松雪泰子さんについて考える(24)『なにさまっ!』

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*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

松雪さん出演シーンの充実度:10点(/10点)
作品の面白さ:9点(/10点)
制作年:1998年(TBS)
視聴方法:U-NEXT
 
※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチや展開には触れないようしております。
 
私が松雪さんの出演作品に出会ったのは『ビギナー』(2003年、フジテレビ)で、これを超える作品は他に無いだろうと思っていたのだが、それに勝るとも劣らないドラマだと思えたのがこの『なにさまっ!』だ。
 
作品自体が面白いのもさることながら、なんと言っても松雪さんの役柄が良い。

高飛車なキャリアウーマンと、小学生の息子を持つシングルマザーという二つの顔を持つ女性。会社では「沢木いづみ」という名前を使ってバリバリ仕事をこなす一方、本名「山田米子」としての本性は、髪はボサボサでラフな普段着に身を包む地味な母親。

ひとつの作品の中で、この2つのキャラクターを行き来するのが面白く、必然的に見所も多い。
 
主人公の坂巻風太郎(岸谷五朗)は、仕事に熱意を持たないサラリーマン。ひょんなことから沢木いづみ(松雪)の部下として働くことになるが、仕事にプライドを持って臨む沢木とは考え方が合わないばかりか、高飛車な態度も気に食わないため、衝突が多い。
 
沢木いづみ(松雪)は息子の存在を悟られないようにしていたが、自宅を捜してやってきた坂巻(岸谷)にバッタリ遭遇してしまい、何もかもばれてしまう。会社のときとは180度違う風貌も見られてしまい、隠し事ができなくなった沢木(松雪)は、坂巻(岸谷)とプライベートでも関わることが増えていく。
 
この作品出演時の松雪さんは25~26歳。子を持つ母親役としてはなかなか早い。俳優キャリアとして初だろうか。
 
近年では2018年『半分、青い。』、2023年『夕暮れに、手をつなぐ。』『ペンディング・トレイン』でも母親役。断続的とはいえ25年間も母親役を演じているのは、なかなか珍しいことではないか。
 
仕事モードの「沢木いづみ」はとにかく鼻っ柱が強く、独善的で協調性が無い。しかし、母親モードの「山田米子」は、ごく普通の優しい母親。この対照関係・ギャップが大きな見所。
 
このギャップを生み出すため、分かりやすく髪型を変え、山田米子のときはメガネを着けている。

これだけでも別人のようだが、さらに松雪さんは声の区別をつけた。沢木いづみのシーンでは鋭くて威圧的な声、山田米子のシーンでは柔らかくて甘い声。
 
沢木いづみのような高飛車な女役でいうと、後年の『救命病棟24時』香坂たまき役が筆頭で、そのときはアナウンサー調の少し低めの声になっていた。そして『救命―』以降の女性役では、このアナウンサー調の話し方&低めの声がよく使われるようになるが、『なにさまっ!』沢木いづみ役では、話し方は似ていても低い声ではない。地声と同じくらいのキーだと思う。『きらきらひかる』月山紀子役のときに近くもあるが、声質はもう少し鋭い。
 
勝手な想像だが、『なにさまっ!』の頃は、松雪さんの中で声のバリエーションを増やしていく黎明期だったのではないかと思う。そして、2000年代(松雪さん20代終盤から30代)に入って、『救命―』(2001年)の頃を境に、声の幅がぐっと広まったのではないか―と解釈している。
 
声の使い方という意味では、観ていて思わず唸ったシーンがある。最終回のシーン。ネタバレは最小限に抑えつつ、紹介しよう。
 
最終回の前半における、坂巻(岸谷)と沢木(松雪)の電話のシーン。第1話・第2話の頃と違って距離が縮まった二人だが、この電話での沢木(松雪)は、「沢木いづみ(上司)」としてでも「山田米子(母親)」としてでもなく、ひとりの女性として話している。そのため、甘くて艶のある声が使われている。最終回にして、この作品で初めて聞く声だ。
 
