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【童話大戦争】 ⑧ 最終決戦 そして世界は(完)

【決戦当日 夜明け】

 日本童話軍にとって、瞬く間の5日が過ぎ、決戦の朝を迎えた。
 開戦まであと7時間を切ったが、西洋軍の動きはまだない。

 先に動いたのは日本軍だった。
 日の出前の鬼ヶ島で、二千人もの天狗衆がそれぞれ大団扇おおうちわを構え、大天狗の号令を待っている。
 大天狗は瞑目し、腕を組み、岩場に仁王立ちしている。
 やがて、東の海面うみづらが穏やかにキラキラと輝き出し、朝日が昇り始める。
 大天狗は、目をカッと見開き号令を出す。
「それでは参るぞ!海をっ!打てっ!セイヤッ!!」
 天狗衆が陸地に向けて大団扇を一閃する。
「セイヤァ!!!」
 耳をつんざくばかりの轟音と共に大風おおかぜが海を割り、海底に道を作った。
 すかさず大天狗は、むんっと印を結ぶと、その道に物理的結界を張った。
 こうして、鬼ヶ島から陸地へと続く海の道ができあがった。

「空軍は、哨戒しょうかいを強化してください。
 海軍は、本土と鬼ヶ島の中間地点で海中待機をお願いします。
 國作り部隊は作戦準備を始めてください。
 鬼ヶ島陸軍は進軍を開始してください。
 本土陸軍と合流後、指定の陣形を組んでください。」

 鬼ヶ島を本陣とし、かぐやが指令を出す。

 上空でキジ軍団が美しい編隊を組んで哨戒を続ける中、海の道をイヌ軍団が出陣していく。
 30匹ほどの小隊毎に、以前とは比べものにならない統制の取れた足取りで行軍が始まる。初戦で遁走した飼い犬たちも汚名挽回を誓い、決意に満ちた凛々しい顔つきをしている。

 続いてサル軍団が出陣していく。
 全員が新しい武具を身に着けている。ゴリラたちの派手なドラミングを合図に行軍が始まった。桃の御旗を掲げて賑やかな行軍であるが、こちらも一糸乱れぬ統制ぶりだ。

 最後に、温羅うら軍団長率いる鬼軍団が、天にも届かん限りのときの声を上げ、のっしのっしと歩き出す。先の激闘でその数を四百まで減らしたが、仲間の仇を取らんと気炎万丈きえんばんじょうの勢いだ。
 威風堂々と行軍を始めた鬼軍団の先頭には、桃のハチマキ姿も凛々しい桃太郎の姿があった。

 桃太郎は、後ろを振り向き、大きく手を振る。
「姫様!必ずや吉報を持ち帰ります!お待ちください!」

 かぐやは、胸の前で手を組み、祈るような想いで出陣していく兵士を見つめた。

【開戦5時間前】

 海岸で桃太郎たちを出迎えたのは、金太郎と酒呑童子だった。
 桃太郎と金太郎が、温羅と酒呑童子が、無言で固い握手を交わす。

「桃!約束どおり全国から危ない奴らをかき集めてきたぞ。とりあえず戦の作法だけは教えたが、まあ、本能に任せて暴れてもらおう。」
 金太郎が、にかっと笑う。
 その背後には、土佐犬やセントバーナード、ブルドックなどのイヌ属だけではなく、闘牛やダチョウ、マムシに至るまで腕に自信のある動物たちがひしめいている。

「ありがとう、兄弟。こっちも軍団の再編と訓練を済ませてきた。見違えるほど強くなったぞ。
 その動物たちはうちで率いることにしよう。
 ところで、お前の山の家来たちはどうする?動物部隊に組み入れるか?」
 桃太郎が金太郎に問いかける。

「桃、こいつらはもう家来じゃない。わしの仲間だ。こいつらはわしと一緒に行くよ。」
 金太郎の足元で年老いたクマが満足げにグルルルルと喉を鳴らす。

「おう、わかった。
 …お前、変わったな。」
 桃太郎が感心したように金太郎を見る。

 照れ隠しのように金太郎が言う。
「早う、段取りを教えてくれ、桃。」

「おう。
 では作戦どおり、西洋軍を包囲するぞ。
 我ら陸軍は、鬼軍団と動物部隊、物の怪一族、騎馬隊、レジスタンス部隊、弓兵、これを偏りなく四方に配置する。
 兄弟は南から指揮を頼む。わしは北から指揮を執る。西はヤマタノオロチが、東はぬらりひょんが指揮を執る。
 あとからきっと浦も合流するだろう。
 空軍は…分からん。大天狗のおっさんが何やら考えているらしい。
 なあに、進軍さえ始まってしまえば、一方通行の戦いになるはずだ。
 四方から一挙に攻め落とすぞ。
 あとは、國作り作戦次第だ。
 万が一、失敗すればそこで敗北が決まる。」
 桃太郎が、興奮を抑えきれない様子でまくし立てた。

