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「まだ負けてない!」 学校への行きづらさと闘った彼の6年間と、支えになった出会いとは

家庭でも学校でもない、第3の居心地が良い場所「サードプレイス」。
そこは、子どもたちが親や教員、友達とも違う人たちと出会い、さまざまな価値観や可能性にふれられる場所。やりたいことが見つかったり、自分の良さに気づくことができたりなど、子どもたちの世界が広がる場所でもあります。

カタリバではこれまで20年間、子どもたちのためのサードプレイスと、親や教員(タテ)や同級生の友だち(ヨコ)とは異なる 「一歩先を行く先輩とのナナメの関係」を届けてきました。
子どもたちがどのようなきっかけで「サードプレイス」に来て、どんな経験をし、何を見つけたのか。これまで出会ったたくさんの子どもたちの中から、特に印象的だったエピソードをご紹介します。

朝、先生から電話がくるとお腹が痛くなる。これといった理由はないけど小6から不登校に

自然豊かな山間地にある教育支援センター「このまちテラス」。ここは、学校での生活に不安や戸惑いを抱えていたり、学校へ通うことに困難さをもっていたりする子が多く通う、子どもたちのためのサードプレイスです。

ヒロさんが「このまちテラス」に訪れたのは、中学1年生の夏休み明けすぐでした。小学校6年生の頃から不登校になり、中学でも入学後の数日登校しただけで、すぐに行かなくなりました。

はっきりしたきっかけがあったわけではありません。
ただ、小さい頃から勉強が得意ではなく、授業の時間も好きではありませんでした。なかでも作文や感想文など文章を書くのが大の苦手で、小学校の作文の授業ではどうしても書くことができず、原稿用紙を前に泣いてしまったことも。

また、自分が興味をもったことにすぐ夢中になってしまうところがあるヒロさん。気になることがあると、授業中でも突然発言したり、授業と関係ないことをしたりして、先生から怒られることがしょっちゅうありました。

宿題を忘れ、放課後に居残りをさせられることもしばしば。そんな様子を同級生たちからからかわれて、ヒロさんは次第に学校を休みがちになっていきました。

心配した担任の先生が、毎朝ヒロさんの家に電話をかけてきましたが、先生への不信感が強くなっていたヒロさんは電話がくるとお腹が痛くなり、ますます学校に行きたがらないように。
お母さんが先生にお願いして電話をやめてもらったものの、それから学校に行けなくなってしまいました。

外に出る機会がどんどん減り、家族以外の人間と関わることが少なくなっていったヒロさん。
そんなとき、「このまちテラス」のことを知ったお母さんが、ヒロさんを誘って一緒に訪れました。最初はお母さんに連れられて仕方なく来たヒロさんでしたが、「学校みたいだけど、学校とは違う感じ。ここなら来てもいいかな」と、週に2〜3回通うようになりました。

釣り、体験授業、ゲーム。のびのびした時間を過ごす中で、再び学校へ行き始めたけれど……

「『このまちテラス』に来て、ヒロさんが最初にやったのは釣りです」
笑顔でそう教えてくれたのは、「このまちテラス」のスタッフ・サトシさん。ヒロさんを最も長く見守ってきたスタッフの一人です。

「『このまちテラス』が安心して過ごせる場所であること、自由に何でも話していい場所だということを知ってもらいたいので、『このまちテラス』では最初に本人が好きなことや興味があることをスタッフと一緒にやります」(サトシさん)

幼い頃から自然が大好きで、よく祖父と近所の川で釣りをして遊んでいたヒロさん。ヒロさんにとって釣りは好きな遊びであり、心からリラックスできる時間でもありました。

「別の日には、理科の教師だったスタッフと、裏の森に探索に行ったりもしました。石を拾ってきて何でできているかを一緒に調べたり、磁石で砂鉄を集めたり。もともと好奇心が旺盛な子だったので、楽しんでやっていたようでした」(サトシさん)

ヒロさんが「このまちテラス」に慣れてきてからは、サトシさんが誘ってグループワークに参加することも。グループワークとは、コミュニケーションに慣れるよう複数人で行うワークです。
例えば、全員の背中に紙を貼って、その紙に書いてある言葉を「動物ですか?」など質問をして探ったり、相槌を打つ・相手の目を見るといった上手な聞き方を体験したりするなど、遊び感覚でコミュニケーションスキルを身につけていきます。

ヒロさん自身は人見知りをしないオープンな性格でしたが、小学校での経験から「自分は人と関わるのが苦手」と自信をなくしていました。そこで、こうしたコミュニケーションゲームを通して、苦手意識を解消していければとサトシさんが考えたのです。

「このまちテラス」で、のびのびと生活を送っていたヒロさん。その中で自然に気持ちが変わっていったのか、中学2年になると同時に自分から学校に行き始めました。
ところが……。

「学校に戻れてよかったと思っていたのですが、実はすぐに行けなくなり、家にこもるようになったとお母さんから連絡が来たのです」(サトシさん)

