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映し出される柔らかな日常が、当時と今との確かなつながりを実感させる(「この世界の片隅に」第一話レビュー)

冒頭5分、久石譲が奏でる音楽の美しさに心洗われる。登場人物がひとりまたひとりと登場するにつれ、岡田惠和が伝える人間愛に満たされる。ラスト5分、土井裕康が生み出す、二人の震える肌と心に胸がきゅっとする。あたたかくて優しくて、草と土と潮の香りと、今と少しも変わらない風の音が聞こえてくるような70分間。揃えたトップレベルの制作陣を見ればある意味期待通り。でも合わさったハーモニーで世界が広がる幸せ。きっとこれは素晴らしく大切な作品になる、という予感に満ちた第一話だった。

脚本家に岡田惠和。過去作品に「ちゅらさん」「最後から二番目の恋」「泣くな、はらちゃん」「ひよっこ」等が挙げられる。いずれも前向きな世界観ながらも繊細な人物描写が魅力的な作品だ。登場人物どうしの日常的な会話を中心に、優しい感情が交差していく世界観が印象的。まさに今回の「この世界の片隅に」の日常感を丁寧に描くスタイルにぴったりな脚本家と言えるだろう。

演出に土井裕泰。近年、人気を博した「逃げるが恥だが役に立つ」「重版出来!!」「カルテット」の演出を担当。「逃げ恥」放送後のインタビューでは『原作の精神や哲学を守りながら、ドラマとして「どこまで飛べるか」というところが作り手としての勝負。』(出典:サンスポ)と語る。原作に忠実ながらも実写化独特の魅力的な世界を作り出し、ヒット作を生む土井氏もまた、本作を担当することの必然性を感じるスタッフである。

音楽に久石譲。言わずと知れた、数多くのスタジオジブリ作品の音楽を担当する作曲家。一般的な日本人にとっては、最も有名な作曲家と言って齟齬はないだろう。流れてくれば「あの作品、あのシーン」がすっと心に浮かぶ、映像と溶け合った音楽にいつも心動かされる。民放連続ドラマで音楽を担当するのは、「時をかける少女」以来24年ぶりというのだから、本作におけるさまざまな「本気」を感じずにはいられない。

映画版を観ているため、この物語の進んでいく道の先はよくよく知っている。けれど、大切なのはその帰結だけではない、明るくて優しいはずだった道のりなのだ、という姿勢が初回から伝わってくる。戦前を表現する際に往々にして挟まれる資料映像や不吉な予兆に対するクローズアップなどは一切なく、戦争が落としてくる小さな影は演者による微細な表現だけに留まる。一切の歴史を学ばずに生きていれば、古き良き時代をただただなぞる物語かと錯覚してしまうような、柔らかな日常がゆっくりと映し出されるのが印象的だ。70分間、強烈に心を動かそうとしてくる事件はないままに、主人公すずが流れに身を任せてたゆたっていく長閑さ。「ぼーっとしているもんで」というすずのキャラクターに、松本穂香の全身の表情がいちいちぴったりで、もはや彼女に演技を感じない。すずとして「ぼーっと」生きている彼女を映している、そんな感覚を覚える。

出てくる人も街も明るくて優しくて、そして今の私達の世界とすごく同じ。実際の戦前の資料はどれもモノクロでざらついた画になってしまうため、いつも少し遠い。でも本当の「当時」は当たり前だけど、クリアでカラフルで、文字通り現在と「地続き」なのだということを改めて実感させられる。白いうさぎが飛ぶ海、それを受けて立つ森だけではなく、市街地のざわめきさえも大きな違いを感じない。家族のしきたりはすっかり変わっているものの、そこに流れる空気感や親子の会話に変わりはない。アニメーションや漫画よりも、「戦前と現在との地続き感」を強烈に伝えられるのが実写。その実感を持てる、という一点だけをとっても、大きな意味を持つドラマとなるはずだと初回から思う。

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