「分かった。死ぬなよ、桃。」
「お前こそ、兄弟。」

 再び固い握手を交わした二人は、二手に分かれていった。
 日本軍は、西洋軍本陣から1kmほどの距離を置いて、西洋軍を取り囲むような形でぐるりと円形の陣を張った。

【開戦2時間前】

 西洋軍の内部では、先日の山の戦いで大敗を喫したことが知れわたっていた。
 常勝軍団である彼らも、今回の戦は何かが違うと感じていた。
 不穏な空気が漂う本陣では、興奮したトロールやゴーレムがあちこちで小競り合いを繰り返している。
 そして今、日本軍の奇妙な陣形を目の当たりにして、兵士たちは得体の知れない不安と焦りを感じていた。

 ドン・キホーテはイライラしながら辺りをうろうろと歩き回り、アーサー王に対する不満をブツブツと漏らしては、ガリバーにたしなめられている。
「なあ、ガリバーよ。真の勇気というものは、極端な臆病と向こうみずの中間にいる。今のアーサー王はどっち側にいるんだろうな。」
 ガリバーは、いつもの世迷言よまいごとがまた始まったと、そそくさとその場を逃げ出した。

 モルガン・ル・フェイは、ドラゴン師団、魔女軍団、グリフォン・ハービー混合軍団、怪鳥ロックといった全空軍兵士を前に檄を飛ばしている。
「我らは無敵空軍だ!引くことは許さない!敗北という言葉を持ち帰るな!勝利以外は死をもって償え!」
 孤高の指揮官が甲高い声で叫んだ。

 ジョリーロジャー号では、フック船長シンドバッドから竜宮城の場所の報告を受けていた。シンドバッドが王の命令に背いて密かに索敵部隊を動かしたのだ。すぐにでも攻め込みたい気持ちでいっぱいだったが、待機命令がフック船長を縛り付けていた。
「大海原を自由に暴れ回るのが海賊ってもんだろうが。これじゃ俺は、海賊じゃなくてただの兵士だ。あの忌々しいピーターパンとわちゃわちゃやっていたころが懐かしく思えるなんてな。なあ、シンドバッド。これが俺たちの望んだ道なのか?」
 シンドバッドは何も聞こえないふりをして商船に戻っていった。

 青ひげは一人、自室の椅子に深く腰をかけ、静かに目をつぶっていた。
 やがてゆっくりと目を開けた青ひげは、胸の辺りにつけた特別大きな宝石をぎゅっと握りしめた。

 アーサー王の後に控えた円卓の騎士団は、王の雰囲気がいつもと違うことに全員が気づいていた。
 しかし、それが何であるのか分からずに戸惑い、互いに不安な視線を交わしていた。

 アーサー王は、考えていた。
『あいつらは、我が軍を無防備に取り囲んでいる。兵士をいくらか増やしたようだが、それでも数は圧倒的にこちらが上だ。定石じょうせきなら、一点突破を狙うはずだ。あれでは全体的に手薄になるばかりではないか。

 だが、……だからこそ、あいつらは面白い。
 定石などわしの前では通用せん。
 何をしてくるのか。定石を乗り越えて来い。
 期待を裏切ってくれるな。
 わしの鎧に傷の一つでもつけてみよ。』

 一瞬、アーサー王の全身からめらりと闘気が吹き出し、騎士団は思わず後ずさりした。

【開戦1時間前】

 一匹の龍が、鬼ヶ島の方角から稲妻の如き勢いで近づいてきた。
 その背中にまたがっているのは、鬼ヶ島で指揮を執っているはずのかぐやであった。

「姫!なぜこんなところにいるんですか!」
 桃太郎があきれ顔で叫んだ。
「安全な場所で安穏あんのんと指示だけ出すのは、やっぱりしょうに合いません。」
 かぐやが照れたように笑った。

 それから、かぐやは前線を駆け巡り、全身全霊で檄を飛ばし続けた。

「私は、この国の住人が、人々を楽しませ、感動を与えてきたことを知っています。
 それはこれからもずっと変わることはありません。
 変わってはいけないのです。
 私たちは、何者にも支配されてはなりません。
 だから、私たちは自由を守るための戦いに挑みます。
 私は、みなさん一人ひとりが持つ力を信じます。
 私は、みなさんの自由を愛する気持ちを信じます。
 勝利は目の前です!
 みなさんに八百万の神の御加護があらんことを!」

