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ラピュタとクリスマス

今日はお天気が良かったので、こどもたちの日本人学校の授業が終わってから、ロンドンから車で1時間ほどのボックスヒルという場所までドライブをした。もうすぐ日が短くなり、晴れ間も少なくなり、イギリスの秋は一瞬で過ぎ去ってしまうので、今のうちに楽しんでおかなくては。

目的地の駐車場に車を停め、景色の開けた場所まで歩いていくと、そこから見えるのは、牧草地、低くてこんもりした木々、フットボールグラウンド、どこまでも続く地平線。まさに"イギリスらしい"風景。日本、奈良から来た私にとっては、遠くを見れば常に山がある風景が日常だった。しかし、ここイギリス、特にイングランドには高い山がなく、あっても丘(ヒル)。こういう景色を見ると、あぁ、日本と違うよなぁ。私は今イギリスにいるんだよなぁ、と感じる。奈良とは違うどこまでも続く地平線を見ていると、自然と口ずさんでしまうのが、あの曲。

あの地平線 輝くのは どこかに君を隠しているから

そう、映画「天空の城ラピュタ」の主題歌「君をのせて」。日本にいた頃、どこかの風景を眺めてこの歌を口ずさんだことはないけれど(たぶん)、イギリスの郊外の道を走っているとよく口ずさんでしまうのは、地平線をよく目にするからだろう。私が歌っているのを聞いた夫が、「よし、今日の夜は久しぶりにラピュタ観よ」と言った。そして帰宅後、夕飯を食べ終えてから、宣言通りラピュタを観た。もう何度も何度も繰り返し観ているので、ストーリーはもちろん、セリフもだいたい覚えている。何度観てもおもしろいけれど、さすがにもう新しい発見をすることはないだろうと思っていた。しかし、今日のラピュタには新しい発見があったのだ。正確には、"今まで気づいていなかったことに気がついた"ということ。それは、パズーとシータが、自分たちをタイガーモス号に乗せて一緒にラピュタへ連れて行ってほしいとドーラにお願いした後に続くシーンで、シャルル、ルイ、アンリの3人がシータに投げかけるセリフ。

シャルル「おまえ、プディング作れるか?」
ルイ「オレ、ミンスミートパイが好きなんだ」
アンリ「オレね、えっと、えーっとね…なんでも食う!」

このセリフ、今までにももちろん何度も聞いていた。けれど、その食べものが何なのかを特に気にかけることもなく、聞き流していた。しかし今日、そのセリフが急に、私の外耳中耳内耳鼓膜を通って脳内へ響き渡り、初めて意味を持ち、実像を結んだのだ。

プディング、ミンスミートパイというのは、どちらもイギリスを代表するお菓子で、特にクリスマスによく食べられる。プディングは日本でもお馴染みのプリンのことではなく、卵、牛乳、小麦粉、香辛料などを混ぜ、煮たり蒸したり焼いたりして固めた料理の総称で、イギリスでは、デザートの総称としてプディングということもある。ミンスミートパイは、名前からするとひき肉のパイのようなものを想像してしまうけれど、そうではなく、ドライフルーツやナッツ、スパイスをふんだんに使った甘いパイのこと。日本人的感覚からすると、正直、どちらもさほど美味しい食べものではない(私は嫌いじゃないけれど)。しかし、イギリスのクリスマスには、どちらも欠かすことのできないもので、クリスマスプディングにいたっては、毎年、イギリス王室の方々が自分たちで作っている様子の写真が公開されている。それくらいメジャーなものなのだ。

そんなプディングとミンスミートパイの存在を私が知ったのは、去年の冬のこと。クリスマスの意味や伝統を学ぶためのオンライン講座を受けた際、「イギリスのクリスマススイーツの定番はコレ!!!これなくしてはクリスマスを迎えられないのよ!!!」と先生から教わった。それを知ってから、クリスマスシーズンのスーパーや街中を改めて見回すと、確かにミンスミートパイとクリスマスプディングだらけだった。

そして、そのクリスマス講座受講からもうすぐ1年が経とうという今日、クリスマスとは関係のない「天空の城ラピュタ」のセリフで、プディングとミンスミートパイに出会った。シャルルとルイの好きな食べものがどんなものなのか、今日初めてわかったのだ。ラピュタ全体を見る限り、あのストーリーがクリスマスシーズンではないことはわかるけれど、シャルルとルイは、実は年がら年中、クリスマスのことで頭がいっぱいなのかもしれない。

ラピュタの舞台のモデルになったのは、ウェールズ地方だと言われている。私がそれを知ったのはイギリスに来てからのことだ。せっかくイギリスにいるなら、ラピュタファンのわが家としては、絶対にその場所を訪れなくては!ということで、私たち家族は去年、パズーが働く炭鉱のモデルとなったブレナヴォンと、シータが幽閉されたお城のモデルとなったカーナヴォン城を訪れた。そこには本当に画面の中の景色と同じものが広がっていて、フィクションがノンフィクションになるという不思議な体験をした。また、その周辺にも、劇中の風景と重なるような景色がたくさんあって、ラピュタの舞台は本当にウェールズ(イギリス)だったのだと知ることができて、楽しい旅だった。

そして今日、舞台がイギリスであることの伏線(というほどのことでもないけれど)に、もうひとつ気がつくことができた。たったそれだけのことなのだけれど、そのことが、私の心をわくわくさせ、初めて映画を観たときのような喜びがあった(と言ってもその時のことはもう覚えていない)。物語の背景を知らずに、ただ純粋にストーリーを楽しむことももちろん良いけれど、背景を知ったからこその楽しみもあるのだ。ところで、舞台はイギリスなのに、シャルル、ルイ、アンリの兄弟の名前はフランス風だよね。なんでだろ?

そして、今日のこの一連のラピュタの流れを、図らずしも繋いでくれたクリスマス講座の先生が、少し前に私に「わざわざ観光に行くほどでもないけれど、とてもイギリスらしい場所」ということで、私に教えてくださっていた場所があった。それが今日訪れたボックスヒル辺りのことだったのだ。先生が教えてくださった名前はSurry Hills(サリーヒルズ)だったので、別の場所かと思っていたけれど、家に帰ってからボックスヒル周辺の地図を改めてGoogleマップで見ていたら、どうやらこの辺の丘陵地一帯が、"サリーヒルズ特別自然美観地域"と指定されているエリアらしかった。こんな風に、ひとつひとつの情報が、あるとき急に繋がりを持ち、今ま見ていた世界がガラッと変わる瞬間がある。そういう瞬間が私は大好きだ。そんな瞬間の種を蒔いてくださった先生に感謝。ありがとうございます。