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播磨陰陽師の独り言・第426話「大晦日のこと」

 京都では、大晦日に神社で祓いを受けた火を縄にうつして、クルクル回しながら帰ります。これを〈朮詣おけらまいり〉と呼びます。昔はそのままバスや電車に乗れたそうです。最近はどうなんでしょうね。詳しいことは知りません。
 朮のことを辞書で引くと、

——キク科の多年草。山野に自生。茎は下部木質。若芽は白軟毛を密にかぶる。高さ約60センチメートル。葉は硬く、縁にとげが並ぶ。秋、白色か淡紅色の頭状花を開き、周囲にとげ状の総苞を具える。根は健胃薬。正月用の屠蘇散とし、また、蚊遣かやりに用いる。若芽は山菜として食用。古名・うけら。

 と植物のことが出て来ます。
 大晦日の火のついた縄を〈朮火おけらび〉と呼びます。だから朮詣りと呼ぶのですが、本来は縄ではなく、朮に火をつけたものでした。
 朮は、
——風邪の病を去らせる薬。
 と言われています。大晦日に朮を焼いて煙を漂わせ、病の元である疫病神を遠ざけようとしたのです。
 風邪の病は疫病神の管轄で、大晦日は疫病神たちが夜行するそうです。ひと口に〈疫病神〉と言っても、たくさんの種類があります。病は俗に四百四病しひゃくしびょうと言われ、それぞれに対応する疫病神がいます。
 疫病には、地・水・風・火の四つの要素に各々百一種類があります。
 地とはきばむ病のことです。これには貧血や黄疸などがあります。
 水とはたんの病のことです。これには浮腫や鼻汁過多などがあります。
 風とは風邪の病のことです。これには感冒や神経麻痺などがあります。
 そして、最後の火とは熱の病のことです。
 これらの病を合計して〈四百四病〉と呼ぶのです。
 さて、世の中には不思議なもので〈四百四病の他〉と呼ばれる病気があります。それは〈恋の病〉だそうです。恋の病は疫病神の管轄ではないため、祝詞などでは祓えません。もちろん、疫病神を祓うことは出来ますが、祓えば良いと言うことにはなりません。人が病気になるのは罰や不幸のためではないのです。疫病神とは言え〈神〉の一種ですので、悪さばかりをするとは限りません。病気になることで、返って健康を得ることもあります。言わば人生をリセットするための病ですね。新しい物事をはじめるためにはリセットが必要となる場合もあります。背中を押してくれるキッカケがいるのです。
 基本的には不幸は罪・とが・過ちなどの穢れが溜まることによって引き起こされます。たとえば、若い時に体に無理をかければ、その穢れが溜まって、年老いてから病を得ることになります。
 俗に〈病は気から〉と申しますが、これは〈気のせい〉のことなどではなく、〈気そのものが枯れたせい〉です。
 また、祓いをすることは、他人の罪・咎・過ちなどの穢れを一時的に吸い込むことでもあります。ですので、祓えば祓うほど、病になる危険性が増しますが、これは運命と言うか、覚悟の上ですので仕方ありませんね。

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