【開戦15分前】

 「國作り作戦開始!」
 かぐやの力強い号令により、日本童話軍の命運を賭けた作戦が始まった。

 戦場のあちこちに巨大な陽炎かげろうがユラリと立ち上がった。それは次第にうっすらとした天にも届かんばかりの巨大な人の姿に変わっていった。
 だいだらぼっちだった。
 だいだらぼっちは國作りの物の怪だ。人に危害を加えることはできないが、大昔から日本の国土を形作ってきた。しかし、各地に山を築き、湖を作ってきたその力も、今は衰え消え失せようとしていた。
 そして今、彼らは最後の力をこの戦に捧げようとしていた。

 日本軍が組んだ円陣の外側から、四人のだいだらぼっちが、大地にズンと両手を差し込み、「うおぉーん」と叫びながら地面を持ち上げた。
 日本軍を山頂に乗せたまま、200mほどの高さの山が西洋軍本陣を取り囲んだ。
 円形状の山の内側は、すり鉢状になり、西洋軍はその狭い底に閉じ込められた。
 西洋軍は袋のネズミとなり、日本軍は四方の山頂から西洋軍を見下ろす形となった。

 同じくして、三人のだいだらぼっちが海岸から山に向けて一本の運河を掘った。
 運河は、山の下をくぐり、すり鉢の内部に達した。

 大仕事を終えただいだらぼっちたちの姿が次第に薄くなっていく。
「うおぉーん」と最後に満足気に吠えると、やがて静かにふっと消えた。

【開戦3分前】

 突然の大激震に見舞われた西洋軍は、周辺の景色が一変したことに驚愕した。
 大草原のど真ん中にあったはずの本陣は、あっと言う間に山に取り囲まれていた。
 数十万に及ぶ西洋軍はすり鉢の狭い底に押し込まれ、パニック状態に陥った。

 アーサー王は、ほんの一瞬だけ驚いた表情を浮かべてたあと、下を向いて肩を震わせ始めた。
 その震えは次第に大きくなり、目に見えるほど激しく揺れ出した。
「そうか…そうか、そう来たか!ふっ ふっ ふはっ ふはっ はっははっははっはは!」
 笑い方を忘れてしまったのか、それは奇妙でぎこちないものであったが、紛れもなく王が何百年振りに放つ笑い声だった。
「いいぞ、いいぞ!そうだ、その調子だ!はっはっはっはっは!はーはっはっは!」

 円卓の騎士団は、ぎょっと目を見開いてアーサー王を見つめた。

【正午 開戦】

「全軍、前へ!!」
 混乱から立ち直る隙を与えず、かぐやが龍の背中で高らかに号令を下す。
 パニック状態に陥っている西洋軍めがけて、日本軍が一斉に山を駆け下りていく。うおーっという叫び声が西洋軍の混乱に一層の拍車をかける。

「怯むな!!迎え撃て!!」
 アーサー王の凄まじい怒号で我を取り戻した西洋軍が、負けじと咆哮を上げながら山肌を駆け上がっていく。
 その先陣を切って飛び出していくのはドン・キホーテだ。
「続け!勇気を失う者は全てを失うことになるぞ!」

 山から、日本軍の弓兵が一斉に放った矢が、密集した西洋軍の上に土砂降りの雨の如く降り注ぐ。
 陣形を乱して浮足立つ西洋軍に、まずは足の速い騎馬隊とイヌ軍団が土煙を上げて突っ込んでいく。
 両軍は山の3合目の辺りで激突した。

 騎馬隊の先頭にいるのは頼光四天王だ。
 騎馬隊は、飛び出してきたオオカミの群れや騎士団に気迫とともに切りかかる。
 騎士団のきらびやかな装備に比べて、金太郎たちが身に着けているのは古くみすぼらしい鎧と錆びた武具だ。
 だが、その古い鎧はオオカミの牙を跳ね返し、その錆びた武具は騎士の剣を叩き折る。
 それら長い年月を経た武器防具には一つひとつ付喪神つくもがみが宿っている。
 付喪神は自らの意思で、騎兵を守り、敵を切った。

 金太郎が錆びた斧を轟と振り回し、ドン・キホーテが気迫とともに長い槍でむんと受け止める。
「じいさん!わしには年寄りをいじめる道楽はねえ!さっさと引け!」
 金太郎が叫び、ドン・キホーテが叫び返す。
「構わず来い!人生では全てが良い!死さえもな!」
 再び斧と槍が交錯して戦場に火花が散った。

 イヌ軍団正規軍は、三十匹毎に小隊を組み、見事なチームワークで敵を一体ずつ確実に倒していく。
 動きの遅いトロールやサイクロプスは、イヌ軍団の統制の取れた動きに対応できずに苦戦を余儀なくされる。足首を食いちぎられたサイクロプスが地響きを立てて地面に倒れ込み、イヌやオオカミが殺到する。

