藤さんの意見はただの理想論です! 神経が図太い人だったら、その意見どおりにできるかもしれないけど、僕みたいな普通の人には無理です!!」
「そんな俺が周りの目を気にしない無神経な人みたいな言い方して(笑)」
「だってそうじゃないですか!」
「ふふふ。要するに鈴木君は、俺みたいに神経が図太くない、普通の人でもできるような仕事のサボり方を教えてほしいわけだ?」
「……えっ?」
「わかった。いいだろう。でも今日はもういい時間だから、また次回にしないかい?」
「いいですけど。佐藤さんはもう帰るんですか?」
「いや、俺は次の店に行く。かわいい女の子がいるスナックを見つけたんだ。鈴木君も来るかい?」
「佐藤さんも好きですね。いいでしょう。おともしましょう」
「でも次の店で真面目な話は無しだよ? 今日の話のつづきは、また今度、鈴木君と二人で居酒屋にいるときだ」
「もう、逃げてるんじゃないでしょうね」
「さぁ、どうだろうか?」
「まったく、この人ったら」
鈴木は佐藤とともに上機嫌で居酒屋を出た。
路上では、二人と同じように上機嫌なサラリーマンが何人も歩いている。
まだ家に帰るには早い時間だ。
彼らもまた別の店で、仕事の疲れを癒すのだろう。
アルコールは、サラリーマンの心と体を解放してくれる。
夏の夜らしい心地よい暑さが、鈴木と佐藤を包んでいる。
このまま二人は、夜の繁華街へと消えていった。
【第二部 完】
【最終話はこちら】
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