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【小説】桜木町で、君の姿を

私の名前は「あみん」
変わってる名前だ。

親が昔はやった歌手から名づけたのだ。
一番ヒットしたのは『待つわ』という曲。
サビの歌詞はこう。

私待つわ いつまでも待つわ
たとえあなたが 振り向いてくれなくても
待つわ いつまでも待つわ
せめてあなたを 見つめていられるのなら

両親的には
忍耐力のある子に育つようにとの思いをこめたらしい。

そのせいもあってか
私は待つのが得意だ。

今日も私は待っている。
何を?
私の“運命”の人を。

私の運命の人は
この桜木町のどこかにいるかもしれないのだ。

範囲広すぎ?
そうかもしれない。

それでも私は待ち続ける。
奇跡が起こるのを。

あれは今から三年前。
四月のある雨上がりの朝だった。

桜木町の裏通りを歩いていた私は
一人の男性とすれ違った。

あれ、何だろうこの感じ。

胸の中の赤い実がはじけたって感じ。
一瞬でバズって、いい波に乗った感じ。

わかる?
それな! ってこと。

ビビビと感じた私はすぐに振り返った。

でも
彼は人込みの中にまぎれて消えてしまう。

人々のざわめきが満ちる、雨上がりのビル街。
見上げると、ビル間の太陽の中へ溶け込む鳥。

そのとき私は十六歳で
苦しいことはもうじゅうぶん経験していたし
生きるのはつらかったし
いつ死んでもいいと思っていた。

だから私は
思い切ってその人を追いかけて行くことができたんだと思う。

追って追って追いかけた。

そして赤信号の横断歩道で止まる彼。

私は並んで立ち
そっとその横顔を見る。

繊細そうな鼻筋
孤独をたたえた目。

「ああ、やっぱり
私の思い描いていた理想の人だ」

言え、言うんだ。
声をかけるんだ。

でも、できない。
私にはできない。
私にはそんな勇気はない。

そして信号は青になり
彼は桜木町のどこかへ消えていく。

月日は流れ
私は十九歳になった。

その間私は
高校にも何とか行き続け
一つ、二つの恋愛も経験し
パッとしない大学にやっとの思いで入った。

どこにでもあるありふれた人生ストーリー。

それでも私の心の中には
あの日すれ違った彼の姿が生きている。

そして、いまでもどこかで彼とめぐり合えることを夢見ている。

もし
何かの奇跡が起き
再び彼と出会えたなら
私は何と言って彼に話しかければいいのだろう?


「こんにちは。あなたは私の運命の人です」

これはまずい。変質者か、宗教の勧誘だ。

「すいません。実は私は君に会うために生まれてきたのかもしれない」 
   
これはエヴァンゲリオンに出てくるカヲル君のセリフだ。でも彼はアニメなんて見ないかもしれない。意味が通じないかもしれない。通じても意味ないかもしれない。

「お忙しいところ、恐れ入ります。私、三年前に桜木町の裏通りであなたに会ったことがあるんですよ。そのときに運命を感じて、三年間ずっとあなたに会えることを夢見てたんです。だからこれからお茶でもしませんか?」

だめだ。ストレートすぎる。こんなこと言っても彼はきっと信じてくれないだろう。信じてくれても気味悪がられるかもしれない。というか今少し、自分でも気持ち悪いと思ってしまった。


可能性という名の空想たちが
かわいた私の心を温めてくれる。

しかし、私にはわかっている。
たとえもう一度会えたとしても
話しかけることはないだろう。

勇気がないから?
もちろんそれもある。
でも、それだけじゃない。


「なんで話しかけないの?」と誰かが私にきく。

「綺麗な思い出を壊したくないのよ」と私は誰かに言う。

「三年の間にその人が変わってるかもしれないから?」

ううん、そうじゃない、と私は首を振る。

「子どもの頃に住んでいた町に大人になってから戻ると、違和感を感じたりしない? あれ、こんな感じだったっけみたいな」

「わかる。自分の中のイメージの方が違ってたんだよね」    

「自分のイメージが壊されちゃって、ああ、やっぱり戻るんじゃなかったって思ってしまうの」

「思い出は美化されるから」

私はうなずく。

「だから出会えても話しかけないの」

私はうなずく。私はうなずく。私はうなずく。


今日も私は桜木町を歩く。

通勤のサラリーマン
通学の高校生
どこからか来て、どこかへと向かうたくさんの車
あわただしい都会の朝。

喧噪というBGMに乗り
大学へと向かう私の視線は
自然に探し求めてしまう。

これは
ありえたかもしれない可能性をキープし続ける悲しいラブストーリー。

でも、終りはある日
とうとつにやって来るかもしれない。

駅の階段
駐輪場の入り口
街なかのカフェ
コンビニの曲がり角。

私は
再び彼の姿を見つけてしまうのだ。

ふと考える。
そのとき私はどうするのだろうか、と。

再び彼とめぐり合ったとき
私は本当に話しかけなくていいのだろうか、と。

拒絶される恐怖と、心地よい空想を天秤にかけながら。

再び出会ったとき、私は……

ありがとう