松雪泰子さんについて考える(21)舞台『無駄な抵抗』

*上演から数か月後に衛星劇場での放送を視聴した感想はこちら*

松雪さん出演シーンの充実度:8点(/10点)
作品の面白さ:9点(/10点)
鑑賞年月日:2023/11/21(火)19:00開演
会場:世田谷パブリックシアター
 
※以下、多少のネタバレを含みますが、決定的なオチや展開には触れないようにしております。
 
 
イキウメ主宰の前川知大さんの作・演出による舞台。世田谷パブリックシアター主催公演。
 
この会場の特性が活かされた内容だった。円形の客席からシームレスにつながる舞台上に、駅前円形広場が出現する。
 
階段状になった広場の最上階は、客席の2階席と遜色ない目線の高さ。観客にとって、劇の世界に集中しやすい設えになっている。
 
都内広しといえども、円形劇場はそう多くない。世田パブの他には、大久保のグローブ座くらいか。
 
IHIはまもなく閉館するし、昔は青山円形劇場があったが、青山劇場とともに2015年に惜しまれつつ閉館した。
 
この世田パブは900くらいのキャパもちょうどよい、非常に洗練された劇場だ。
 
さて、今作の主演は池谷のぶえさん。小学生の頃に同級生から言われた、ある占いの言葉に縛られながら生きてきた、山鳥 芽衣という歯科医師役。
 
その占いの言葉を浴びせたのが、現カウンセラーの二階堂 桜。この役を松雪さんが演じた。
 
他に8人の出演者がいて、計10人によって物語が進行する。
 
大まかな流れとしては、芽衣(池谷)が桜(松雪)のカウンセリングを受ける過程で、だんだんと芽衣(池谷)の過去が明らかになっていく。最後の10分で、作中にちりばめられた伏線が見事に回収されるのが小気味よい。
 
あらすじや登場人物の紹介は公式サイトに載っているのでそちらに譲ろう。
 
作品自体に関する感想もSNS等に溢れていて、ことさら自分が言及するまでもない。主なものは次のとおりで、自分も概ね同感だ。
 
・池谷のぶえさんは重たい役柄だが、見事に演じ切っている
 
・池谷さんと松雪さんのセリフの応酬が見応えある
 
・何もしない大道芸人というトリッキーな役柄を演じた浜田信也さんが秀逸
 
 
最後に明かされる芽衣(池谷)の秘密は確かに壮絶だが、作品全体に悲愴感が漂っているわけではない。軽妙で笑えるやりとりもテンポよく取り入れられており、緩急のバランス感覚が優れている。ラストシーンからは、明るい光芒が差し込む。
 
そんなわけで、作品自体は、ストーリーも演出も文句なく面白かった。
 
では、本題。
 
今回自分は、松雪さんがどんな声色を使うのか想像しながら劇場に赴いた。
 
カウンセラーという役柄と作品の雰囲気からして、明るくて柔らかい声(例『半分、青い。』)でないことだけは想像できた。ということは、次のどちらかのタイプではないだろうか。
 
・中低音で、アナウンサー調の凛とした声(『救命病棟24時』『グッドパートナー』等)
 
・重くて低い、抑制の利いた声(例『脳男』『5人のジュンコ』等)
 
そんなことを考えながら、幕が開くのを待った。
 
開演して間もなく、松雪さん登場。
カウンセラー(元占い師)だけあって、黒ずくめの衣装。
 
待ちに待った第一声を聴いて、首を傾げた。
 
「こ、これは…。聴いたことの無い声色だな…。」
 
松雪さんの声っぽさはあるが、
想像していたのと違うタイプだ。

アナウンサー調の声ではない。
どちらかといえば低め。
 
映像作品では、どのときの声が近いだろう…。同じカウンセラー(と言っても少し違うが)の『家族狩り』(2014年)が近いような、そうでもないような…。
 
映像作品以外ではどうだろう。
 
舞台『ゲゲゲの先生へ』(2018年)のゲネプロ映像がYouTubeで少しだけ観られる。この舞台では、それこそ全くの別人かと思うほど声色を変えていたようだが、それとも少し違う。
 
「この声に一番近いのはどの作品のときだろう…。」「どの声の引き出しを使っているのだろう…。」と思いを巡らせたが、コレというものが思い当たらない。
 
このままだと舞台に集中できそうになかったので、一旦放棄してストーリーに神経を傾けた。
 
舞台鑑賞に集中し、終演。そしてポストトーク(後述)。
 
全て終わって満足して会場を出たが、やはりまだあの声が気になった。どれだけ考えても、一番近い声が思い当たらない。
 
松雪さんのドラマ・映画・舞台を全て観たわけではないので断定的なことは言えないが、あまり聞き馴染みのない声色ということだけは確かだ。
 
振り返れば、今年の夏に舞台『カモメよ、そこから銀座は見えるか?』を観劇したときも、聞き馴染みのある松雪さんの声色でないことに驚いた。
 
今回の「二階堂 桜」は元占い師のカウンセラー。こういう役は、今まで演じてきた役柄の中では初めてのタイプのはず。ということは、この役に合わせて新たに編み出した声だったのではないかと解釈したい。
 
