ドラマ・映画感想文(22)『ケイゾク/映画 Beautiful Dreamer』

個人的評価:9点(/10点)
公開年:2000年
視聴方法:U-NEXT

※ドラマ版・映画版それぞれの結末に関するネタバレを含みます。

連ドラが1999年に放送され、特別編の放送を挟んで映画版の公開が2000年。小学生だったのでリアルタイムでは観ていなくて、5~6年後にレンタルで観た記憶がある。しかしそれも20年近く前のことなので、久しぶりに連ドラから総ざらいした。

未解決事件を所管する警視庁捜査一課二係という閑職部署にやってきた、キャリア官僚刑事の柴田純(中谷美紀)。持ち前の天才的頭脳で難事件を解決していくが、やがて、先輩刑事の真山徹(渡部篤郎)が追求する、妹を強姦し自殺に追い込んだ犯人「朝倉」との頭脳戦に巻き込まれていく。

今観ても、堤監督のソリッドかつユーモラスな演出や、柴田純(中谷美紀)と真山徹(渡部篤郎)のコンビ仲が絶妙で面白い。野々村係長(竜雷太)がうつつを抜かす女子高生とのやりとりも笑える(ただし、今放送したら炎上しそう)。

ドラマ版は中盤まで一話完結のミステリーで、それぞれのトリックは今観るとやや斬新さに欠けるように思えるが、2024年の目線で考えるのは酷な気もする。それより、終盤で「朝倉」との駆け引きが始まってからが本番だろう。

結局、「朝倉」の正体は警視庁の早乙女管理官(野口五郎)だったということが最終回で判明するのだが、エンドクレジット後に、その管理官すら真の朝倉が別人をマインドコントロールして顔を変えさせた偽者と判明し、混沌とした状態で特別編へと流れていく。

このように、朝倉は他人をいとも簡単に操れる謎めいた存在として設定されていて、特別編でも結局誰が朝倉なのかが判然としないまま、いよいよ映画版へ突入する。

したがって、映画版の最重要タスクは、朝倉の正体が誰なのか、そして、朝倉vs柴田真山コンビはどのような決着を迎えるのかを描くことであったと言えるが、この映画版はその問に正面から答えていないため、ネットを観る限り評価は芳しくない。たしかに、20年近く前に観た当時の自分もよく意味が分からないまま消化不良だった記憶がある。

ただし、映画ならではといえる堤幸彦監督の冴えに冴えた映像があまりにも衝撃的で、それだけで十分映画として成立していたような手応えだったのを覚えている。そのとき以来、久しく再鑑賞する機会が無かったが、配信サービスのなんと便利なことか。U-NEXTで手軽に観ることができるなんて、いい時代になった。

早くも序盤から、カッコよすぎて震える映像のダブルパンチ。

一撃目。全身が黒く煤けた朝倉らしき男の筋肉上に、ドラマ特別編で柴田(中谷美紀)の顔が血まみれになった映像が映し出される。重低音がズシンズシン響く英語ラップと調和しまくり。

もう一撃はそのわずか数分後。警視庁の射撃練習場で、真山(渡部篤郎)と木戸(鈴木紗理奈)が画面のこちらに向かってピストルを撃ち、血しぶき模様に柴田(中谷美紀)の顔が浮かび上がる。

この二つのシーンは何度観ても飽きない。2024年の今観ても全く古臭くないどころか、これほどまでにエッジの利いた演出を見かけることは皆無。映画館の大スクリーンで観たら、さぞ衝撃的だったことだろう。

これほどの切れ味を見せておきながら、直後に、野々村係長が女子高生の彼女との結婚をカウントダウンする下らないエピソード(誉め言葉)を挟んだりするあたりは、堤監督の照れ隠しだろう。ケイゾクだけでなく、当時の堤監督の作品はこうした傾向が顕著で、どうも最初から最後まで真面目一辺倒で通すことができない性質のようだ。

個人的には、こうした堤監督の含羞が感じられるギャグシーンは嫌いでなく、しつこすぎない良いバランス感覚だと思っているが、観る人によって好みの分かれるところだろうとは思う。

映画はここから、黄泉の国とのつながりが言い伝えられる不可思議な「厄神島」に舞台が移り、いつも通り殺人事件を柴田&真山が解決するが(ちなみに、このトリックも目新しさは弱い)、ここからのラスト30分がこの映画の肝。

緋色の煙が島に立ち込め、柴田と真山は幻視・幻聴の錯乱状態に陥る。木戸(鈴木紗理奈)、斑目(村井克行)、壺坂(泉谷しげる)、麻衣子(西尾まり)等々、既に死者となった亡霊が次々と現れ、柴田と真山の心が揺さぶられる。

SWEEPと呼ばれる特殊捜査班の斑目という男が、一応表面的には朝倉ということになっているが、真にそうなのかどうか、ぼやかした描かれ方になっている。

亡霊っぽい斑目を撃ち、島を脱出するための小舟に柴田を乗せた矢先、真山はひとり舟から離れて、朝倉を思わせる黒く煤けた男と正面対決する。この男は、冒頭で出てきたあの男と同一であろう。そして、首に数珠繋ぎの爆弾をかけている。

