【小説】神社の娘(第18話 橘平、祖父から贈り物を受け取る)
「じいちゃん、おはよう」
「おはよう」
橘平の祖父、寛平は自室で趣味のプラモデル作りをしていた。先日、橘平が訪れたときは戦闘機を作っていたが、今はスペースシャトルを作っている。
床にはまだ、船、城、ヘリ、車など、開封されてないプラモデルの箱がいくつも積まれている。
どんどん増えるプラモも、蔵などが物であふれる原因ではないかと孫は思う。開けていない段ボールにつまっている予感がした。
◇◇◇◇◇
自分一人でも、桜のために何かできることはないか。日曜の朝、橘平は愛犬の散歩をしながら考えていた。
「だいず~俺って桜さんたちのために何ができるのかな~」
愛犬に悩みを打ち明けながらぽてぽてと、いつもの散歩ルートを歩いた。
そして穏やかな散歩も終盤にさしかかる、もうすぐ我が家という場所で、大豆は座り込んでしまった。良い天気だからであろうか、まだ散歩したりないのかもしれない。
「俺は帰りたいんだけどなー」
なかなか動かない大豆を見下ろしていた橘平は、ダウンコートのポケットの重みがふと気になった。スマホだ。
取り出して画面をみると、桜から小鳥の写真が送られてきていた。<名前は分かんないけど境内の木に止まってた>とコメントが添えてある。
橘平も彼女に何か写真を送りたくなった。いいモデルはないか、あたりを見回す。
「ああ、大豆がいるや」
橘平はまだ何も育ってない畑を背景に、愛犬の写真を撮った。そして桜に送信した。
まるで撮影のために止まっていたかのように、大豆が撮影直後に歩き出した。
「お、家に帰るか」
そして数歩進んだところで排泄した。
「えー、なんだよー」
橘平はそれをスコップで掬った時、あることを閃いた。
「じいちゃんに話聞けばいーじゃん!」
彼の祖父は、現在の八神本家当主である。ぼやっとした人ではあるが、失礼ながら一応、腐ってもご本家様、何か知っているだろうと考えた。
また動かなくなった大豆をなんとか引っ張って帰宅した橘平は、朝ご飯のあとに祖父の家を訪ねた。
◇◇◇◇◇
まず出迎えてくれたのは祖母のいよだ。
「じいちゃんいる?」
「上で遊んでるわよ」
つまり、祖父は二階でプラモデル作りに没頭しているということだ。さっそく橘平は二階へ向かった。
いよのおかげで、八神本家は塵ひとつない床を保っている。
寛平はとにかく細々と家を散らかす人だ。プラモパーツを外した時に出たであろうプラスチックの破片や、メモの紙片が落ちていたり、床に塗料がついていたり。いよがそのたびに片付ける。すでに諦めているらしく、何も言わずに、ごみや汚れを見つければ掃除をしている。しょっちゅう掃除することになってしまうせいか、家の中は常にピカピカなのであった。
多少癖はあるが、幼少の時から一緒に模型を作ったり、山遊びしたりなど、孫の面倒をよく見る祖父。竹とんぼなど、ちょっとしたおもちゃだってさくっと作ってしまう。そんなわけで、橘平はわりと祖父を気に入っていた。
そして冒頭に戻り、祖父の部屋である。
「ねえじいちゃん、ちょっと聞きたい事あるんだけどいい?」
「いいよいいよ」
「ほら、昔からうちに伝わってるー、これ、この模様」
橘平は祖父の机の上に彫られている模様を指した。八角形と丸の、あのお守りマークだ。
「これって何?」
「お守りだけど」
「それは知ってるけどさ、いつから伝わってて、何のために伝わってるかとか、何の意味があるとか、その歴史?みたいなの知らない?」
祖父はニッパーを器用に扱いながら、「そうだねえ」「うーん」「何かねえ」とつぶやく。
橘平は無意識に足をゆする。
「じいちゃんも、自分の親やその上の人たちに聞いた範囲でしか知らないんだけど」
寛平はパチンパチンと、パーツを切り離す。
「それでいいよ」
「南の地域って、動物被害が少ないだろう」
「……そうなの?」
「そうそう。昔からそうなの。昔、この地域以外の山にはうじゃうじゃ凶暴なクマとかオオカミとかいたらしくてね。でも、この辺だけいない」パーツを組み立てながら話続ける。「今も村で一番被害が少ない。すごく平和なの。平和だから気づかないでしょ。理由はよくわからないけど」
「へー。でお守りは?」
「なんでもいいから書いておけ、って。いろーんな災いから守ってくれるからってね」
「それだけ?」
「それだけ。八神家に関するトコロにはぜーんぶお守りが書いてあるってね」
「うちに関するところ全部ねえ…」
そうすると、本家、分家の各家に書いてあるくらいだろう。橘平は次の行動に移せる情報はないかと、今一度部屋を見回してみた。祖父の趣味しか見当たらない。
「なんでそんな事聞きに来たの?」
「え!?いや、あの…と、友達に書いてあげたら、なんかいいって言われたから。お守りのこともっと分かれば、友達の役に立つかなって」
これは一応、ウソではない。向日葵に書き、そう言ってもらえた。