これだけでも十分、声の使い分けの妙技を味わえるが、さらにすごい瞬間がこの電話シーンの途中にある。
 
坂巻(岸谷)が仕事に関する話題を持ち掛けると、沢木(松雪)は、甘い声から上司(沢木いづみ)としての声に切り替わる。そして、仕事の話題が終わり、「おやすみ」を言って電話を切る流れになると、また元の甘い声に戻る。
 
声のバリエーションが豊富な松雪さんならではのシーン。坂巻(岸谷)と沢木(松雪)の微妙で複雑な関係性が、声の使い分けによって見事に表現されている。しかも、声が切り替わる節目が不自然にならないよう、声を滑らかに変化させていて、芸が細かい。
 
繰り返しになるが、松雪さんは出演当時25~26歳。その若さで既にこんな芸当をこなせていたなんて、感服する。
 
声の使い分けに関しては、50代に入った今(2023年)でも、さらにバリエーションが増えていっている。俳優としてのチャレンジ精神と向上心が今でも衰えていないことの表れだと思う。ベテランになってなお、守りに入っていない。
 
ここまでで既に十分長くなったが、もうひとつどうしても書いておきたいことがある。
 
いま説明した最終回の電話シーンだが、この電話の前に、二人は、とあるパーティで顔を合わせている。そのパーティでの沢木いづみ(松雪)のドレス姿が、圧巻の美しさだ。(第10話)
 
視聴者だけでなく、ドレス姿を目にした劇中の坂巻(岸谷)もまた、その美しさに瞠目し、たじろぎ、後ずさりしてしまう。実際、パーティから帰った後の電話シーンで「とても綺麗で、びっくりしました」と正直に伝える。
 
このように、わざわざ劇中のセリフで表現されるくらい、このシーンでの松雪さんのドレス姿は、破壊力がある。気の抜けた普段着の「山田米子」の姿があったからこそ、ギャップが際立っていて尚更だ。
 
松雪さんの外見上の美しさについては、言及し始めたらキリがないので、このブログではいちいち触れないようにしていたが、このシーンについては指摘せずにはいられない。まだ観たことのない方は、ぜひ一度。一見の価値あり。
 
このドラマの見所は他にも沢山あり、枚挙に暇がないが、何点か絞って列挙して、本稿を締めくくろう。
 
松雪さんの出演シーンで特によかったところは、先述の最終回の電話シーン以外では次の2つ。
 
第4話。坂巻(岸谷)が沢木(松雪)を説教するシーン。エピソードもセリフもいいし、2人とも上手い。もう一人その場に居合わせた岡野役の渡部篤郎さんも上手い。BGMもいい。
 
第6話。沢木(松雪)が息子を連れて、父と再会。ある予想外の展開で、心温まるいいエピソード。涙を流す松雪さんの演技もいい。
 
松雪さん以外の俳優陣については、渡部篤郎さんが特に素晴らしかった。渡部さんが演じる三枚目の男の役は本当に良い。このドラマでは坂巻(岸谷)の親友役だが、コメディタッチのシーンもハートウォーミングなシーンも、心にグッとくる演技だ。後年の『ビューティフルライフ』(2000年)での好演に通じるものがある。
 
不思議にも松雪さんと共演することが多い渡辺いっけいさんが本作でも登場。本作の後に、『救命病棟24時』(2001年)、『真夜中の雨』(2002年)、そして近年では『邪神の天秤』(2022年)(←共演シーンは短い)でも。
 
女優陣は、今(2023年)の視点で見ると豪華な面子。篠原涼子さん、竹内結子さん、内山理名さん。当時はまだ若手。篠原涼子さんとは、同じ年に『きらきらひかる』でも共演。
 
岸部一徳さんとは、この作品の後、映画『フラガール』(2006年)で共演。
 
最後にひとつ、貴重なシーンを挙げておこう。第5話でのカラオケのシーンで、松雪さんが石川さゆりさんの「天城越え」を歌う。坂巻(岸谷)と岡野(渡部)の会話が歌声にかぶさっていてハッキリとは聞こえないが、演歌を歌うシーンは後にも先にもこのワンシーンだけ(?)。
 
以上、作品自体も面白く、松雪さんの見所も多いので、歴代出演作品の中でも、かなり強くおすすめする。

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