 少し遅れて、新参の動物たちが戦闘に加わり、本能の赴くまま無秩序に暴れ始める。
 闘牛が闇雲に突進し、闘犬が辺りかまわず嚙みまくる。
 ダチョウが重い蹴りを入れ、マムシの群れの毒牙が足元を襲う。
 その予想のつかない動きに、戦場は混乱を深めていく。
 西洋軍は、この秩序と無秩序の波に翻弄され、被害を大きくしていく。

 すぐに続いて、鬼軍団、サル軍団、物の怪一族、山の動物たちが、大混乱の戦場に怒涛の勢いで突っ込んでくる。
 鬼たちに体当たりを食らったトロールやゴーレムがゴロゴロと山肌を転げ落ちていく。
 サル軍団が即座にそれを追って、集団で襲いかかり、引っ掻き噛みつく。
 鬼がゴブリンを鷲掴みにしてサイクロプスに思いっきり投げつける。
 九尾の狐きゅうびのきつね、ろくろ首、土蜘蛛、ぬえ、牛鬼、雲外鏡、猫又、のっぺらぼう、狒々ひひ、大百足、輪入道、鎌鼬かまいたちが戦場のあちこちに神出鬼没に現れ、意表を突かれた西洋軍を次々に葬っていく。
 クマたちが鋭い爪を振り回し、何百匹もの野ネズミがゴブリンに群がる。
 ゆらりと戦場に現れた巨大ながしゃどくろが、死んだ人々の怨念を乗せて腕を振り払い、西洋軍の騎兵をまとめて吹っ飛ばす。
 後方に控えているレジスタンスが、あの手この手で逃げ出そうとする西洋軍を戦場に押し戻す。

 そして一足遅れて、大ダコ、大ガメ、大ガニの浦島巨大生物軍団が運河から水しぶきを上げて戦場に上陸した。
 大ダコは、8本の足を器用に動かし、敵兵を薙ぎ払いながら前進を始める。
 大ガメは、甲羅に日本軍を乗せ、巨大な戦車となり敵軍に突っ込んでいく。
 大ガニは、巨大で鋭いハサミで敵の軍勢を振り払い突き立てる。

 四方の山から攻め下る日本軍に対して、西洋軍は狭い谷底に押し込められ、思うように動けない。
 戦場においては上に位置するほうが数倍有利だ。
 日本軍は常に西洋軍の上方に位置しながら攻撃を仕掛ける。
 日本軍は西洋軍の1/5という兵力を地形でカバーし、地上戦は互角の戦いとなった。

【大空中戦】

 このとき、魔女軍団長モルガン・ル・フェイは、戦局を完全に見誤った。
 日本軍の國作り作戦にはいささか驚いたものの、戦場が狭い範囲に限定されたことを、むしろ自軍に有利と捉えた。
 本陣は、魔女部隊とグリフォン・ハービー部隊を率いて自分が守ることにし、ドラゴン師団を竜宮城に向かわせたのだ。
 この守備範囲ならば、自分がいれば大丈夫という慢心があった。
 このとき、日本空軍の姿が見えなかったことも、誤った判断に導いた一因であった。

 モルガンは、開戦早々押し込まれ始めた西洋軍を支援するため、援護攻撃を試みる。
 しかし、戦場は大乱戦状態にあり、攻撃の的を絞れない。どうしても味方を巻き込んでしまう。
 ならば、日本軍の後方から攻撃を仕掛けようと散開を始めたとき、日本軍の弓兵が山の中腹から水平射撃を始める。矢に射抜かれた魔女がほうきからもんどりうって地面に激突する。
 モルガンは、魔女部隊を引かせて本陣の守りに回し、弓兵の火力を鎮圧するため、怪鳥ロック、グリフォン・ハービー部隊を山にさし向けた。

 こうして西洋空軍の戦力が、本陣上空、山、海へと分散したのを待っていたかのように、天狗衆二千、龍三十、一反木綿、鬼火、火車、からかさ小僧、猛禽類、カラスやスズメバチの大群などの日本の全空軍が忽然と戦場に姿を現した。
 大天狗は、國作り作戦の始動とともに空軍を率いて鬼ヶ島を飛び立ち、混乱に乗じてその山の外周に待機していたのだ。
 戦局をじっと見極めていた大天狗は、西洋軍の空軍の戦力が分散したのを見るやいなや、即座に全軍を率い、山中のグリフォン・ハービー部隊を急襲した。
 戦力の差は圧倒的だった。
 カラスの群れがグリフォンの動きを封じ、スズメバチの大群がハービーを毒針の嵐に巻き込む。物の怪一族が怪鳥ロックを幻惑する。
 そこに主力の天狗衆と龍が強力な波状攻撃を仕掛け、西洋軍は防戦一方となり、やがて戦場から駆逐された。
 こうして、西洋軍本陣の空の守りは、モルガンと魔女部隊を残すのみとなった。
 日本空軍は、山から一斉に反転すると西洋軍本陣に狙いを定めた。

