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町田その子『52ヘルツのクジラたち』 「でこぼこたちの充足」 

さて。久しぶりに書評でも
2021年本屋大賞受賞作
映画公開も控えていますね

以前から気になる〜とは思いつつも機会がなく
先日ふち立ち寄った書店で思い切って購入
開いたその日に一気に読んでしまいました

「わたしは、あんたの誰にも届かない52ヘルツの声を聴くよ」

自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。

孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会う時、新たな魂の物語が生まれる。

Amazonより

私はある程度あらすじがわかった上でないと作品を読まないことが多いんですが、今回は正直ほとんどあらすじを知らないまま読み始めました

読み終わった最初の読後感としては
「いい話だな」という浅瀬にして浅瀬

入り込めきれない感覚もありましたが
地元である大分の田舎風情が鮮明に描かれる情景描写は見事でした

私が感じたテーマは

「充足」

主人公である貴瑚とムシ(親に付けられた蔑称)は
お互い親から愛情を与えられなかった二人

だからこそお互いにしか聞き取れないものがあり
この二人の間にしかない感情が確かにある

まさに他の人には聞き取れないはずの
「52ヘルツのクジラ」の声を聞き取れる唯一の相手

二人とも人格形成上の問題があり
貴瑚は人に助けてもらうことが苦手で親友に何も言わず失踪してしまう
ムシは母から受けた虐待のせいで喋ることができない

でこぼこの二人
かといってお互いが綺麗に噛み合うわけではない

だけどその他人からは見えないはずのでこぼこが分かる
ただ寄り添う。辛さを知っている
救うわけではないけれど、手は差し伸べ続ける
それがこの二人にとってどれだけ救いであることか

印象的であったのは貴瑚の過去
貴瑚の実母と義父は貴瑚の弟と3人だけが家族であるように振る舞い
貴瑚を家族の輪の外に追い出します

食事も満足に与えず、居場所はトイレ
なのに義父が病気にかかると介護は全て貴瑚の仕事

鮮明に書かれ、それなりの文章量
だけど何故か遠く感じる

私の経験とかけ離れているとかそのようなものでもなく

貴瑚にとって遠い過去であるように感じました
もしくはもう思い出したくもない過去
自分の話なのに3人称で語られるような、不思議な感覚

この本は過去編がかなりの割合を占めます
まず貴瑚の現在から始まり、読者はわからないことばかり
知らない名前ばかり出てきて、親とは仲が悪そう

だんだんと霞が晴れるように過去が明らかになり
貴瑚という主人公について輪郭ができてくる

だけど印象に残るのは
貴瑚について何も知らなかった序盤であったり

時系列もこちらの感情も
洗濯機にかけられたような

そんな情動。町田その子さんの他の作品も楽しみです





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