見出し画像

播磨陰陽師の独り言・第三百七十七話「死を選ぶ時」

 あまり知られていないことですが、この世には人を自殺させる存在がいます。理由の分からない自殺の多くは、彼らが一生懸命働いたせいです。彼らと言うのは、いわゆる霊的な存在のことです。
 霊的な世界には様々な仕事を請け負うものたちがいます。それらには階級があり、上下関係や左右のつながりなどもあります。
 彼らが何のために仕事をするのかと申しますと、この世に生きる人の数を減らして、調節するためです。天敵がいなければ、どんな生き物でも際限なく増えて行きます。その結果、食糧や住む場所がなくなり、共喰いがはじまります。それを防ぐため、自然の摂理として彼らが存在しているのです。つまり、自殺する人の中には、本人の責任ではない場合があると言うことです。
 しかも、この世で起こる霊が絡んだ事件のほとんどは、事故や自殺として片付けられます。大きな事件にはなりません。どんなに目撃者がいても同じことです。その理由は、公式見解で霊を認めていないからです。
——存在しないと思われているものの影響で起こる事件は、事件ではない。
 と言うことです。

 さて、人を自殺や様々な事件に誘《いざな》う存在を〈通り悪魔〉と呼びます。そして、この鬼神に取り憑かれた状態を〈魔がさす〉と表現します。魔が差す時に登場する鬼神には親分がいます。親分は名を〈神野かんの悪五郎〉と言い、昔から知られています。
 自殺と言う行為そのものは、少し前まで、貧乏な人が未来を嘆いた結果でした。江戸時代から戦前にかけて、飛び降りと首縊くくりくらいしか手段はありませんでした。
 そんなに長い人生でもないのに……わざわざ自ら死を選ぶなど、けして賢い選択だとも思えません。しかし、多くの自殺が、この鬼神たちの仕業だとしたら、理解出来ないこともありません。
 昔は飛び降りて死ぬことを〈身投げ〉と呼んでいました。身投げには作法があります。
 作法は、橋の途中で欄干から飛び降りることと、履物をきちんと揃えることです。また、女の人の場合は、膝を紐のような物で結んで、死んだ後、足が開らいて恥をかかないように配慮しました。
 喉を刃物で突いたり、首筋を切る行為は、貧乏の末の自殺ではありません。こちらは自殺ではなく〈自害〉に分類されました。
 自殺を誘う鬼神は、死を招くので、死神の配下と言う立場になります。もちろん、貧乏神や疫病神の類も、死神の配下のひとつです。
 首縊り専門の鬼神を〈縊鬼くびれおに〉と呼びます。物凄い説得力を持つ魔物のようで、出会った人は皆、
——何やら親しみもあり、抵抗し難かった。
 と証言しています。
 ちなみに、身投げを招く貧乏神の一種の鬼神を〈呼女よぶめ〉と呼びます。これは優しい顔の女の人で、川の中から手招きするそうです。
 これらの鬼神に出会って魔がさしたら、とりあえず深呼吸して気持ちを落ち着けることです。そして、ひとりにならないことが肝心です。

*  *  *

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?