月とお袋

母ちゃんというのは、なぜか月が大好きである。とりわけ満月には異常な関心を示す。あれはなんなのだろうか?
今月の一日は中秋の名月だったが、やはり母ちゃんは非常に月を気にしていた。今月の二日とて満月で、やはり母ちゃんは月を気にしていた。満月には母ちゃんを惹きつける何かがあるのだろうか?

中秋の名月でも満月でもスーパームーンでもそうだが、そういった日になると、もう夕方のeveryの木原さんとそらジローが出てきたあたりから、母ちゃんは月を気にし始めるのである。今日は満月だとか、でかい月が出るだとか、そんな調子である。俺は内心どうでもいいと思いながら相槌を打つ。
夕闇が迫り金星が輝き、それから空が藍色とか黒っぽくなって、いよいよ黄色い月の登場である。母ちゃんは戸締まりとかの用足しのついでに掃き出し窓から月を確認して、俺に報告するわけだ、満月が見えると。それはそうでしょう、暦上満月だって決まってるんだから新月でも三日月でもなく満月が見えるでしょうよ、と俺は思うのだが、また相槌を打つわけである。よくよく考えてみると、俺が一人暮らししていた時分も、満月の日は連絡が来た。母ちゃんというのは満月に関心を示すだけでなく、息子にそれを教えたがる。しかも、なぜか俺まで満月に同じ熱量を持っている同志であるがごとく報告してくる。しかし悲しいかな、俺は満月の夜に満月が出てたくらいじゃ何とも思わないのである。仮に俺が興味を持って見に行くとすれば、火星が肉眼で見える日くらいである(事実、俺はセーラー戦士の中でもマーズ派なのだ!)。俺はわざわざ掃き出し窓から身を乗り出して確認するのは面倒なので、相槌だけにとどめておく。
そうこうするうちに俺は晩飯を作り、晩飯を食う。晩飯を食った後に俺は煙草を吸うために掃き出し窓から出る。一服して戻ると、母ちゃんがたずねる、満月見た? と。その頃には俺は満月のことなどすっかり頭から抜け落ちているものだから、当然満月など見ていない。ことによると空さえ見ないで、マジで一服しただけで戻っている。俺としては満月だろうと三日月だろうと心底どうでもいいのだが、見たかと問われると、なんだかこんなに母ちゃんが教えてくれていたのに見忘れて帰ってきたことが急に申し訳なく思えてくる。俺はぎくりとして、きびすを返し、急いで掃き出し窓から身を乗り出して満月を見る。それから、満月が見えましたよ、と義務のように母ちゃんに報告する。俺はこんなトンチンカンな報告を月イチでやっているのである。しかし、母ちゃんはそれで満足するようだ。

ここまで勢いで書いたが、オチがない。もう中盤あたりから俺は内心焦っていた。最初のあたりで木原さんとそらジローを出したので、オチでも木原さんとそらジロー関連のなにかとか、陣内さんあたりとか引っ張ってきて無理矢理落せばいいと考えていたが浅はかだった。結びに入る頃にはeveryネタを思いつくつもりが、今もって全然思いつかん。なんにも面白いことが思いつかん。木原さんとそらジローをデウス・エクス・マキナ的に利用しようとしたのがいけなかった。次からは少年探偵団に対する明智小五郎的なマジモンのデウス・エクス・マキナを準備して文章を書きたいと思う。

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