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涙ぐむ自分に、仕事の成果を感じた話

こんにちは、いえもんです。
引越しが完全に終わったら前回の後半書きますね。

突然だが、
自分は数字など目に見える成果のない仕事をしている。
かれこれ4年目になるが、ここにきて

「あれ?これは成果と捉えて良いのでは?」

と思うことがあったので書いておこうと思う。

感謝されて涙ぐむ自分がいた

4月から6月にかけてのメイン業務は新人教育。
例年どんなにこちらが必死になったとしても、
サラッと終わって新人たちは配属先へ旅出つ。

でも、今年は少し違った。

研修期間の最終日にレポートを書いてもらうのだが、

ほぼ全員から感謝の気持ちが述べられていた。

後述するが、今年は例年と状況が異なる中、
新人のために試行錯誤を重ねた3ヶ月だった。

何か特別努力した自覚はなかったのだが、
レポートに並ぶ感謝の言葉たちを見て、

気付いたら、涙ぐむ自分がいた。

なぜ涙ぐんだのか

涙ぐむってことは、何かに対して必死に思いを込めた自分がいたからではないか。

その思いが相手に伝わっていたことが嬉しいのではないか。

涙ぐむ自分をそう分析した。

つまり、仕事の成果が表れた一幕だったのである。

例年とは異なった状況

これはつまり、新型のあれの影響である。

新人研修というと、集合して対面で連日行う。
しかし、それが叶わない事態となったわけである。

入社して さあ! という時に、
自宅待機を余儀なくされる新人たち。

そもそもの社内体制構築に追われて
オンライン講義へ即座に移行できない会社。

不安が募るままの新人にできた最初の行動は、
web 上で点呼をとることだった。

さらに毎回お題を設けて、お互いを理解する場にも繋げた。
・皆を気にかけている
・会社と皆はつながっている
ということが伝えられたし、
同期同士で刺激を受け合って自宅待機期間のインプットも増えたようだ。

さらに、オンラインでも同期同士で交流できるようにグループワークを実施したり、
自発的に全員と雑談個人面談をやったり、
とにかくこの状況に置かれた新人にとって
何ができるかをひたすらに考えた3ヶ月だった。

もちろん自分だけの成果ではない

オンラインで研修が再開された際、
社内がすごく協力的かつ、工夫にあふれていた。

それが新人にも伝わっていたのだろう。

新人とともに自分も感謝の気持ちでいっぱいだった。

本来なにかを教えてもらうことに対しては感謝があるものだが、
当たり前に与えられるとその気持ちも薄れる。

それが今回の状況で当たり前ではないことに変わり、
新人側も会社側も良い方に歩み寄れたのだと思う。

最後の日もばれないように涙ぐむ

研修最終日、
バタバタ動く自分に文句一つ言わずついてきてくれた新人たちに感謝を述べながらまた泣きそうになった。

たかが教育係がばかばかしい。自己満だ。

たしかにそうかもしれない。

それでもたしかに心が動いた自分に、
成果を感じずにはいられなかった。

なんとなく当たり前を続ける仕事は自分のことも褒めてあげにくい。

たまにはこんな風に、

自分頑張ったんじゃない?

と思ってあげることも必要かなと思い、
書いてみた。

色々なことに感動していたい。


ということで、サイトウ・きっちゃんとりあえず飲もう。
そんで資産運用の話は教えてくれ。
山登りも靴がもったいないから行きたい。

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