 モルガンは、ここに至り、やっと自分の失策に気づいた。
 それは、来るべき死を悟ることでもあった。

 全軍で迎え撃てば戦力は互角だったはずだ。
 しかし、もはやドラゴン師団を呼び戻す時間はない。
 魔女軍団だけでは日本空軍に対抗できない。

 そして…アーサーは自分を決して許さないだろう。
「勝利以外は死をもって償え!」と言ったのは他ならぬ自分だ。
 しかし、私は…。

 モルガンは、勝てる見込みのない相手に、敢えて魔女軍団を向かわせた。
 自分が逃げる時間を稼ぐためだけに、自分が手塩に掛けて育ててきた魔女軍団を生贄いけにえに差し出したのだ。
 モルガンは、透明マントを羽織ると、弟子の魔女たちが次々に襲いかかる日本軍の餌食になるのを横目で見ながら、密かに戦場を離脱した。


【大海戦】

 そのころ、海に向かったドラゴン師団は、竜宮城を探して入江付近を旋回していた。しかし、眼下には竜宮城に向かうフック船団の船影しか見えない。
 すると、突然、数隻の海賊船から火の手が上がり、一瞬遅れて爆発音がとどろいた。
 ドラゴンは、敵影を探して飛び回ったが、どこにも発見することはできなかった。

 このときフック海賊船団は、人魚部隊の誘惑攻撃に備えて、全員が耳に栓を詰めて竜宮城に向けて進軍していた。その耳栓が全く用をなさないほどの爆発音が海賊船団を包む。慌てふためく海賊たちの中、ただ一人、勘の良いフック船長だけがいち早く全てを悟る。

『竜宮城は進化した!おそらく水中からでも攻撃できる武器を手に入れた。
 こうなると俺たちもドラゴンもできることは何もない。
 ……だから言っただろうが、アーサー!しっぺ返しを食らうぞって!このくそったれが!
 シンドバッド、あとは頼んだぞ!』

「面舵一杯!全艦、竜宮城から離れろ!攻撃の餌食になるぞ!」
 フック船団は大きく右に舵を切った。

 浦島太郎は、凪の5日間全てを魚雷作りに費やしていた。
 魚雷と言っても構造は単純だ。
 信管と安定板がついた大型の筒に、火薬をこれでもかと詰め込んだ物で、推進動力はない。
 これをマグロやカジキたちが猛スピードで引っ張り、敵の直前で切り離してぶつける。
 いかにも原始的な兵器ではあるが、カジキやマグロが誘導することによって、ほぼ100%の命中率を得ることに成功した。
 そして、その破壊力は1~2発で海賊船を沈められるほどの威力を持っていた。

 シンドバッドは、開戦とともにクラーケンとシーサーペントの全軍を海中の竜宮城に急行させた。
 だが、これは浦島にとって予想どおりの展開だった。
 西洋軍の待機場所から竜宮城まではけっこうな距離がある。彼らが竜宮城にたどり着く前に、かなりの数を魚雷の餌食にできる。

 まずは、海賊船団に2発の魚雷を叩き込み、浦島が言った。
「海賊船への牽制はもういいでしょう。海賊船は物の怪一族がなんとかしてくれます。
 あとはクラーケンとシーサーペント部隊に全火力を集中してください。彼らを竜宮城に引きつけ、海岸に注意が向かないようにしてください。
 國作り作戦はどうなりましたか?」

「運河が!海岸から西洋軍本陣まで続く運河ができました!」
 偵察部隊から報告を受けたばかりの乙姫が興奮した声で伝えた。

「よしっ!!」
 珍しく浦島太郎も感情をあらわにする。
「大ダコたちは?」

「全軍、運河に入りました。追跡する者はいません!敵本陣までおそらくあと15分ほどです。」
 乙姫が、少し落ち着きを取り戻して答える。

「けっこう!では、敵の海軍はここで我らが迎え撃ちます。」

 だいだらぼっちは、浦島たち海軍が内陸に進軍できるよう運河を作った。
 しかし、それは諸刃の剣だ。
 フック船団やクラーケンたちに利用されたのでは元も子もない。
 だから、浦島太郎は自らを囮として、先に巨大生物軍団を西洋軍本陣に向かわせることにした。
 そして、西洋軍を食い止め、全滅させたあと、竜宮城ごと内陸に向かおうという作戦だ。
 それは、決して簡単なことではないと十分に分かっていた。
 むしろ無謀な作戦といってもいいだろう。
 だが、やらねばならないのだ。

