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小説:親友への手紙

拝啓 三瓶陸人様

 お久しぶりです。渡辺優成です。近頃はいかがお過ごしでしょうか。というのはいささか意地悪が過ぎましたね。ですが手紙というのは出したことがなかったもので、どのように文章を始めていいのやら、少しわからなくなってしまいました。だからこのような形で始めさせていただきます。

 あだ名も忘れたわけではないのですよ。ただ、やはりあだ名で宛先を書くというのは違うんじゃないかなと思ってしまうものです。

 さて、先日テレビの取材が訪れましたよ。連絡が取れなくなってしまった友人の動向を探る番組です。僕はあの番組は見たことがないのですが、君があの番組のオファーを受けることは理解できます。だからこそ僕も取材は受けましたよ。

 ですが、君が取材時のVTRを見る前に僕はこの手紙で、君との思い出を共有したいのです。テレビ局を通じてなんて遅すぎますし、編集が入るかもしれないですからね。

 君がどう思っているかはわかりません。ですが、僕の青春時代と言えるような代物は中学時代のみでした。部活が終わった後君とともに帰ったあの時間ですよ。

 そうは言ってもあの時期は大変でしたよね。なんせ一日に一回は授業が自習になりましたもん。あまりにも不良が暴れまわるものでしたから。君とはよく不良は学校に来てほしくないと話していましたね。

 君と以外はあんな話はできませんよ。学年のみんなは多少の印象の差はあれど、長いものに巻かれよの姿勢で、不良たちの門下に下り、自分たちがいじめのターゲットにならないよう必死でしたもんね。

 でもだからこそ君とは仲良くなれたのかもしれない。お互い、勉強して高い地位に上り詰めこのゴミ山のサルが支配する腐臭漂う劣悪な環境から脱出してやろうとメラメラ闘志を燃やしていたのですから。いわば学年内唯一のレジスタンスですね。

 それに君がいなければその熱く燃える闘志を燃やし、そこから脱出することはできなかったでしょう。君も知っての通り、僕は英語が苦手でしたから。あの時は英語を教えてくれてありがとうございます。そこは心の底から感謝をしています。

 その一方で君も理科は苦手でしたね。僕は理科が得意だったので、君に教えられたことは本当に誇りに思います。お互い持ちつ持たれつの二人三脚で幸せな未来に進んでいると思ったからです。あの時はすべてにおいて向かう方向が同じで真に分かり合えていたと僕は思っています。親友とはあの時の僕たちの関係のことを言うのではないでしょうか。

 あの下校時の夕日のまぶしさや、水田に張った水が太陽光を反射して世界が黄金色に輝いた様子は今でも鮮明に思い浮かびます。君も思い出せるでしょうか。その空間の中で、僕たちの向こう見ずな夢を語り合ったことは僕の数少ない青春の一ページです。

 イヤ、先ほど青春時代は中学校の時のみと書いたと思ったのですが、そこだけではなかったですね。思い返せば高校一年生の時も幸せな時期でした。

 君とともに僕たち以外の中学生徒がいない高校に受かったときの喜びと言ったらそれはすごいものでしたね。しかも高校のみんなはいい人だったなぁ。すれ違いざまに肩を殴るような人も、嫌なことを強制的にやらせてくる人も、いじめの対象を押し付けたくてマウントをとってくるような人もいませんでしたもんね。そもそも中学の時は絶対の秩序として存在していたスクールカーストというようなものはなかったような気がします。

 そういえば放課後、顧問がいなくても練習メニュー通りに練習が行われるということに対して僕たち二人は目を輝かせて語り合っていましたね。それで僕たちは二人して笑いましたよね。本当に頑張ってここに来てよかったと。ここはまるで天国のようだと。あれも確か赤く染まった空の下河川敷の道路を、自転車で並走していたのではなかったでしょうか。

 こうして書いてみて気が付いたのですが、僕の青春というのは夕暮れの中の下校時間に込められているのかもしれません。その証拠に、僕にとっては高校2年から先は青春時代ではなくなってしまいますからね。

 僕たち親はともに教育ママというところも共通していましたね。中学の時に成りあがってやると意気込んでいたのも親の影響があったのかもしれません。高校になってから下がり続ける僕の成績に母が許容できなくなってしまったことを覚えているでしょうか。それで僕は塾に通い始めたんですよ。だから君と帰れなくなってしまったんです。

 あの時は本当に苦痛でした。成績が下がってしまった原因はズバリ英語です。そもそも英語は毎日単語テストがありましたよね。君が知っている通り僕は英単語を覚えるというのが大の苦手でしたから当然毎回不合格になってしまうわけですよ。

 君は体験したことがないとおもいますが小テストに毎日落ちるというのはですね、恐ろしいことなんです。毎日不合格と宣告され自分はおろかだというレッテルが重なってゆくんです。その意識は徐々にほかの教科の足を引っ張ります。自分は劣等生だって思い込んでしまうわけですからね。だからあの時には学年で最下位になってしまっていたんです。母が僕を塾に放り込んでしまったのはそういうことだったんです。

