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勝手に寄稿 → 宇多田ヒカルの言葉

昨年12月に発売された『宇多田ヒカルの言葉』という歌詞集。
その本で、吉本ばななさんや糸井重里さん、最果タヒさんなどの著名人が
宇多田ヒカルという人の言葉や存在について書いていた。
少なからず影響を受けた僕も勝手に寄稿(奇行)する。

「First Loveから初恋へ」 by カマキリのくるぶし

彼女のデビュー曲が世を席巻した当時、僕は中学生だった。
義務教育という「Automatic」な仕組みの中でのびのびしていた。
宇多田ヒカルは学年で言うと僕の一つ上。
今考えると小劇場では収まりきらないほどの衝撃だ。

自分がもしミュージシャンとしてそれなりの野心を持っていたら。
ミリオンセラーのアーティストになってやろうと
高速道路の追い越し車線を軽自動車で必死に走っていたら。
突如現れた今まで見たことないほど美しい車。
前の車を煽る必要もなく一台だけちょっと違う道路を走る車。
瞬く間に見えなくなる車。
そしてイメージすらできなかった目的地に到達してしまう車。
むしろ最初からそこにいたような気さえする車。
そんな車を見たらとりあえず一番近いサービスエリアに寄り
ソフトクリームでも食べながら放心状態になっただろう。

ただ、当時の僕は今ほど人生に焦燥感があるわけもなく
新しい才能の年齢を見ておこがましい嫉妬をすることもなかった。
ここ数年はグラビアに出ている人の年齢でも焦るのに。

そんな僕は、宇多田ヒカルと聞くと中学時代の彼女を思い出す。
「First Love」というアルバムを貸してくれたのがその人だった。
このアルバムの中で一番好きな曲が偶然一致したことも覚えている。
言葉にできてなかった感情を言葉にしてくれたのも覚えている。
そしてこのアルバムに揺さぶられた数々の感情も覚えている。

「今日、T君が家に来るんだよね。」
「ん?何で?」
「宇多田ヒカルのアルバムを借りに。」
(学校で貸し借りしたら良いだけの話じゃないか)
(でも一番に貸してくれてありがとう。いやいやそうじゃなくて。)
「お、おおおう、そうなんだ。」
(7回目のインターホンでも出ちゃダメだぞ)
「それだけ。」
(いや、絶対 not only A but also Bでしょ。それは。)
(借りたCDを自作のCDに差し替えておけばよかった。)

よくわからない。突然やってくる。初めての恋。その感情。
いろいろな出来事によって気付かされる本心。
ちょっとずつ輪郭を帯びて言語化できるようになる感情。
得体の知れなかった英語(First Love)のような気持ちが
些細な出来事や宇多田ヒカルの歌によって日本語(初恋)になっていった。
一方で逆にわからなくなることもあった。

日本音楽シーン最高の約765万枚を売り上げたと言われる本作。
このアルバムが世の中に与えた影響は計り知れない。
一体どれだけ多くの人の感情を揺さぶったり、感情に気づかせたのだろう。
CDを買った人。その友達。恋人や家族。同業者や表現者。
日本一、嫉妬も生んだアルバム。
嫉妬すらできなかったかも知れないレベル感。

そんな宇多田ヒカルが今年またアルバムを出した。
タイトルは「初恋」。
このタイトルに「First Love」への意識はなかったと言う。
でもタイトルが日本語になったことに
彼女の中での無意識の変遷もあったように思う。

色々なことに気づかされそうな一種の恐怖もあるけれど
また、耳で、心で、上腕二頭筋で、ゆっくり聴いてみよう。

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