「桃太郎、金太郎、待っていてくれ。すぐに駆け付けるからな。」
 浦島は小さく呟いたあと、一転して大声で指令を出した。
「全弾発射、敵を海岸に近づけるな!」

 竜宮城から一斉に魚雷が発射される。魚たちに誘導され、白い航跡を僅かに残しながら、それぞれの目標まで突き進んでいく。
 数分後、水中のいたるところで次々に激しい爆発が起こり、水柱とともにクラーケンやシーサーペントの巨体が空中に投げ出される。
 数匹のシーサーペントが魚雷をかいくぐって竜宮城に絡みつくものの、即座に殺戮部隊のシャチやサメが殺到して餌食となる。
 水中の爆発により、竜宮城から離れようとしていた海賊船団が木の葉のように翻弄され、そこに海坊主やクジラたちが体当たりを繰り返して追い打ちをかける。
 シャチが大きくジャンプをして海賊船の甲板の上に乗り、ひと暴れしてまた海に戻っていく。
 船から海に投げ出された海賊たちを待ち受けるのは、物の怪一族とハブクラゲ、ヒョウモンダコ、ミズクラゲ、ウミヘビたち猛毒生物軍団だ。
 船べりから舟幽霊や磯女がぞわぞわと甲板に這い上がってきて、海賊たちを取り囲み震え上がらせる。

 そして、海中の敵には何もできないと悟ったドラゴン師団が本陣に引き返していく。
 それを見たフック船長がとうとう観念する。

「分かった!分かった!降参だ!降参する!!もうやめてくれ!
 シンドバッド!そっちも手を引け!」
 フック船長が両手を高々と上げて隣の商船に向かって叫ぶ。
 商船の甲板で、シンドバッドが耳栓を外しながら叫ぶ。
「あ!?何て言った?こっちはとっくに壊滅してるぞ!」

 こうして海の戦いは、開戦後わずか40分にして日本軍の完全勝利に終わった。
 浦島太郎は、喜ぶいとまもなく、降伏した海賊船の見張りを物の怪一族に任せ、竜宮城を運河に向かわせた。

「全速前進!このまま運河に突っ込みます。
 目的地は西洋軍本陣!
 兄弟たちに合流します。
 急いでください!」


【アーサー王 出陣】

 制空権をもぎ取り、破竹の勢いで進撃を続ける日本軍であるが、西洋軍は倒しても倒しても次々に湧いて出てくる。まさに無尽蔵の兵力だ。
 そこにドラゴン師団が海から帰還し、地力で勝る西洋軍がじりじりと日本軍に圧をかけ始めた。

「押し切れ!下がった時点で負けるぞ!!」
 大天狗が敵をなぎ倒しながら日本軍を鼓舞激励する。
 金太郎が、桃太郎が、四天王が、温羅が、酒呑童子が、ヤマタノオロチが、それに呼応して雄たけびを上げながら前へ前へと切り進む。山頂に居座っていたぬらりひょんまでがぬらりぬらりと刀を振るう。敵の矢や剣で身体が針の山のようになった大ダコがまた前進を始める。天狗衆が力を振り絞り再び空に舞い上がる。

 しかし、西洋軍の圧力に耐え切れず、まずは、全国から徴兵された即席編成の動物たちが敗走を始めた。
 次に、金太郎の山の仲間たちが健闘むなしく、年老いたクマ一頭を残して後方へと移動を開始した。
 手負いの兵士も増え、日本軍の進軍が完全に止まったそのとき、

 ザッパーン!
 盛大な水しぶきを上げて竜宮城が川面に浮上した。
 竜宮城の上に淡い虹がかかる。

「姫様!兄弟!待たせた!!」
 浦島太郎が叫び、砲門がギリギリギリと開き、西洋軍本丸に向けて激しい砲撃を始めた。

 爆発音とともに激しい炎と黒煙が立ち上がり、再び、日本軍に勢いが戻ってくる。
「乙姫!あとは頼みました!」
 浦島太郎は玉手箱と愛用のもりをガッと掴むと竜宮城を飛び出していった。

 前へ、前へ。
 みんなの気持ちが一つになる。
 大乱戦の中、敵味方のむくろを乗り越えて、日本軍がジリジリと西洋軍の本丸に迫る。
 西洋軍の圧が徐々に小さくなっていく。

 あと少し、あと少し!

