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かすみを食べて生きる56:病棟の中心で絶叫する

脳梗塞 発症1か月と23日目:リハビリ病院2か月目③
食事:脳梗塞(ワレンベルグ症候群)の後遺症のため、嚥下ができなくなり訓練中。食事はミキサー食(昼食のみ)と鼻からの経管栄養。食事以外の時間はスプーン半分の水分を一度に10口まで飲んでよい。
状態:歩けるようになってきた。終日、館内フリー歩行自立。

入院中ここまでもいくつかの事件があったが、この日は最大のピンチだった。
※以下の文章には嘔吐の表現があります。苦手な方はご注意ください。

これまでの記録はこちら『かすみを食べて生きる 序文と目次』
<発症1か月と22日目:リハビリ病院2か月目②
発症1カ月と24日目:リハビリ病院2か月目④>

お昼ごはん#12

今日もお昼はミキサー食。
たまには味の濃いものが食べたいな。
例えば、そう、あれ。

おかゆアート:天一

京都が誇るこってりラーメンのチェーン店『天下一品』略して天一。
あの濃いポタージュのようなどろどろスープが食べたい。
今は叶わないので、おかゆに書いて食べたことにする。
今日の献立はこちら。

  • カラスカレイの煮付け

  • 大根のゆず味田楽

  • おかゆ

今日もあっさり病院食。
いただきます。
大根のゆず味田楽はゆずがふわっと香るお味噌味の大根。
のど通りもいい。
大根の煮物もゆずをちょっと利かすと上品になるのか。
ミキサーになっても香りは生きてる。
上の橙色はにんじん。
カラスカレイはどんなお味かな。

異世界ぼっち

カラスカレイを口に入れたタイミングだった。
オエッッッ、ゴボゴボゴボゴボ…。
私の右奥の患者さんが嘔吐し始めた。
うっ…大丈夫かな…でも見てはいけない…見たら…多分食べれなくなる…。
ゴボゴボゴボゴボ…オエッ、ゴボゴボゴボゴボ…。
どうしよう、止まらない。気持ち悪い。
この音を聞きながら、咀嚼するのは無理。
お願い、早く止まって…。
ゴボゴボ…オエッ、ゴボゴボゴボゴボゴボゴボ…。
…無理だ…気持ち悪くて口に入れたものを飲みこめない。
吐いている患者さんと反対側を見渡す。
看護師さんは嘔吐の方の対応でバタバタしている。
でも回りの患者の皆さん、普通にご飯を食べている。
あれ?食べれなくなっているの私だけ?
近くであんなに盛大に吐いている人がいるのに、なんでご飯を食べ続けられるの?
ここは一体どこ?もしかすると私の知っている世界ではない??
オエッッッ、ゴボゴボゴボゴボ…。
まだ止まらない。
だめだ。口の中に入っているカラスカレイ、気持ち悪くて飲みこめない。
逃げなきゃ。

私はまだ半分も食べていない食事を置いて席を立った。
なんとかデイルームを出て少し行った廊下で私は座り込んだ。
口の中のカラスカレイを何とか飲みこむ。
息が上がって右半身のしびれが強く出ている。
軽いめまいがする。
恐らく過呼吸。
動けない。
手すりを持ってしゃがみこんでいると、通りがかりの看護師さんが「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
気持ちが悪くなって動けないことを伝えると、椅子を持ってきてくれた。
しばらく椅子に座って廊下の手すりに突っ伏して息を整え、しびれがひいて立てるようになってから病室に戻った。
お昼ごはんは残した。

叫ぶしかない

ベッドに戻って、カーテンを閉め切り、日中めったに入らない布団に潜り込んだ。
イヤホンを耳に入れ大音量で好きな音楽を聴く。
だめだ。あの嘔吐の音が、耳に残って消えない。
なんとかこれを頭の中から出さなくちゃ。
叫びたい。大声で叫んで頭の中の音をかき消したい。
私は病室を飛び出しナースステーションに向かった。
途中で顔なじみの看護師さんに会った。
私「すみません。どうしても叫びたいのですが、どこか叫んでも大丈夫な場所はないでしょうか」
私の切羽詰まった様子を察してくれた看護師さんは、すぐに近くの面談室を開けてくれた。
看護師さん「私が扉の前にいるので、この中で叫んでいいですよ」
ありがとうございます。
入ってすぐ、私は迷わず大きく息を吸った。

「う”あ”-----------------っ!!!!!!!!」

せまい部屋の中を叫び声が響く。
でも思ったより、大きな声が出ない。のどの奥が響かない。
そうか、私、左のどが麻痺してたんだっけ。
もう一度。

「あ”------------っ!!!!!!!!」

しまった。布団を持ってくるんだった。
ミュートなしにこの音量で叫んでしまっては、他の病室に丸聞こえだ。
迷惑すぎる。申し訳ない。
我に返って、これ以上叫ぶのを思いとどまった。
大声を出して頭がクラクラする。
面談室を出ると、私の大声を聞いて数名のリハビリセラピストさんが駆けつけてきていた。
そりゃ、そうか。病棟であんな声が聞こえたらただ事じゃない。
私、その判断もできなくなってたのか。
申し訳ない。
私「すみませんでした。大丈夫です」
そういって頭を下げてふらふらと病室に戻った。

途中廊下で、何度かリハビリに入ってくれた作業療法士の長野さん(仮)が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。
私「お昼ごはんの時に近くの患者さんが吐いてしまって、いけるかなと思ったんですが思いのほか長く吐いてはって、気持ち悪くなってしまいました」
長野さん(仮)「大変でしたね!僕だったらもらいゲロするところですよ!」
………そう!その感覚!
言われて気づいた。
人が吐く中でも食事が続く異世界に独りぼっちで、叫ぶ奇行種となり果てて人に迷惑をかけてしまって私は、自分の拠り所がなくなりかけていた。
横で人が吐いていたら、気持ち悪くなって吐いてしまうよね!という共感は、私を現実に引き戻してくれた。
ありがとう長野さん(仮)!!。
今はふらふらだけど、明日の昼ごはんまでに立て直そう。

ーー振り返って

脳梗塞で入院した時の記録をまとめたいと思いながら、数年手をつけることができずにいました。
その理由の一つに、この日のことがありました。
思い出すとまた気持ちが悪くなって食べることができなくなるかもしれない。

でも振り返って書いてみて、その日は長野さん(仮)としゃべってなんとなく少し落ち着いたと感じていたのですが、長野さん(仮)が共感してくれたことがおかしくなりそうな私をつなぎとめてくれたことがわかりました。
あのまま切り替えることができなかったら、しばらく精神的に食べれなくなる瀬戸際でした。
そう考えると長野さん(仮)は、私の嚥下の恩人の一人ですね。

そしてあの吐いておられた患者さん。
今思うとあんなに長時間吐くのは、しんどかったと思います。
翌日も食事の席におられたので、大事はなかったようで安心しました。

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