祖父は何と思うか。橘平は祖父の姿を眺める。
寛平はプラモ作りの手を止め、顔を上げた。孫の顔を今日初めて見た。孫は祖父の顔を今日初めて見た。
「友達に書いてあげたのか。へー、そういう使い方は聞いたことなかったな」
「ふつーは自分のためにしか書かないよね。俺もそうだったんだけど。書いとくとさ安心するじゃん?だから友達にも」橘平の脳裏に、昨日の向日葵が思い浮かぶ。「お守りになるかなって。守るっていうか、仲直り守りでね。友達とケンカしちゃったらしくて」
寛平は孫の話に感動していた。
これまで、八神家のお守りは八神家のために使うもので、人におすそ分けするなんて考えたことも、聞いたこともなかったのだ。
友達を安心させてあげようと思うとは、なんて優しい孫なのか。寛平は嬉しくなった。
「そういう使い方が正しいのかもしれないね。自分のため、家のためじゃなくて。お伝え様だって、村人のためにお守りやお札を作ってくださってるし…」目を見開き、上を向いて寛平は立ち上がった。「そうだよ、お守りなんだから、人のために使わなきゃ!俺も書くよ、いよとお嫁さんが仲直りできますようにって!」
橘平は立ち上がり、祖父の両手を握った。
「え、めっちゃいいね、それ!」
「いい?」
「うん、すっごくいい。ほら、早速!紙ないの?」
「ふーん…模型の箱、あと紙やすり」
「それはちょっとな…」
「これは?」
寛平はコレクション用の戸棚から、世界遺産になっている日本の城と日本海軍の潜水艦プラモを取り出した。目も眩むほど美しい出来だ。
「これに書いてどーすんの?」
「いよ達にプレゼントする」
祖母は祖父に慣れているとして、伯母に関しては嫌がる顔しか想像できなかった。
橘平はお花など、せめて可愛らしい模型にすべきだと助言し、本家を後にした。
◇◇◇◇◇
自分の部屋に戻った橘平は、ポケットからスマホを取りだす。桜から『かわいいね!』と、大豆の写真への返信があった。
たった一言だが、橘平はとてもうれしかった。友達とやり取りをしたことがない桜の、きっと、さまざまな我慢を重ねている彼女の、初めてのどうでもいい会話。彼女の気兼ねない相手になりたいと願うのだった。
彼女の返信をしばらく眺めていたが、さっき祖父から聞いたことを桜に報告しなければ、と思い至った。
文字入力をしようとしたところ、何の前触れもなくがちゃり、と部屋の扉が開いた。
「わ!何?じいちゃん!?」
次は祖父が孫の部屋にやってきた。ぼやっとしているからか、気配が感じられない。
「これ持ってきたよ」
寛平は紙袋を孫に手渡した。
中身はプラモ、ではなく古びた冊子のようなものが入っていた。歴史の教科書や博物館でしか見たことのないような、古いものだ。
「何これ?」
「うちの家系図とか家のことがいろいろ書かれている、はず」
「はず?」
寛平は本をぱらぱらとめくり、孫に示した。筆文字でなにやら書かれているが、何と書いてあるのか全く分からない。
「お守りのことも書いてあるかなあって思うんだけどさ、昔のぐにゃぐしゃした字で読めなくて。国語の先生とかさ、読める人がいたら解読してもらいなよ」
そんな人は全く思い当たらないが、きっと桜たちが欲しかったのは「こういうもの」のはずだ。思いがけないギフトに、橘平は飛び上がりたいほどだった。
「ありがとう!じいちゃん、最高!」
「あ、そう?最高?」
「うん!」
「じゃあまた」
祖父が出ていくと同時に、橘平は桜に電話を掛けた。
◇◇◇◇◇
寛平は帰り際、昼ご飯を作ろうとしていた実花に話かけた。
「実花さん、橘平は本当に良い子だねえ」
「え、あ、ありがとうございます。はい??」
「きっと実花さんの子育てがうまかったんだな。本当に思いやりのある良い子だよ」
実花はこれまで、義父から10文字以上の問いかけ、5文字以上の返答をもらった記憶がない。
いつもぼやっとしている義父からの思いがけない一言に、彼女は困惑する。槍でも降るのか、はたまた、大地震の起こる前触れか。
息子を褒められたこと、自身の子育てを褒められたことは嬉しいが、そのようにしか捉えられないほど、義父の言葉は珍しすぎた。
「いやあ、俺の孫とは思えない。しっかりしてて友達思いでさ」
寛平は涙ぐみ、鼻もすする。実花はティッシュボックスを義父に渡した。
ちーん、とひとつ鼻をかみ、「こんなに感動したの、いつ以来だろう」さらに涙が零れ始めた。
「お、お義父さん」
「これさ、あげるよ。いつもありがとう。じゃあまた」
渡された紙袋には、見事な戦闘機のプラモデルが入っていた。
実花は義父の作品は何度もみている。
「いらなっ」
とはいうものの、興味のない彼女も目を見張るほどの素晴らしさだった。
「いけど……かっこいいのよねえ」と唸った。
戦闘機には八神のお守りが書いてあった。
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