 西洋軍の本丸まであと少しと迫ったとき、西洋軍の兵士群がザッと割れ、本丸まで続く道ができた。
 その奥に、円卓の騎士団を従えたアーサー王の姿がゆらりと現れた。
 アーサー王は、左手に魔剣エクスカリバーをぶら下げ、まるで散歩でもしているかのような気負いのない足取りで近づいてくる。
 しかし、王から噴き出す途轍もなく剣呑な闘気に、戦場の動きが止まる。

 そのとき、意を決した一匹の龍が上空からアーサー王に襲いかかった。
 王は、上を見るでもなく、鞘から抜いたエクスカリバーを軽く一振りすると龍が空中でバン!と四散し、塵となって消えた。

 両軍が立ち尽くし、静まり返る中、アーサー王が高らかに叫ぶ。

「日本童話界の住人たちよ!
 よくぞわしをここまで楽しませてくれた。
 心より礼を言うぞ。
 だが、わしはまだまだ満足しておらん。
 泥仕合は終わりにして、最後はわしが相手をしてやろう。
 お前らの将は誰だ?」

「私です!」
 かぐやが叫び、龍から飛び降りてアーサー王と離れて対峙する。

「ん…、女ではないか。わしは女子供を殺めるのは好かん。代わりに誰か一番強い者を出せ。」

「私たちは一人ひとりが全員強い!一人ひとりが日本童話界です!」

「ふん。ならば、皆殺しだ。
 皆の者、手を出すなよ。
 わしの楽しみを奪うものは即座に首を撥ねる。」

 アーサー王がエクスカリバーをブン!と振ると、紫色に揺らめく衝撃波がかぐやを襲った。
 咄嗟に大天狗がかぐやの前に出て、強力な結界を張る。
 ガギンッ!!
 結界はたった一撃で消え失せた。
 本能的に危険を感じ取った大天狗はかぐやを抱え、すぐさま後方へ大きく飛んだ。

 間髪を入れず、騎兵、イヌ軍団、サル軍団が一斉にアーサー王に殺到する。
 王は悠然と構えたまま、エクスカリバーを地面にドン!と叩きつけると兵士達が四方に大きく吹き飛ばされた。

「みんな、下がれ!」
 すかさず、金太郎がアーサー王の懐に素早く飛び込み、後に回り込んで渾身の力で羽交い絞めにする。
 そこに渡辺綱わたなべのつな卜部季武うらべのすえたけ碓井貞光うすいさだみつの源頼光四天王が、付喪神つくもがみが宿った武器を叩き込む。クマが力を振り絞って鋭い爪をアーサー王の首筋に突き立て、酒呑童子が重い蹴りを膝の正面に入れた。
 アーサー王は、一瞬ガクンと膝をついたが、その傷は瞬時に塞がり、左手に持った鞘を一閃させると金太郎たちは吹き飛んだ。

 それと入れ替わるように、温羅うらがアーサー王に飛び掛かり、エクスカリバーを持つ右手を抑え込む。
 そこに桃太郎が全身全霊の力を込めて鳳凰の剣を振り下ろす。
 確かな手応えを感じた桃太郎が、勝利を確信すると、アーサー王は平然とした顔を桃太郎に向けた。
「これで終わりか?」
 アーサー王は、温羅と桃太郎をまとめて遠くに投げ飛ばすと、
「他におらんのか?」
 とつまらなそうに嘆いた。

「やつは不死身なのか?」
 桃太郎は、地面から半身を起こし、呆然と呟いた。

「兄弟!王から離れろ!」
 浦島太郎が、竜宮城に手を上げて合図を送る。
 乙姫の正確無比な砲撃がアーサー王を直撃する。
 轟音と火柱と黒煙がアーサー王がいる場所を包む。
 続けて2発。3発。
 しかし、黒煙が風で飛ばされると、アーサー王はそこに平然と立っていた。
 そして、竜宮城を暗い目でじっと見た後、エクスカリバーを真っすぐに向けて、その柄尻を軽くトンと叩いた。
 ドーン!
 その瞬間、轟音とともに禍々しい紫色の渦が城壁を直撃し、竜宮城に大きな穴が開いた。

 絶望感に支配された日本軍は、もはや立ち尽くすしかすべがなかった。


【決着】

 そして、アーサー王がエクスカリバーの剣先を品定めでもするかのように日本軍に向け、大きく振りかぶったその瞬間、
 ピーターパンの甲高い声が戦場に響いた。
「姫様!さやです!アーサー王の力は剣にはありません!全ての力の源は鞘にあります!」
 ピーターパンがティンカーベルとともに、上空から急降下してきて叫ぶ。

 アーサー王が、余計なことを言うなとばかりにギッとピーターパンを睨み、エクスカリバーを振る。
 ピーターパンはそれを予測していたかのようにひらりとかわす。
 その一瞬の隙をついて、大天狗がアーサー王に疾風の如く飛び掛かり、左手の鞘を奪い取ろうとしたが、一瞬早くエクスカリバーの柄を首筋に叩きつけられ崩れ落ちる。
 すかさずその背後から、龍の背中に乗ったかぐやがアーサー王に飛び込むが、左手でいとも簡単に遠くに吹き飛ばされる。

