播磨陰陽師の独り言・第三百六十三話「臨海学校のこと」
夏になると、世の中には臨海学校と言うものがあるらしいですね。あるらしいと言ったのは、私は臨海学校を体験したことがないからです。北海道の学校には臨海学校の制度がありませんでした。時代的なこともあるかも知れません。
知らないことなので、〈林海学校〉と勘違いして覚えていました。林や海に行くと思っていたのです。十勝平野はどちらも遠く、ほとんど別世界のような雰囲気ですので、学習には良いかも知れません。しかし、海は海水浴には適しません。襟裳岬など、ほぼ崖です。岬の近くに海と湖が一緒になった場所があります。何て言ったかなぁ、名前は忘れました。地名ではありませんが、確か〈原生花園〉と呼んでいました。
キャンプは、いつも、岩内仙峡のキャンプ場でした。ここは、少し山に入った場所で川遊びが出来たりして楽しかったです。
海にはたまにしか行きません。しかも、かなり遠いです。
ヤフーに、
——十勝の人は海水浴に行きますか?
と言う質問がありました。
その答えに、
——そもそも十勝の人には海水浴と言う風習がありません。
と回答がありました。それほど海を知らなかったのです。
もちろん、どこかに泊まって体験学習をしたことはあります。場所は、いつも児童会館でした。児童会館は市内にある施設のことで、玄関の外に零戦が飾ってありました。この施設には宿泊室があって、狭い二段ベッドになっていました。実家には二段ベッドがなかったので、毎回、泊まるのを楽しみにしていました。ここに泊まると、いつも夕食はカレーでした。食堂があったので、
——別にカレーじゃなくても良いのでは?
と思いましたが、なぜかカレーばかりでした。キャンプでもカレーが夕食だったので、
——よほどカレーが好きな人が考えたのだな。
とか思ってました。
児童会館で何をしていたのかは、あまり覚えていません。たぶん大きなセミナールームで学習とかしていたと思います。
児童会館の展示室にはロボットがありました。ロボットと言っても本物ではなく、手足が少し動くくらいの人形のような物でした。いかにもロボットと言うデザインでラッパを吹いている物などもありました。しかも、頬にエクボなんかもありました。児童会館の展示室は未来を見せてくれていました。テレビ電話や未来的なデザインの機械にあふていて、当時の和製SF的な世界でした。現実はその方向には進みませんでしたが……。
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