家庭訪問でやったバドミントン。それが彼にとっての「新しい扉」に

再び学校に行かなくなったヒロさん。お母さんが「このまちテラス」に行くよう声をかけると「うん」と返事はするものの、行こうとはしません。そこで、サトシさんがヒロさんの家へ訪問することにしました。

「『このまちテラス』では子どもたちが来るのを待つだけでなく、スタッフが家庭へ訪問する“アウトリーチ”も行なっています。
定期的に家庭を訪問して、会話や遊びなどを通して子どもや家族との関係をつくり、『このまちテラス』の利用や学校への別室登校など、家庭から一歩を踏み出すためのアプローチを行うのです」(サトシさん)

最初は訪問しても出て来てくれず、焦ることもあったと言うサトシさん。しかし、無理に引っ張り出すことはせず、ただ「待ってるよ」と伝えて帰ったと言います。

すると、徐々に顔を見せるようになったヒロさん。会うと「ちょっと見てくださいよ」と、自分が作った木工作品を見せてくれたそうです。

「中でも驚いたのは、職人が作ったような精巧なスツールを彼が手作りしていたこと。私が『すごいね!』と驚くと、こだわったポイントや大変だったところなどを、うれしそうに話してくれました。
そんな一面が本当におもしろいというか、彼の魅力的なところだと思います」(サトシさん)

そんなある日、サトシさんはヒロさんを誘って、彼の家の前でバドミントンをしました。すると、すぐにハマったヒロさん。「『このまちテラス』の体育館でバドミントンができるなら」と、再び「このまちテラス」に顔を出すようになったのです。

さらに、地域のバドミントンクラブを自分で探して入会。夢中でバドミントンに取り組み、腕もどんどん上達していきました。

「高校も『バドミントン部がある高校に進学する』と自分で決め、『バドミントンをやるためには学校も行った方がいいよね』と、学校にも行き始めたのです。
もともと集中力がある子だったので、受験勉強も頑張っていました。試験に合格して希望の高校へ入学できたときは、大きな自信を得たようでした」(サトシさん)

サトシさんが何気なく誘ったバドミントンが、ヒロさんにとっては生活を変える大きな出会いになりました。

彼は今も昔もそのまま。ただ、彼を理解してくれる人が周りに増えていっただけ

希望した高校のバドミントン部に入り、充実した高校生活を送っていたヒロさん。高1の終わり頃、練習のし過ぎで手首を傷め、半年間バドミントンができなくなったときには、また学校を休みがちになりましたが、もう長く休むことはしませんでした。

ケガが治るとともに自ら学校へ行くようになり、再びバトミントンに打ち込む日々。部の仲間とはとても良い関係で、信頼もされ、高校3年生のときにはキャプテンになったほどでした。“人と関わるのが苦手なヒロさん”は、もういませんでした。

しかし、サトシさんは「彼自身が何か大きく変わったかというと、実はそうじゃないと思う」と言います。

「ヒロさん自身は、『このまちテラス』に来たときから変わってなくて、最初からいいヤツでした。『このまちテラス』で仲良くなった友達が2人いるのですが、彼らの悩みを親身に聞いて応援したりするやさしい子です。
ただ、ちょっと個性が強いというか、周りと違う部分があり、周りに合わせるのが苦手なだけだったように思うのです」(サトシさん)

小・中学生のときは、そうした部分が周りに理解されず、うまく噛み合わなかったヒロさん。しかし、徐々に彼の周りには、彼の良さをわかってくれる人が増えたので自信をもって行動できるようになっていったとサトシさんは感じています。

「彼はバドミントン部の顧問の先生を“恩師”と呼んで、とても尊敬しているのですが、そういう先生との出会いや、部の仲間たちとの出会いは特に大きかったと思います。
彼自身は変わっていないけれど、周りが変わり、環境が変わったことで、前向きに活発に、元気になっていったのかもしれません。
『このまちテラス』も、彼の良さを理解している存在の1つと言えるかも。彼にとって少しでもそうなれていたら、うれしいですね」(サトシさん)


ヒロさんは手首のケガで学校を休んでいたとき、「このまちテラス」のスタッフから「ボランティアに来て」と頼まれ、「このまちテラス」の小・中学生に自分の体験を話したことがあります。
その際にヒロさんが「みなさんに今伝えたいこと」として語ったのが、以下の言葉でした。

高校の恩師に言われた一言だけど
今つらいことやできないことがあっても、その何かに負けたと思わないで欲しい。
今は、つらいことやできないことと戦っている最中。
今負けたと思うことは、そこであきらめることになる。
そうではなく、戦っている最中なんだと思って、なんとか乗り越えてほしい。
その言葉を心の支えにして、自分はやってきた。
まだ負けてない!っていつも思ってきた。

ヒロさんは現在、高校を卒業し、環境学が学べる専門学校へ進学。「自然環境を守る仕事に就く」という新しい目標を見つけ、歩んでいます。

※個人の特定を避けるため、一部フィクションが含まれています


-文:かきの木のりみ

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