二人は離れて対峙しながら浅瀬を海へ向かって歩む。朝倉が手榴弾のピンを外す。この手榴弾は、冒頭で出てきた壺坂(泉谷しげる)が持っていたものと同じに見える。

映画冒頭では、斑目と壷坂が密会し、壷坂の持つ手榴弾で二人が爆死したかのようなシーンが流れる。そのときの会話は、ドラマ特別編の流れからして、「斑目=朝倉」を思わせる内容だったが、ミスリードな気がしてならない。手榴弾で相手を道連れに爆死を図るという共通点から、あの冒頭シーンは「壷坂=朝倉」を示すのかもしれない。

しかし、その壷坂も、映画中盤で頭部だけがゴミ箱に捨てられていることから、やはり真の朝倉でないことが分かる。では一周回ってやはり斑目だったのか。しかし、映画終盤で真山が斑目を撃ったシーンは、幻覚か現実かがはっきりしない。どちらかというと、現実でない気がする。それに、「斑目=朝倉」だとすると、黒く煤けた朝倉の手榴弾と、冒頭の壷坂の手榴弾の共通性の説明がつかない。

このように、結局、壷坂(らしき人)も斑目(らしき人)も、真の朝倉と断定できる描写が出てこない。しかし、それこそが結論なのだと思う。朝倉は姿を変え続け、別人に乗り移りながら、永遠に生き続けていく存在なのではないか。

では、真山は永遠に解放されないのか。決してそうではなく、この映画のラストで見事に過去や憎しみと決別していて、これこそがこの映画の醍醐味だと思う。

柴田は亡き父・友人・朝倉(仮バージョン)を、真山は妹・木戸・壷坂・朝倉(斑目バージョン)を、幻覚の中に見る。そこでの会話を要約すると、
・憎しみと愛は表裏一体
・しかし、過去の憎しみに固執しては、現世で生きる意味を見失う
・亡くなった人たちを忘れる必要はないが、今生きて身近にいる人に対する愛こそを大切にするべき(その人を守るための憎しみは、愛の裏返しとして尊いものと言える)
ということになるだろう。書いていて気恥ずかしいが、そういう主張だと思う。

こうして、柴田は、亡き父や友人への未練を断ち切った。そして、それ以上に重要な結末として、真山は朝倉への復讐心と決別した。朝倉は追っても追っても姿をくらます。それを追い続けることは苦行でしかなく、際限がない。しかし、その負の連鎖から脱出することができた。自身の心に巣食う、「黒く煤けた姿の”真の”朝倉」を殺すことによって。

こうした過去・未練・復讐心との決別を夢の中で果たすことができた二人を指して、「Beautiful Dreamer」というサブタイトルなのだろう。ラストシーンの真山は、清々しい表情を湛えている。

「結局誰が朝倉だったのか」は明らかになっていない。しかし、「この人が朝倉でした」という結末にしてしまうと、「へぇー、そうだったんだ」で終了である。その人物にどれだけ意外性があっても。そこから先に鑑賞者が学ぶものはなく、「犯人が分かってスッキリした」という一瞬の快感を得られるに過ぎない。

そういう次元を離れて、人間の普遍的なテーマを描くことに昇華した結末は、今観ると非常に洗練された内容に映る。そもそも、「ケイゾク」という名の通り、事件はケイゾクしていなければならず、真犯人が分かってしまっては作品の趣旨に逆行するとすらいえよう。

先程書いたこの映画の主張は、文字にするとめちゃくちゃロマンチックかつメルヘンチックである。だからこそ、その反動で、ラストシーンの真山のセリフが諧謔じみているのだろう。「2分10秒!自己新!(潜った長さ)」とか「柴田!鮫いるよ!鮫いるよ!」などは、脚本家の作ったセリフだか堤監督の照れ隠しだか分からない。さりながら、そのセリフの後の柴田&真山は、えもいわれぬ余韻を残し、後味が良い。

それにしても、真山徹を演じた渡部篤郎さんが徹頭徹尾カッコ良すぎる。冒頭のピストルのシーンはもちろん、後半で気が狂ったようにロッカールームで発砲するシーン、朝倉との対峙、そして極めつけは、ラストシーンで海中から頭を出してオールバックになった姿の色気が半端ない。柴田を演じた中谷美紀さんももちろん役者だが、「渡部篤郎」というブランドの凄みは底知れない。

渡部篤郎さん出演作では、個人的には『ビューティフルライフ』(2000年)での兄役が非常に良かった。『なにさまっ!』(1998年)とともに軽妙洒脱な役で、こういう三枚目も演じられるのが素晴らしい。最近では『あたりのキッチン!』(2023年)の優しい店主役にも涙を誘われた。

なお、連ドラは、週刊ザ・テレビジョン(当時)のドラマアカデミー賞(第20回)で、最優秀作品賞・最優秀主演女優賞・最優秀助演男優賞・監督賞・タイトルバック賞をとっている。作品賞の2位が『救命病棟24時』(第1シーズン)で、最優秀主演男優賞が同作の江口洋介さんだから、いかにハイレベルな競争だったかは自明である。

それから、『SPEC』(2010年)はこの作品の世界を受け継いでるようだが、観ていない。

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