ほんとの理由

本を読んでいたらサーカス、って言葉が出てきた。それで急に思い出した。

幼稚園か低学年の頃、父親がサーカスに連れて行ってくれた。なぜか母や妹はいなかった。父と二人で出掛けるのは珍しいことだった。

がんばってチケットを取ってくれたのかもしれない。でも始まったとたんに私は帰りたい帰りたいとせがんだ。父はなんで私がそういうのかわからなかったと思う。サーカスの出し物自体を怖がっていると思ったかもしれない。私がぐずるので確か早めに帰った。

私はその時、座席が怖かったのだ。テント小屋の中の、鉄パイプと座面を組んで作られた席に座っていた。中段より上で、私にとっては高い場所だった。揺れるし、なにより隙間だらけで落ちそう。見ると地面まで見えた気がする。だけど、なぜか席が怖いだけだ、とは言ってはいけない気がした。そんなことで帰りたいと言ってはいけないと感じていた。だから理由をはっきり言わず、ただぐずっていた。

今ならそういう席も平気なんだけど。急に思い出しはしたけど、父はもうたぶん忘れている。本当の理由を教えたいけど、言われても困ると思う。

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