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母と父だけの秘密

生まれてこの方、一度も恋人ができたことがない。
 
原因は言わずともたくさんある。
 
しかし、ダメ男を見分けるのが得意である。
 
マッチングアプリで、普段食べないような高級寿司の写真を載せているなら即却下だし、「フッ軽です!」なんてコメントに書いている男は秒で非表示である。
 
月額料金を支払っているのに、アイコンをチャーシューともやしが大量に乗ったラーメンにしている男を見つけると「ほんまにやる気があるんか?」とツッコみたくなるものである。
 
「最近彼女と別れたので始めました」なんて堂々と書いている男は、ブロックどころか恐怖で鳥肌が立つ。
 
ある日、母に父との出会いについて尋ねたことがある。
 
母はにやにやしながら、「ストーカーされてん」と言ったが、真偽は分からない。
 
娘としてはもちろん否定しておきたい。
 
母と違い、父は無口である。
 
父は、理系の大学を卒業し、そのまま実家の跡を継いだ。
 
父が母に、「愛している」と言ったことを聞いたことはないし、花束をプレゼントしている姿も見たことがない。結婚記念日や誕生日もいつもの日と何も変わらない。
 
子どもの頃、食器を片付けている母に目もくれずに、いびきをかいて寝ていた父に向ってサランラップを投げ飛ばした母の姿を鮮明に覚えている。
 
そんな母も、父が入院した時には、「早くお家に帰ってきて」とは言わずとも、父の大好きな瓶のミックスジュースをこれでもかというほど差し入れていた。
 
食が細い父は、数分でご飯を平らげる。
 
父は「おいしい」と直接的には言わないが、「米の硬さがちょうどいい」と間接的に母を褒めている。
 
「自分で作ったご飯を自分で食べても美味しくないねん」と口癖のように言う母は少し嬉しそうである。
 
父は、時々「健康診断にはいった方がええで」とボソボソ母に言っている。
 
数年前、高校の卒業文集で使う幼少期の写真を探していると、母の友人が母に宛てた手紙を見つけた。
 
勝手に読むのは気が引けたが、こっそりと読んでみた。
 
そこには、「夢だった大きなクマのぬいぐるみをプレゼントしてくれる男性と結婚できてよかったですね」と書かれていた。
 
そして今、普段誰も使わない部屋に色褪せた大きなクマのぬいぐるみが置いてある。
 
「娘は父親に似た人と結婚する」とよく耳にする。
 
母の父、つまり私のおじいちゃんは亭主関白そのものであった。
 
仕事一筋で、いつもおばあちゃんが熱燗と貝ひもを用意している姿を見ていた。
 
ある日、前触れのなくおじいちゃんが死んだ。
 
おじいちゃんの部屋には、毎日記録していた体重記録表と演歌のカセットテープが残されたままである。
 
家の前にある、畑の野菜はおじいちゃんがいなくなったことも知らず、青々と育っている。
 
おばあちゃんは、葬式で泣かなかった。
 
家に帰ってからも泣かなかった。
 
「食欲があんまりなくてなぁ」と言いながら、お斎で出されたお弁当をバクバク食べていた。
 
そんなおばあちゃんもおじいちゃんの好物を毎日お供えしている。
 
「病めるときも健やかなる時も富める時も貧しき時も妻として愛し敬い慈しむ事を誓いますか?」という誓いは、「愛する人」が突然側にいなくなっても、一人で生きていく覚悟を誓うものであると思う。
 
いつの日か、私にも大切な人ができたら、おばあちゃんが葬式で泣かなかった理由が分かる気がする。
 
母と父の出会い方は今でも分からない。
 
きっと二人だけの秘密なのだろう。
 
深夜0時43分、部屋の電気を消したと同時に携帯が鳴った。
 
「新着メッセージがあります」
 
いい女はこれに返信をしない。
 
いい男は深夜0時には寝て、朝7時には起きている。
 
いい男は趣味に筋トレ、サウナとは書かないし、愛車の写真も載せない。
 
いい女になりたければ、平日の夜に決して会いに行くな。
 
そして、返事を待たずにさっさと寝ろ。
 

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