 君が文系に行ってしまったというのも君と僕との距離と遠ざけてしまった要因の一つだったと思います。僕たちはお互い苦手な教科を教えあって前に進んでいきましたよね。お互い一人で走れなかったからこそ僕たちは左右の車輪となり中学の時進んできた。

 しかし、文系という道を進んだ君にとって理科というお荷物はほぼ捨てることができました。一方で英語は文系、理系どちらの選択をとっても受験をするにあたって重要な教科となります。君は苦手なものから解放されたからこそ、引きずられることなく成績を伸ばして行けたんだと思います。それがとてもうらやましかった。イヤ、今でもうらやましいことです。

 それだから、あの時あんなことになってしまったのですよ。これは君も確実に覚えているでしょう。二年生の秋ごろ僕がずる休みをしたときのことです。すべてが嫌になってしまった僕は秋晴れの抜けるような空につられてふらふらっと通学路を外れてしまったのです。それでほぼ人がいないゲーセンに行き適当に時間をつぶしました。放課後君はそんな僕を見て思いっきり殴るじゃありませんか。

「お前は何をやっている! 俺が会社を作ってお前がそのビルを建てるんだろう! 今のママじゃそんなことはできないぞ!」

 確かに君はそういいました。君としてははっぱをかけたかったのかもしれません。ですが、僕には響きませんでした。それどころか怒りがわいてくる始末です。

 苦手な教科から解放された君が何を言っているのだろうか、それでよく自分のことを棚に上げて僕のことをそうして悪く言えたのか。

 そう思ってしまったのです。

 そして、僕は確かその時その心の声が漏れてしまったのだと思います。そこで何かを言ったはずです。そしたらそれを聞いた君は僕を一瞥してどこかに行ってしまったんですよね。とても冷たい目でしたよ。あの時です。僕の親友がいなくなってしまったと感じてしまったのは。

 それで今回の番組というわけですね。連絡が取れなくなってしまった友人の動向を探る番組です。多分ほかの人のエピソードもこんなような話が裏で隠れているのでしょう。君とかなえることのできない夢を約束してしまったことを思い出すから僕はあの番組を見れないわけです。

 君にはあまりそういう意識はなかったんでしょうね。それで取材が来た時にやっぱり思いましたよ。君は変わっていないとね。中学校の時の向上心にあふれた強い心は砕かれなかったんだなと。だからでしょうね。君が高校の時僕を殴ったことから何も学べなかったのは。だって君がこんなことを伝えたいというのですから。

 殴ったことを含め私はユウに謝りたい。私が君と約束をして当時それで悩んでいたのなら心の底から謝る。そして、今もその約束のことを気に病んで私に声をかけてこないというのならそれもまた謝りたい。もう大丈夫だから私はまたユウとよりを戻したいんだ。君がどんなことをしていても僕は今度こそ君を受け入れるよ。だからまた昔のように一緒にいろんなことを語り合おう。

 君はまた僕をそうやって見下すんですね。そんなつもりはないと思いますが君のやっていることは殿様が家来に「面を上げい」と上から物を言うのと同じことなんですよ。

 でも君はそうする権利があります。君はうまくボタンをかけることができた。だから君は自身をつけて早稲田大学を出て君は社長になれたのです。よく君の母が自慢げに僕の母に報告するそうですよ。

 一方の僕は挫折を味わい、地元のFラン大学卒です。この就職難のご時世ですからね。正社員に離れず派遣社員となってしまいました。中学生の時の知り合いも職場に多くいますよ。彼らは大学に行かず就職した正社員の先輩ですが。しかも、そんな職場から帰ってくると、仕事から帰ると母は君の母に自慢された、お前は何でだめになったんだと殴ってくるのです。

 お判りでしょう。もう僕たちはもう親友ではありません。身分が高くなってしまった君にため口などとても使えません。あだ名で呼ぶなどもってのほかなのです。

 とはいえ同じ志を持っていた同じ目線の学生時代の友がほんの少しの違いで天井人になってしまったのです。だからですよ。僕が君を刺したのは。でも、いきなり刺されては君は何のことかとよくわからないでしょう? 

 だから理由を説明するためにこの手紙を書いたのです。オンエアされたころにはお亡くなりになられていると思いますし。痛いと思いますが最後まで読んでいただきたいです。


 敬具


 (追伸)
 最後まで読んでくれてありがとうございます。しかし目の前で血飛沫が上がるというのは結構ショッキングなんですね。貧血を起こしそうです。

    さて、今だから思うことなのですが、もしも、僕と君の特異な科目が逆だったなら、もしも、理系文系の重要教科が少し違っていたら、僕と君はどのような人生を送っていたのでしょうね。

 僕は君のように自分の成功を自分の努力のみで勝ち取ったと思い込んでしまうのでしょうか。そして、君は僕のようにそんな傲慢な僕をさすのでしょうか。

 もしものことだからどうなるかなんてわかりません。でも君の意見を聞きたいです。僕もすぐそっちに向かいますから。まさかとは思いますが、親友を見下した君が天国に行っているはずがないでしょう?

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