ところで、この『無駄な抵抗』東京公演期間中に、AmazonのAudibleというサービスで、湊かなえ作品の朗読がリリースされた。そのうちのひとつ『境遇』を松雪さんが担当したということで、インタビュー記事がいくつか出た。
 
その中に、こんな興味深い記載があった。
 
「役を表現するときはいつも、最初に、その人物がどんな声をしているのかを考えるんです。声、というよりは、音色かな。人物によってしゃべりのスピードや言葉の並べ方が変わってくるので、その役にちょうどいいところを探る作業が好きなんです。」
出典:https://colorful.futabanet.jp/articles/-/2392
  
声に強いこだわりを持って役を演じているはずだということは、このブログでもよく言及していたが、ご本人の口からこのコメントが聞けて嬉しかった。
 
そして、これも何度かこのブログで書いてきたが、「役柄に合わせて声色を変える」などということは、一見当たり前のように思えるかもしれない。ところが、これを実践できている役者は皆無だと思う。特に男性俳優では見当たらない。というか、そもそも男性俳優には声質的に無理な気すらする。
 
松雪さんほど声のバリエーションが豊富な俳優はなかなかいない。これについては、今度、機会を改めてまとめてみたい。
 
ずいぶん冗長になってしまったが、最後に、ポストトークの記録を書き残して、締めくくりたい。
 
・・・・・
 
・ 池谷さん・松雪さんの発言を中心に記します。
・ 断片的で申し訳ありません。
・ 細かいニュアンスや字句は不正確です
 
<出演>
池谷 のぶえ さん
浜田 信也 さん
森下 創 さん(司会進行役)
松雪 泰子 さん
 
 
森下「(脚本・演出の)前川さんから質問です。今回の作品は、どんなところが大変でしたか。」

池谷「やっちゃん(=松雪)は、何でも言葉にしてくれる。」

松雪「今回の作品は、結構何層にもレイヤーがあって…」

池谷「ほら!レイヤーとか言ってる!」

松雪「そうだった…。レイヤーっていうの、好きじゃないんでしたっけ(笑)」

池谷「いつも、こうやって説明してくれるんです。」

松雪「レイヤーって、まぁ“層”のことなんですけど、それを…(?)…することで、サブテキスト(=脚本上に書かれていない感情、背景等のこと。いわゆる行間)を増幅させていくことができました。」

 
松雪「(山鳥芽衣=池谷のぶえとの会話は)卓球のラリーみたいだった」

 
森下「今回の役を演じることをエベレストの登山に例えていて、SNSでも発信していましたけど、あのパーカー(=I Climbed Mount Everestと書かれた市販のグレーパーカー)はどうしたんですか?」

池谷「やっちゃんが今月誕生日ということで、誕生日プレゼントのつもりで買いました。」

松雪「あれは私たちの制服だと思って、よく稽古場に着て来たんですけど、なかなかお互いタイミングが合わなくて、お揃いになりませんでしたね(笑)」
 
森下「前川さんから、『池谷さんは、幅広い作品に出演していますが、コメディとシリアスで、それぞれ、心構えは違いますか?』」

池谷「10年くらい、ナンセンスコメディの劇団にいたので、コメディの人だと思われることが多いんですけど、本来はそうじゃないんです。むしろ、小さい頃から、父に『お笑い・コメディなんて見るな』と言われて育ちましたから。そんな父も、なぜかビートたけしさんの鬼瓦権蔵だけは良いと言ってましたが。ということで、今回のような作品の方が、むしろ自分らしいと思いますし、自分と地続きのような役柄だと感じながら、演じていました。」
 
 
森下「(ステージング担当の)平原慎太郎さんからの質問で、『松雪さんは、自分のシーンじゃないときのステージ上での佇まいが美しいと思いましたが、どういう身体感覚をお持ちなんですか?』」

松雪「今でも日舞の教室に時々行ってるんです。そこで、体のコアをゆっくり使って、ゆったりした所作を…。」
 

(エゴスキューメソッドの話題をふられて)
松雪「自分の骨に対してどの筋が使えていないかが分かります。体のコアの芯部(深部?)を…。」
 

最後、森下さんが話をしているときに、「最終電車が、まもなく発車します。」というアナウンスが流れ、司会の森下さんから「そろそろお時間のようなので、終わらないといけません」といったような説明。
 
事前の段取り説明と食い違いがあったのか、森下さん以外の3名は「あと5分ってことじゃないの?」的な空気になり、森下さんが「いや、なんかもう終わりみたいで…」と困惑。
 
そこで、松雪さんが森下さんの手元の進行台本を覗き見て、何やら会話。ついには、その進行台本を取り上げて(!)、目を通してから、「あと1問くらいいけるんじゃないですか…?」といったような発言。
 
場の空気も、最後にあと1問、みたいな感じになりかけたものの、森下さん「あ、でも、スタッフさんが巻きの合図をしているので、終わりにしないといけないみたいです」ということで、お開きに。
 
全体で15~20分くらいだったはず。
 
ちなみに、ポストトークでは役の声ではなく、もちろん地声。役を演じるときとは声色が全く違うことを再確認。
 

*このシリーズの記事一覧はこちら*

*松雪泰子さんについて考える(51)「歌は語れ、セリフは歌え」*

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