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手のひらに、一粒。

袖無かさね



小さな町に赤ちゃんが産まれました。一粒の真珠を手のひらに握りしめて。



お医者さんは首をかしげました。なぜ、赤ちゃんの手のひらに真珠があったのか、誰にも分かりませんでした。



赤ちゃんの周りには、赤ちゃんを愛する人がたくさんいました。お父さんと、お母さんと、赤ちゃんのお姉ちゃんになった女の子。そして町のみんな。



その中の誰かが、世界中に写真を配りました。この素敵な赤ちゃんはとても特別で、真珠を握りしめて産まれてきたのよ、と。つい、うっかり。



赤ちゃんの周りは大騒ぎになりました。その写真を見た人達が沢山やってきたのです。



喜び歌う人達がやってきました。奇跡の子だ、ハレルヤ!



眉間にシワを寄せた人達もやってきました。これは祟りだ、呪文を唱えなければ!



大笑いする人達もいました。面白いことを考えたもんだ!その真珠は果たして本物かな?わっはっは!



そんなある日、一人の旅人がやってきました。彼は、赤ちゃんのお父さんとお母さんの前にきれいな布を広げると、色のついた石を並べました。

「きれいでしょう。どれもこれも、とても高価なものですよ。」

旅人は、お父さんの顔を覗き込みました。

「この石を全部差し上げます。ですから、あなたの赤ちゃんの真珠を、私にください。」

旅人は、また明日また来ます、と家を出て行きました。



お父さんとお母さんは、知らない人たちが次々とやってくるのにも、勝手な話を聞かされるのにも、もううんざりでした。

「真珠があるからこんな騒ぎになっているのよ。」

「そうだな。」

「もう、あの旅人に真珠をあげてしまいましょうよ。」

「いいのか。」

「高価な石と交換してくれるって。」

「本当に高価な石かは分からんぞ。」

「赤ちゃんの真珠だって、本物かどうか分からないわ。」



庭先で、赤ちゃんのお姉ちゃんになった女の子が一人で遊んでいました。

「こんにちは。」

旅人が声をかけると、女の子は見上げてまぶしそうに顔をゆがめました。

「聞こえたわ。あの真珠はあげないから。」

「どうして?高価な石と交換だよ。」

「誰が高価だって決めたの?」

「世界さ。」

「そんなこと、赤ちゃんには関係ないわ。」

「君の真珠はどうしたんだい?」

「あるわよ。」

女の子は旅人の目を見つめました。

「あなたの真珠はどうしたの?」

「失くしたんだ。だから、あの真珠が欲しい。」

女の子は、少し考えると、首を振りました。

「あの真珠はあげられない。だって、あれはあなたの真珠ではないから。」

すると、旅人はその場にペタンと座り込んでポロポロと涙を流しました。

「君の赤ちゃんの真珠の写真を見た時に、思い出してしまったんだ。自分の真珠を失くしてしまったことを、思い出してしまった。」

女の子は旅人の隣に並んで座りました。

「あなたは、高価な石を持っているのでしょう?」

「高価だって決めたのは俺じゃない。」

「じゃあ、あなたは、私達の赤ちゃんの真珠を高価だと思うの?」

「高価だから欲しいんじゃない。」

「なぜ欲しいの?」

「言っただろう、自分の真珠を失くしてしまったからさ。」

「言ったでしょう、あの真珠はあなたの真珠ではないのよ。」

旅人はため息をつきました。

「君の言う通りだ。」



旅人の手は大きくて、小さな真珠なんて指の間からこぼれ落ちてしまいそうなほどでした。女の子は、足もとの地面から、女の子のゲンコツくらいの大きさの、白くツルツルに光った石を選んで、旅人の手のひらにのせました。

「この石でもいいのかい。」

「何が高価かを決めるのは、自分でしょう?」

旅人の涙が止まりました。

「君の言う通りだ。」



旅人はまた明日来る、と言っていたけれど、それきり来ることはありませんでした。その町から旅人がいなくなると、喜び歌う人達も、眉間にシワを寄せた人達も、大笑いする人もいなくなりました。



そうしたら、小さな田舎町に産まれた赤ちゃんが一粒の真珠を手のひらに握りしめていたことなんて、みんなすっかり忘れてしまって、そこには赤ちゃんへの愛だけが残りました。



「どうしてあなたの真珠は、みんなに見えてしまったのかしら。もう、大騒ぎになったのよ。」

女の子は、赤ちゃんを大事に抱っこして、その小さな耳にささやきました。

「いつか、私の真珠も見せてあげるからね。」



おしまい

photo by chin.gensai_yamamoto




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