松雪泰子さんについて考える(11)『Mother』

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*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

松雪さん出演シーンの充実度:7点(/10点)
作品の面白さ:7点(/10点)
放送年:2010年(日本テレビ)
視聴方法:Hulu

 ※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチ・結末には触れないようしております。
 
20代の松雪さんの代表作が『きらきらひかる』(1998年)や『救命病棟24時』(2001年)なら、30代の代表作はこの『Mother』だろう。視聴率や話題性という意味では。
 
虐待に苦しむ小学1年生の女児(芦田愛菜)を誘拐し、自分の子どもとして育てることにした主人公を演じた。TVの連ドラとしては『愛、ときどき嘘』(1998年)以来の主演作だ。(単発ドラマでは『法の庭』(2007年)等あり。また、『救命病棟24時』(2001年)は主演に近い。)
 
2009年に公開された映画『子宮の記憶 ここにあなたがいる』でも、子ども(当該映画では赤子)を誘拐した人物を演じたが、再び同じような役柄がまわってきたのは不思議な因果。むろん、この映画は人口に膾炙しなかったので、『Mother』の方こそが松雪さんのヒット作として認知されることになった。
 
子どもを誘拐して育てるという物語の特異性が、そもそもこの作品を観ようと思うかどうかの分水嶺となるだろう。第一話で主人公・鈴原奈緒(松雪)が誘拐を実行し、女児(芦田)と二人で室蘭からの逃避行を開始する。この一連のシーンに、視聴者が違和感を覚えることなくついていけるかどうか。「いきなりそんなことするか?」「こんなに大人しい主人公が、こんな大胆な行動に出るか?」「住民票や戸籍のことを考えたら、無理に決まってるだろ」といったような冷静な発想が頭をよぎったら、話に集中できず、観るのを止めてしまうはず。
 
もしこれからこの作品を観ようと思う人がいれば、一旦ここを我慢して観続けてほしい。自分も最初は、主人公(松雪)の性格とは裏腹の大胆な行動に疑問を感じたが、最終回までにちゃんとその疑問に対する答えが用意されている。「主人公も親に捨てられた経験を持つから」というのは序盤で用意されている一応の説明であり、本当の答えは、この物語の大きなテーマである「女性の強さ」のひとつにもつながる、重要なポイントとなっている。
 
そんな今作における、松雪さんの出番や演技はどうか。
 
まず、ストーリーがストーリーだけに、明るい表情や演技は少ない。誘拐した女児(芦田)とほのぼのするシーンが無いわけではないが、登場人物たちにも観る側にも、この疑似親子を待つ悲劇的な運命が分かり切っている中なので、刹那的な幸福の時間すら、沈鬱な雰囲気がつきまとう。
 
したがって、松雪さんも、初回から最終回までシリアスな演技が中心だ。メタ的なセリフとして、女児(芦田)から「いつも眉をひそめている」と揶揄されるくらいに。
 
結果として、この作品で松雪さんの演技のバリエーションを味わうようなことはできないし、他作品でもよく見受けられる「シリアスで悩ましげな松雪泰子」が最初から最後までずっと続く。
 
とはいえ、随所で出てくる緊張感ある演技はさすがに上手い。作品の設定が特異なため、観る側の感情移入のハードルは高いが、その壁を崩し、ひとつひとつのシーンに説得力を持たせている。
 
松雪さんに限らず、この作品は本当に、出演女優たちのレベルの高い演技力によって成り立っている。
 
まずは、誘拐される女児役を演じた芦田愛菜さん。出演時5歳で、最終話放送日が6歳の誕生日だったそう。5歳にして小学校1年生(6~7歳)を演じるという難役だが、完璧にこなしていて、おそろしい。芦田さんはこの作品を皮切りにトップ子役の階段を登り始めた。喜怒哀楽を演じ分ける技術が、5歳児にできるとは…。
 
次に、高畑淳子さん。主人公(松雪)を里子として引き取って育てた母親役。役柄の雰囲気はいつもの高畑さんっぽい感じだが、ここぞというときの演技力は素晴らしい。いつもどおり、発声が聞き取りやすい。
 
そして何といっても田中裕子さんだ。民放の連ドラ出演は24年ぶりということらしいが、今作で一番謎が多く、物語のカギを握る人物を演じた。幼い頃の娘・奈緒(松雪)を捨てた、実の母親役。女児(芦田)を連れて逃避行をしている主人公(松雪)と遭遇するところから、過去が明かされていく。表と裏の顔がある老年女性を、その輪郭も影もしっかり表現してみせる力に、感服させられる。
 
このように、今作が成り立ったのは女優陣の奮闘によるところが非常に大きいと思う。自分を含め、この手の「泣かせ系」があまり好みでない人にとっては最も忌避したくなるようなタイプの作品だが、松雪さん・芦田愛菜さん・高畑淳子さん・田中裕子さんの熱演を観るだけでも、収穫が大きい。
 
ちなみに、「泣かせ系」が好みでない人は、ほぼ必然的に、大げさなシーンやBGM、芝居がかった詩的なセリフやナレーションも同じく苦手だと思われるが(=泣かせようとする不純な演出意図に興醒めしてしまう)、今作でも随所にそういったシーンがあるのは否定できない。脚本・坂元裕二氏らしい言い回しがしばしば出てくる。しかし、繰り返すが、女優陣の熱演に免じて、再生ボタンを止めないでほしい。
 
ということで、結論としては、松雪さんのファンにとっても、そうでない人にとっても、観て損はない作品と言える。
 
最後に、後日談。
 
ドラマの終盤の大事なシーンに、伊豆の温泉宿が出てくる。松雪さんの渾身の芝居が見所の場面なのだが、『Mother』の6年後、同じ温泉宿が、松雪さん主演の連ドラ『グッドパートナー』でも出てくる。温泉宿の玄関先で、同じような画角で松雪さんが登場する。伊豆と言ったらこの温泉宿なのだろうか。確かに一度観たら忘れないようなロケーションではある。
 
2022年12月、日テレ「おしゃれクリップ」に松雪さんが出演。『Mother』の話題になった際、「思い入れがありすぎて、オンエアをちゃんと観ることができなかったし、今もまだ観れないままでいる」と話していた。芦田愛菜さんからのコメント動画も流された。ドラマで共演以降、松雪さんと芦田さんは会ったことが無いとのこと。
 
また、坂元裕二氏は、脚本家を休業していた時、松雪さんの代表作のひとつ『きらきらひかる』(1998年)を観て、井上由美子さんの脚本に感化され、再び脚本を書く決意をしたとのこと。
出典:https://news.yahoo.co.jp/feature/1093/
 
 

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