加澄ひろし|走る詩人

『走る詩人』加澄ひろしです。詩を書いています。【自然派】ときに【社会派】 自然を愛し、…

加澄ひろし|走る詩人

『走る詩人』加澄ひろしです。詩を書いています。【自然派】ときに【社会派】 自然を愛し、自然を歌います。 東京都出身、宮崎県在住 kasumi@tokyo.ffn.ne.jp

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【詩】海を見に

海を見にきた 海の青さを見にきた 海の声を聞きにきた 海はいつに変わらない大きさで 絶え間ない鼓動を刻んでいる 海を見ている 海の青さを見ている 海の声を聞いている 海はいつに変わらない表情で 絶え間なく息吹をはこんでいる なぜ人は 泣きたいときも 叫びたいときも 海を眺めに来るのだろう あまりに広く 烈しくて ただようだけで 確かなしるべをみつけられず あてなく 途方にくれて 陸にあがってきたというのに それでもなお 海を眺めにやって来るのは 涙のわけを問うもなく

    • 【詩】別離

      長年 座り続けた小箱から 雑多な中身をさらけ出し 横づけされた 荷台にのせて 見知らぬ先へ運び出す 窓の中は あっけなく空っぽで 冷え切った 伽藍堂に 淡く 染みついた 影法師が 声もなく 浮かんでいる すれ違えば 目と目を交わし 挨拶だけ 見覚えだけの 名も知らぬ 顔なじみ 振り向くもなく 立ち去っていった 休日以外 九時から五時の営みは ふたを閉じ 灯りもはずして 小さな貼り紙だけ 行き先を告げている 道ばたに 置き去られた猫が 風の匂いに 鳴いている ©2024

      • 【詩】エントリー(応募)

        初夏の蓮田に芽生えはじめた 細く伸びやかな掌は 記したばかりの 希望を握っている 葉脈に刻み込んだ意気込みを おそるおそる差し出して 審判の日を待っている 競い合う熱意の束は 一瞥の風にさらされて 巡り合わせに もてあそばれる 尤もらしい花びらを 勿体ぶった色どりで 見果てぬ空に書き連ねても 流れただよう 雲と雨の気まぐれに 篩いの目地に落とされていく 泥田に足を張りめぐらせて 陽の招きに 我も我もと手を挙げる やがて すき間なく埋めつくし ほとぼりに華を灯すだろう ©

        • 【詩】波のむこう岸

          この岸に 寄せくる波は どこからやって来るのだろうか 見果てぬ海の つらなりの どこかに 始まりがあるのだろうか 渦巻く淵の むこうにも 波は やって行くのだろうか どことも知れぬ むこうの岸へ 波は 寄せていくだろう こちらの岸で ひとり 波を見ているように むこうの岸で 誰かが 波を見ているだろうか のべつ吐き出す溜め息を 波は 繰りかえし 運んでいく こちらの岸と むこうの岸の 沖に 投げた眼差しは いずこか知れず 会うことのない もうひとりの 自分を見つめている

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        • 【詩集】自然派
          78本
        • 【詩集】宮崎にて
          20本
        • 【詩集】イタリア紀行
          9本
        • 【詩集】多摩・武蔵野
          18本

        記事

          【詩】磁気嵐

          大変だ! 大変だ! テレビの中で 気象学者が騒いでいる 血気にはやる太陽が 気まぐれを 起こしたらしい 地球に プラズマが降ってくる オーロラが 妖しい声を放ちはじめた ラヂオが 途切れ途切れに 異常を 告げている 送電線が 火を噴いた 人工衛星が かたむいた 船が 砂漠をただよいはじめた ジーピーエスが壊れたらしい おかげで 田植えが止まったという 道理で 蛙がおとなしい かわりに 熊が暴れたという 姿のない たまゆらの風 鳥が 虹色の月を追いかけていく ©2024

          【詩】巣立ち

          軒先のツバメの巣に 一羽の雛が取り残されている 不意の孤独に戸惑うように 目を見張り、声をさがしている 昨日まで、犇めき合い ひらいた口で、先を競った兄弟たちが すばしこく、空を舞っている 五月の風は涼やかだ 覚えもなく、肩のしこりに落とされた 昨夜の夢を掴もうと 身を竦ませ、骨の疼きを待っている 飛ぶことは、風に抱かれて泳ぐこと 羽搏きは、衝動に過ぎない 明日、ツバメの子は 背なかの影を見るだろう 空に、風の吹くわけを問うだろう ©2024 Hiroshi Ka

          【詩】みそぎ

          コインランドリーの扉の中は 唸りと振動に満ちている すまして並ぶ窓の中で 色とりどり 姿かたちが回っている 水と泡にまみれて 疲れも 傷みも 一緒くたに 揉みくちゃに 解きほぐされて 熱と風にさらされる 毒気にたぎる坩堝の淵で 煩悩が踊っている 波の殴打にひれ伏して 炙り出された邪気がひしめいている 渇きのにおい 諦めのしずく すれ違い 擦れ合い 戯れながら つれない渦に巻かれつづける 禊ぎの瀑布の裏がわで ひしゃげた影が 手招きしている 穢れた目で 鼻歌を重ねている

          【詩】同級生(再会)

          遠い異郷の晴れの舞台で 気安く声をかけられて 懐かしそうに 語る笑顔に 君は 記憶の底をさらっている 忘れかけた遥かな景色を 前触れもなく 掘り起こそうと 不意をつかれて 戸惑う君に こぼれるまま 言葉をつづける あの日 軽やかに 刻み込まれた 根深い傷を 君は 知らずにいたのだろうか 余所行きの目で こたえる君に あの頃のまま 無防備で もう 疼くことのない傷跡を 恥じるもなく なぐさめて 二度と会うことのない青春に 名残惜しそうに 手を振っていた ©2024 H

