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近世百物語・第七十八夜「画面に写るもの」

 まだコンピュータのモニタが液晶ではなく、ブラウン管だった頃のことです。ブラウン管の表面には後ろの景色がよく反射しました。室内での作業なので、いつも見なれた景色しか見えない筈ですが、時々、不思議なものが私の後ろを通り過ぎてゆきました。
 ゲーム会社で真夜中にひとりで作業していた時のことです。その頃は、まだ、文字の色がグリーンのみで、しかも数字と英語だけが表示されています。当然、日本語を表示することは出来ません。ユニックスと言う種類の、研究開発用のワーク・ステーションだったので、三台ワン・セットでいつも起動していました。私は画面に打ち込んだデータを見つめながら、ふと、考えごとをしていました。片方の腕をほほについて、もう片方の手でメモを書いていると、画面にチラチラと何かが反射しているようです。文字を見つめていただけなので画面の表面にはピントがあっていませんでした。もう、ずいぶん遅い時間でもあり目もボケていましたが、それにしてもピントがずれ過ぎているようです。
——何だろう?
 と思って目をこすり、しっかり画面を見ると何もありません。
——気のせいか?
 と思い、気を取り直して作業しました。
 しばらくすると、やはり画面にチラチラするものが見えました。目を閉じて、背後の気配に気をくばっても、そこは無音のままでした。目を開けた瞬間、見えたのは、画面の中にこちらを見つめる大きな顔。真ん丸な目玉と大きな口の不思議な顔でした。人と言うより化け物に近い感じです。
 ハッとして、とっさに拍手かしわでを打った瞬間、それは消えてしまいました。デジタルの時計が、ちょうど2時22分になったところでした。

 何日かして、また、深夜にひとりで作業していました。前回のことを思い出して、
——こないだ、2時22分に妙なものを見たよな。
 と思いながら時計を見つめました。すると、ちょうど2時22分になった瞬間、ドアにノックの音が響きました。それは小さな音ですが、コンコンコンコンと何度か繰り返されました。
「はい……」
 と返事をしたのですが、ノックは止みません。しかたなく、パソコンから離れてドアに向かいました。
 ドアノブに手を掛け、
「こんな夜中に誰ですか?」
 と言いながら、ゆっくりとドアを開けると誰もいませんでした。しかし、その瞬間、作業していたワーク・ステーションが一斉いっせいに再起動したのです。
 このワーク・ステーションは、再起動する時にピンピピピンと言うような電子音を立てます。そして、システムが起動する時は、中央の大きなハード・ディスクの内部でファンが回転する音がブーンと虫のうなりのように響きます。再起動の原因は不明でした。
 私は、
——勝手に再起動するなよ。
 とか思いながら、ふと、窓の外に目をやりました。すると窓ガラスに、しかも私の近い場所に見えてはいない筈の大きな顔の奇妙な化け物がワーク・ステーションの画面を覗き込んでいたのです。
 それを見た瞬間、
——あぁ、お盆も近いしなぁ。
 と思い、そのまま拍手を打って祓ってしまいました。
 ふと、気がつくと、大きなの死骸がそのあたりに落ちていました。

 またある時は、家でパソコンをいじっていると画面にチラチラ写るものがありました。ただの黒い人影のような感じでした。ただし、目だけ光っているような気がしました。影に振り返ると何もいませんでした。パソコンに向かうと、いつの間にかパソコンがフリーズしているのに気づきました。画面にはその時にいじっていたデータのみが、まるて張り付いているかのように表示されています。それはチベットで使われていた儀式用の仮面の写真です。
 気を取り直して再起動し、また、作業していると、やはり、チラチラ人影のようなものが見えます。
 一度、データを保存してプログラムを終了し、それから振り向いても、もう、何もいません。しかも別な作業をすると、チラチラするものは見えないのです。
 しばらくして、また、さっきの画像データを呼び出しました。すると、また、チラチラと後ろに写っています。フリーズしても困るので無視して作業を終了しました。
 後日、そのデータをくれた人に会った時、
「あの写真をいじっている時、画面にチラチラと写り込む人影のようなものを見ましたが……」
 と伝えました。
 すると、その人は、
「あの写真の仮面はなぁ、ちょっと人には言えないいわくがあるんや」
 と言って笑っていました。
 私は、
「いづれにしろ霊的な儀式の写真を扱っていたので、覚悟だけはしていました」
 とだけ言って、それ以上、深く内容を聞きませんでした。

 また、ある時は……はじめて買ったMacでしたが……その画面に何か丸いものが写っているのを見ました。その頃、買ったばかりのMacはまだ使い方も分からず、とにかく悪戦苦闘して毎晩遅くまでいじっていました。CGの勉強をしたいと思っていました。Shadeと言うCGアプリがまだバージョン1.4(ちなみに最新はバージョン22です)の頃、解説本も何も出ていないので、ひたすら使ってみて勉強していました。完全な初心者だったので、用語も理解出来ず、ずいぶん苦労していました。画面に丸いものが見えたからと言って気になりません。それより今のこのMacの操作を何とかする方が優先だったのです。
 丸いものは、それから時々見えていました。後ろが暗かったのとMacに集中していたのでハッキリとは分かりませんでした。
 何日かMacと格闘していて、ふと、疲れた時、
——そう言えば、何か丸いものが画面に写っていたよな。
 と思い出したくらいです。しかし、そう言う時には丸いものは写っていません。
——今日は、ぜったい見てやるぞ。
 とか思って、心霊現象に出会ったことはありません。この時もそれと同じで、何も見ることはありませんでした。
 それから数日して、その夜もやはりMacの画面とニラメッコしていました。その時、ふと、また、丸いものが見えました。私は何の気もなしに、ごく自然に振り向きました。すると部屋の中を女の生首が飛んでいて壁に消えたのです。まるで、ただ、そこを通りすがっただけのような感じでしたが、とても長い髪の毛が壁に最後まで吸い込まれて行って、ポンッと音を立てるかのように消えてしまいました。それから壁と壁の反対側に結界の霊符を作って張りました。ですので二度とそこを通ることはありませんでした。

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