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一等賞


袖無かさね



「どーざいもどーぜんだ!」

家に帰ったとたんに戦いを挑まれた。

「分かった、ちょっと待て、手を洗うから。」

「どーざいもどーぜんだ!」

息子が後ろでなにやらポーズを決めたまま動かない。オレは怖い顔で振り向いてみせた。ガォー!

「ちがう。」

5歳の戦士は首を振ると、またポーズを決めた。

「どーざいもどーぜんだ!」

なんだって?

「今日、保育園から帰ってずっとこれ言ってるの。」

奥さんが可愛く首をかしげる。

「寝る時間よ。パパにおやすみなさい、って。」

「どーざいもどーぜんだ!」

それしか言えなくなったか。



次の日は土曜日で、保育園の『おゆうぎ会』だった。親子で保育園に向かうと、なにやら騒がしい。朝、先生が登園したら、舞台で使うはずだった子ぶたの家が真っ二つに割れていたとか。

それを聞いて今日は無理かと思ったが、先生はささっとありあわせの材料で子ぶたの家を再築して、『おゆうぎ会』は無事に開催された。あの短時間で、さすがプロ。息子はオオカミの後ろでやいのやいのと賑やかに踊る役だった。この前生まれたばかりなのに、たいしたもんだ。

「ばいばーい。」

帰りは保育園の門で先生が見送ってくれた。

「どーざいもどーぜんだ!」

またそれか。オレと奥さんは苦笑い。先生はそれを聞いて、ん?という顔をした。そりゃそーだ。『三匹の子ぶた』にはそんなセリフ、なかったよな。



翌週オレは仕事が忙しくて、その日も家に帰った時間には5歳の戦士はもうスヤスヤと眠っていた。

「今日ね、先生に気になる話を聞いたの。」

奥さんが味噌汁を温め直しながら振り向いた。

「おゆうぎ会の子ぶたのお家、壊れたって話あったじゃない?あれね、子供のいたずらだったらしくて。」

そんなことあるんだな。

「あの子、そこにいたみたい。」

「あいつが壊したのか?」

「あの子もそこにいたって言ってるお友達がいるらしくて。先生に、お家で聞いてみてください、って言われたの。でも、私からはうまく聞けなくて。」

そこで、オレは思い出した。

「そうなの。」

奥さんも同じことを思い出したようだった。



次の日の朝、オレは息子と一緒に少し早めに家を出た。

保育園までの道すがら、息子は、あっちでしゃがんで、こっちでもしゃがんで、どこにでもありそうな石を夢中になって拾っている。オレは白っぽい石を見つけて息子に渡そうとしたが、その石は違う、と言われた。次に黒い石を見つけてこれなら、と思ったが、それも違うらしい。選ばれし石の基準がさっぱり分からない。息子のちんまりと丸まった背中は、邪魔してくれるなと言っているようだった。

「これが一等賞なの。」

確かにそれはツルツルしていて大きいな。息子は満足そうだ。

「なぁ。」

「なーにー?」

「この前のどーざいもどーぜん、ってさ。あれ、誰かに言われたのか?」



息子はしょんぼりとうつむいた。やっぱり。オレは息子の肩をガシッとつかんだ。男同士だ、なんでも言ってみろ。

ポツリポツリと息子が口を開いた。つまり、やんちゃな友達がふざけていたら、教室の片隅に置いてあった子ぶたの家にぶつかったらしい。息子はたまたまその隣で絵本を眺めていたのだが、そのやんちゃ君に、ここにいたんだからどーざいもどーぜんだ、と言われたと。怖い顔をしていたからいやだった、と。保育園児がなんでそんな言葉知ってるんだ。



「どーざいもどーぜん、って、どういう意味?」

オレは慎重に言葉を選んだ。

「悪いことをしたのと同じこと、同じようなこと、ってことかな。」

息子が可愛く首をかしげる。

「ぼく、見てただけだよ。それって悪いの?」

「いや。」

オレはとっさに否定したが、その後の言葉につまった。

じゃあ、どうしたら良かったんだ、って話だ。先生に言うのがいいんだろうが、告げ口したとやんちゃ君にいじめられやしないか。やっかいごとに巻き込まれないようにその場を離れろ、とも思ったが、それを今ここで言うのも違う気がする。大事な大道具をうっかりそんな場所に置いておく大人も気が利かない。そのやんちゃ君だって、ただ愉快に過ごしていただけだろう。5歳が見る世界で「愉快」と「やりすぎ」の境界線はあるのか?

ここでオレが何を言うかが今後の息子の倫理観を決めてしまう気がして、オレは正解を探して迷いまくり、結局何も言えないまま保育園に着いてしまった。さっき、男同士だ、と息巻いたのに、情けない。



息子を見ると、さっき拾った石を大事そうに両手で運んでいる。ずいぶん拾ったな。

「うん。お友達にもあげるの。」

息子は、どーざいもどーぜんの話なんかとっくに忘れたように、ニコニコとオレを見上げた。お友達にとってもその石は魅力的なんだろうか。やんちゃ君にもあげるのだろうか。色々と気になる。

でもな。さっきのちんまりと丸まった息子の背中を思い出した。こいつはもう、自分の好きな石を自分で選べるんだもんな。オレは保育園の門の前でもう一度息子の肩をガシッとつかんだ。

「悪いか悪くないかを決めるのは自分だからな。」

急な展開になったが、息子はまっすぐにオレを見た。

「誰が何を言っても、お前が決めたことなら、パパもママもお前の味方だ。」

「うん。」

息子はニカっと笑った。

「じゃね!」

息子はオレを置いて園庭を走っていったが、すぐにテケテケと戻ってきた。

「はい。」

息子は、あのツルツルしていて大きな石をオレにくれた。

「え?いいのか?これ、一等賞なんだろ?」

「うん!パパ、お仕事がんばってね。」

「マジか、うれしいなあ、ありが…」

オレが言い終わらないうちに、5歳の戦士はくるりと向きを変えて、また走って行ってしまった。賑やかな子供達の声が聞こえる。お前も頑張れよ。オレは、ツルツルの大きな石を大切に鞄にしまって、駅に向かった。



オレは今日、5歳の戦士に選ばれし一等賞だ。





おしまい

photo by chin.gensai_yamamoto



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