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【短編小説】私と僕と夏休み、それから。(第3話/全12話)

美化委員会の会議の日がやってきた。「大っ嫌い」の日から約1か月が経っている。話すようになってから「大っ嫌い」のことは忘れていたが、この日はふと、あの日の情景から温度、シオンの笑顔まで詳細に思い出されてきて、またもやもやしてきた。最近見かける笑顔には優しさを感じるが「大っ嫌い」の笑顔からはいまだに何もわからない。
帰りのホームルームが終われば会議だ。ホームルームが終わり、生徒たちは部活や委員会、帰宅などそれぞれの用事へと席を立つ中、キコは下を向いたまま立てないでいた。

「中村さん、どうしたの?会議の時間だよ」
「あ、ほんとだ。ごめん、ぼーっとしてた。行かなきゃね」

会議が開かれる教室に二人で向かっているとき、キコはふと、シオンを見て、

(あ、私より背が高いんだな)

という、当り前のことが気になってしまった。キコは平均的な女子の身長だ。シオンは特別高いというほどでもないが、平均よりは上背のあるすらっとした男子生徒である。

「何か用?中村さん」

 じっと見ていたことに、キコは自分でも気づいていなかった。声をかけられて慌ててしまったが、急に顔をそむけるのもおかしい気がして、とっさに今思っていたことを口にした。

「あ、いや、意外と背が高いんだなーってさ」
「…そうかな、普通の部類だと思うよ」
「へーそうなのか。あんまり男子の身長のことなんて考えたことなくてさ」
「僕も女子の身長なんて考えたことないよ。まあ中村さんも女子の中では普通の方じゃないかな。姉さんと同じくらいかも」
「あ、お姉さんいるんだね。私は」
「弟、とか」
「よくわかったね!」
「…なんとなく」

(いつも通りに話せたと思うけど)

自分でも分かるくらいにキコの声は固かった。シオンにはバレていませんようにと祈るキコであった。

会議のあとも、二人で教室に向かった。
この時だ。「大っ嫌い」と笑顔で言い放たれたのは。
今日は梅雨の晴れ間が広がった日。あの日のような、よく晴れた放課後だった。教室の目の前でキコは止まってしまった。またここで、「大っ嫌い」といわれそうな気がして。シオンは止まったままのキコの横顔を見つめていた。

「大っ嫌いだ」

キコはびくっとした。あ、やっぱりまた、と。

「先月、僕、中村さんにそう言ったよね」
「……う、うん」
「次の日の朝、普通に挨拶してくれたよね。なんで?」
「なん、で?なんでってなんでだ…あーうん分かんない。分かんないけど多分、私が渡辺君を不快にしたことは確かなんだろうし、嫌われてるから余計な事しないのも、私から無視するのも違うかなーって。せっかく一緒のクラスで美化委員会で。来年は別のクラスかもしれないけど、この一年は仲良く、までいかなくともさ、険悪な仲で過ごしたくなかったんだと思う。お父さんにさ、どんなにむかつく奴でも挨拶だけはしとけ、って育てられたしね」

自分でも何を言っているか分からないまま、キコは一気に話した。シオンはいつものよくわからないニコニコ顔で黙っていた。
どのくらい沈黙していたのか分からない。
0.1秒かもしれないし、30分かも、1時間かもしれなかった。
キコは早く立ち去りたかったけれど、足が動かなかった。今の言葉で、また不快にさせたのだろうか。今日まで和やかに会話できていたと思うし、傷つけるようなことは言ってないと思うのに、自信がなくて怖かった。
そもそも、いつも笑みを浮かべているし、怒ったり厭そうにしているところも見たことがなく、どれにどう反応しているかよくわからないのだ。

「そうか」
「…うん。ごめん」
「なんで謝るの」
「え、あー…」
「中村さんは何も悪くないよ。でも、良くもないかな」

シオンが何を言ってるのか理解できなかったし、キコも自分が悪いことをした覚えはないのに、罪悪感でいっぱいだった。ただ、この気持ちは覚えがある気がした。両親がケンカしてた時に感じていたような気持ちだ。

「…明日も普通に挨拶するよ、大っ嫌いって言われても」
「…そう」

キコはあの日と同じように、もやもやした夜を過ごした。小さいころから、私はすぐもやもやするな。そう思いながらうつらうつら、寝たような、寝てないような夜を過ごした。
言葉通り、次の日の朝には「おはよう中村さん」「おはよう渡辺君」と挨拶をかわした。

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