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強き美しき母に #4 いいじゃんいいじゃん

よもぎでございます。連載第4話です! 前のお話はマガジンからどうぞ。

髪型とか髪色って、もうちょっと手軽に変えられたらいいのになって思いません?

女性の坊主ってかっこいいなって思って一時期本気で剃ろうかと思ってたんですが、友人総出で止められました。

今回はお母さんの髪型のお話。

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胃を全部取るという大手術をしたのに、お母さんは1週間かそこらで退院させられた。

私は研究室に申請していた休暇が終わり、大学のあるS市に戻ってきていた。

次に実家に帰る予定なのはお盆休み。4ヶ月後だ。


心配ではあったけど、お母さんがあまりにもいつも通りだったので、なんか大丈夫な気がしてきた。

それに、私がいても特にしてあげられることはない。

「手術の後は体力が落ちてるから、動き回ってた方がいいのよ。大丈夫大丈夫〜」

お母さんはというと、退院してから何事もなかったかのように家事をしていた。

強がりで言っているわけでなく、なるべく動けとお医者さんに言われたんだそうだ。

胃がないのでもちろん食事量は減り、抗ガン剤治療も始まった。

痩せてきたとか髪が抜けてきたとか、メールでは話していた。


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4ヶ月はあっという間だった。

忙しく自分の研究をし、お母さんには用があればたまにメールをした。

今まで通り、変わらない話し方。いつも送ってくる、人差し指を立てた絵文字。

元気にやってそうだったので、手術の時はなんだったんだってくらい軽い足取りで帰省した。


駅まで車で迎えにきてくれたお母さんを見て、一瞬「ただいま」が詰まった。


肉が落ち、皮だけになった首筋。

サイズが合わなくなって買い直したであろう、見慣れないジーパン。

それでも太ももの辺りはブカブカだった。

丸みを失った肩や胸、マスクに埋もれてしまうほど小さい顔。


「ただいま」

「おかえり。荷物それだけ? 少ないねぇ」


私が思っている数倍痩せてしまっていた。

ショックを受けた顔をしないように、いつも通り。
こんなかんじで、「マスクをしていて良かった」と思うことがたまにある。


人工的な髪の艶に目が行った。

「ウィッグ買ったの?」

「そうそう! 3つも買っちゃた、安いやつだけどね。今日はショートにしたのよ! 似合うでしょ」


            ***


家に着き居間に入ると、横の気配にぎょっとした。

美容院にあるような、首から上だけのマネキンが3体。

1つは坊主のまま。残りの2つはボブと、緩くウェーブがかかった髪を被っていた。

ウィッグについて触れないまま、私は手を洗いに洗面所に行った。


どうやらお母さんは、気分で髪型を変えて楽しんでいるらしい。

洗面所の鏡の横には、ウィッグの洗い方が書いた紙が貼ってあった。

見慣れない洗剤。これもウィッグ用だ。


なんだ。楽しそうじゃん。

痩せた姿は痛々しいものの、何だか今までよりむしろイキイキしているように見える。

             ***


感染症が猛威を振るっていたので、帰省中も外出はほとんどしなかった。

もっと言えば帰省を躊躇っていたのだけど、あと何回会えるかわからないと思うと、やっぱり帰りたかった。
高いPCR検査キットを買い、陰性を確認してから帰省した。

ふと、実家の居間はが前に見た時よりずいぶん片付いているなと思った。

というのも、言っちゃ悪いが今まではゴミ屋敷みたいな部屋だったのだ。

服や書類、カバン、お菓子、読む気のない本、衝動買いした謎のおもちゃ、などなど。なんでも積み重なっていた。


              ・・・


何年か前、一度居間を掃除しようとしたことがある。

この書類は期限切れだから捨てていいでしょ。雑誌は重ねて縛る、服は......


「ちょっと、触んないでちょうだい! あとでお母さんがやるからいいの!」


なぜかお母さんが大声で私を怒鳴った。意味がわからない。

片付けた方が絶対いいに決まってるのに。


部屋を片付けようとすると怒られ、ゴミ屋敷のような部屋のまま、それでいてお母さんが片付ける気配はなかった。


ところが今、その部屋が明らかに片付いている。


お母さんが、片付けたのか?


「部屋、なんか綺麗になったね」

「んだべ!片付けたのよ。ほら今お母さん仕事休んでるべ? 
 仕事ないと何だか、今日は何しよっかな〜って、毎日充実よ。まとまった時間あったからね、片付けたの。」


そういうことか。


お母さんは自営業で塾を開いている。

曜日別で色んなところで教えているので、週7日仕事をしていた。それを、何年も休まず。

生徒たちの学校がある平日は、午後から塾に行く。土曜日は丸一日、日曜は午前中。

祝日は塾を休みにしていたものの、それだって月に1日あればいい方じゃないか。

よく考えると、いやよく考えなくても鬼のようなスケジュールだった。


私は大丈夫、自分のことは自分で、そう自分に言い聞かせてきたお母さんは
忙しさで精神的に参っていたのだと、今になって気付く。

忙しくて部屋の片付けができない自分を責めていたのかもしれない。
それに私が片付けようとして、追い討ちをかけてしまったのかもしれない。

宿題やらないとな〜と思っていたところに「宿題をしなさい」と怒られ、
「今やろうと思ってたのに!」と怒り出す子どもとおんなじだ。

やらないといけないことは、自分が一番わかっていたんだろう。


仕事がお母さんの精神的な健康を奪っていた。


それを今、全部休んで療養している。

自分だけの自由な時間。丸一日家にいられる日。

当たり前の権利を、お母さんはようやく今手に入れたんだ。

確実に、前よりもイキイキしている。


病気をして痩せてしまって、胃も髪も無くなってしまったけれど、

もっと大事な、自分のために生きる時間を、

お母さんは今楽しんでいる。


いいじゃんいいじゃん。


             ***

病は気からという。

こうして楽しくやっていれば、ガンなんて全滅するんじゃないか。

お母さんを見ていると、なんか全部大丈夫な気がしてきた。


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最後まで読んでいただきありがとうございました!

本当、お母さんのポジティブさには脱帽です。髪型を変えて楽しむなんて、私が同じ状況ならショックでそんなこと考えてる場合じゃない。

母は強し。私もそんな強い女になりたいものです。

【次回】第五話 ずっとここにいたらいいよ



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