          【詩】同級生(再会)

          【詩】海と空のはざ間で

          横たわる水平線に 一匹の黒ネコが浮かんでいる 縁どりの真一文字にうずくまり 解き放つ光を見すえている 海に投げるまなざしは とおい異国を見るという 本当に地球がまるいのならば みつめているのは 自分の背中だ 黒ネコは 身を起こし 頭をもたげて 歩きだす 湾曲の むこうにみつめているのは 行き先もなく つきぬけていく なにもない奥行きだ 海原は 無数の青をかさねて 揺すられる 波のひだが 風にながされ 日にさらされて とめどなく とりとめなく 潮のしぐさは まぼろしだ

          【詩】海と空のはざ間で

          【詩】あれなぁに?

          母親に 男の子が手をひかれ まるい瞳を光らせて 「あれなぁに?」と問うている 手当たり次第 「あれなぁに?」を繰り返す そのたび 若い母親は辛抱強く 「あれはね・・」と まなざしの先を覗きこむ 思いのままに目をとめて 「あれなぁに?」と訊いた日々 いつも 隣りにあなたがいて 世界はふたりきりだった 「あれはね・・」と あなたに教えるようになり 目をこらした ふたりの眺めは とびらのむこうに 消えてしまった ひとり 手をかざす樹のしたで この星の得体をみつめている ©20

          【詩】あれなぁに?

          【詩】迷い子

          イソヒヨドリが啼いている ビルのアンテナの枝にとまって 碧く透きとおる声色で なぎさの恋を歌っている 街をさまよう海の子よ おまえの調べは 自由を告げているのだろうか 孤独を嘆いているのだろうか 人は空の底にいて 水面を行き交う雲を見あげて 空のひろさを抱えている 響きわたる喉笛に 夢の居場所をさがしている 街をさまよう星の子よ 壁でさえぎる日かげの道で 右往左往に明け暮れて 何を追いかけているのだろう ©2024 Hiroshi Kasumi

          【詩】岬馬

          海を見おろす丘の背で 澄んだ瞳の鼻づらが 黙々と 草の若芽を喰んでいる 葉をむしり取る乾いた音が 根をちぎる湿った音が聞こえている 草は芽吹きを繰りかえし 馬の血となり肉となる 草食の 渇きに宿す螺旋の糸は 星から降り 海へと注ぐ 野生をつなぐ血の流れ 荒ぶる 発情に堰き止められて たしかな 胎動を始めている 草は 滑らかに血に溶けて ゆたかに溢れる乳となり 仔馬は しぶとい腱を得る 草も 馬も たくましい 人だけ ひ弱で やわらかい ©2024 Hiroshi K

          【詩】渇き

          田んぼは 口を開けて 喉を干している 光のしぶきに 乾いた地肌をさらして 冷めた目を さぐっている 浮かんだ影のすき間を 雲の吐息が 舐めていく 目覚めを急いだ無数の命が せわしなく啄ばまれ 競うように 失くしていく 涸れた土手で 緑と黄いろのとりどりが 背伸びをはじめている ひたすら 風のゆくえを 見守り続けた 茅の穂が 疲れて ひれ伏する 茂みの裏で 抑えきれない 右往左往がうごめいている 山の眺めも 森の姿も 風のにおいも 空の高さも 凍えきった呪縛を解いて 回帰を

          【詩】失業者と猫

          今夜、おまえの温もりで すこし、夜更かししていたい あしたの朝は、ゆっくりだから しばらくは、毎日が日曜日 いつまで、みつめたところで 慰めに、なりはしないけど 澄んだ瞳の、みずうみを 風が、通りぬけていく 深いため息を、聞きながら 今夜は、ずっと、こうしていたい 過ぎた夢の、さざ波が 手放した、ともし火の名残りを追って 闇夜の海を、およいでいる 髭を舐め、爪を逆立て 仔猫のように、あまえて欲しい 明日を、思い煩うこともなく 潮が、寝息をたてるまで 身を揺らす、咆哮が 声を、

          【詩】旧友

          四十年ぶりに会う君は あの頃と おなじ 約束の時間に すこし 遅れてあらわれた あの頃と 変わらないまなざしで 白く変わった 髪のむこうに 記憶の底を さわっている おなじ庭の おなじ樹の まだ あおい かさを被った団栗が はなればなれの森にまかれて とどかない 空をめざし 芽吹き 枝を張り 葉を繁らせた あの頃と おなじ顔いろで 変わらない 手つきで酌みかわし ともにすごした月日より 遥かに ながい時間の切れ端を うなずきあい なぐさめあい 旨味も 苦味も かみしめあう

          【詩】落涙

          雨あがりの くだり坂を 風が 力まかせに駆け降りてくる 春をうながす 烈しい息吹きに 樹々は 容赦なくおそわれている 千切られて 枝をはなれた無数の葉が 煽られて 転がりながら 繰りかえす 殴打を浴びて 我もわれもと 斜面をすべる 背中にしょった おもいの丈を 渇いた声で 吐き出しながら 坂にまかせて 堕ちてくる ちりぢりに ばらけて 渦巻く 奔流の行く手に 待ち伏せるのは 絶望だけだ どのみち 吹きだまりに身を寄せて 萎びて 朽ちてゆくのだから 樹は くびを大きくよじらせて