「残念だったな。
 せっかく勝機が訪れたというのに。
 でも、最後まで楽しませてもらったぞ。
 それでは、お前たちの将の首をもらうぞ。」

 アーサー王が、倒れているかぐやに向かってゆっくりと歩んでいく。
 浦島太郎が全力でかぐやに駆け寄り、覆いかぶさる。
 その上に、桃太郎が、金太郎が、次々に覆いかぶさり、かぐやを守る。

「なんと健気な忠臣たちだ。
 よかろう。そろってあの世に旅立つがよい。」

 王が、かぐやたちの目の前で立ち止まり、エクスカリバーを天高く振り上げた。

 と、そのとき、王の左手の鞘が一瞬ぐいっと捻じれたあと、王の手を離れ宙に浮かんだ。
 鞘はそのまま上空に飛んでいき、ぴたりと止まった。

「アーサー、お前はもうお終いだ!」
 甲高い声が空中の鞘の辺りから聞こえてきた。
 魔女軍団長モルガン・ル・フェイであった。
 モルガンが、透明マントを脱ぎ棄て、箒に跨りエクスカリバーの鞘を高々と掲げた姿が現れた。
「これがない貴方は、もう、ただの老いぼれた王でしかないわ。
 私は、お前の呪縛に縛られるのはもうごめんだ。
 さっさとそいつらに殺されてしまいなさい。」

「モルガーン!!」
 身内に裏切られ、激高したアーサー王が、吠え、振り上げていたエクスカリバーをモルガンに向けて、渾身の力を込めてブン!と振った。
 しかし、戦場に風を切る音が虚しく響いただけで、モルガンは平然とその場に浮かんでいる。
「アーハハハハハハハハ!」
 モルガンは、アーサー王を蔑んだ目で見て笑ったあと、びゅんと飛び去った。

 すくっと立ち上がった金太郎が、呆然と立ち尽くすアーサー王の肩を掴んでぐいっと振り向かせ、その鼻っ柱に全体重を載せて大きな拳骨を思いっきり叩きこんだ。
 ゴッ!
 吹き飛んだアーサー王が地面にもんどりうって叩きつけられる。
 エクスカリバーを杖に、よろよろと立ち上がったアーサー王が顔を上げると、口の端と鼻からつーっと血が流れ落ちる。
 左手の甲で顔をぐいっと拭ったアーサー王が、それが血だということに気づいて呆然と見つめた。
 しかし、その表情は、まるで憑き物でも落ちたように穏やかなものだった。

「懐かしい…。
 痛みというのは、こういうものだったな。
 楽しいぞ。
 負けるということは、こんなにも楽しくて悔しいものだったんだな。」

 そう呟くとアーサー王は再びどうと地面に倒れ込んだ。
 円卓の騎士団が一斉に王のもとに駆け寄る。

 それと同時に、西洋軍の兵士たちが、ハッと我に返り互いの顔を見る。
 いち早く正気に戻ったドン・キホーテが、大声で西洋軍に呼びかける。
「アーサー王の狂気は去った!わしらへの呪縛も解けた!わしらの負けじゃ!矛を収めよ!」
 兵士達が次々に武器を投げ出し、呆然と立ち尽くす。

「みなさん!私たちの勝利です!!
 これ以上の戦いは無用です!」
 三太郎に抱えられ、かぐやが叫ぶ。

「勝った…のか?」
 一瞬の静寂のあと、日本軍の兵士がワッと歓声を上げ、精も根も尽き果ててその場にへたり込む。
 そして、へたり込みながら互いに肩を叩いて喜び合う。
 倒れ込んでいた大天狗が意識を取り戻し、物の怪たちから祝福を受けている。
 イヌ軍団が喜び駆けまわり、サル軍団がゴリラのドラミングに合わせて踊り出す。
 大空では、龍やキジ軍団が乱舞し、山から動物たちの喜びの雄たけびが聞こえてくる。

 その時、夕闇が迫る戦場に絶叫が響いた。
「勝手に戦争を止めるな!!最後まで戦え!!」
 ここにもまた一人、戦争に取り憑かれた男がいた。
 青ひげだった。
 竜宮城の砲撃で負傷したのであろう。額から血が流れ落ちている。
 西洋軍の本丸からよろよろと歩いてくる。

「私は、負けを認めん!
 お前らまだ戦えるだろうがっ!
 剣を拾え!戦え!」

 しかし、兵士は誰一人として呼応しようとはしない。

「この腰抜けどもがっ!
 ふざけるなっ!!」
 青ひげは、胸の辺りに飾ってある大きな宝石を引きちぎった。

「姫様!宝石の中にメデューサが!」
 ピーターパンが叫ぶ。

 青ひげが、宝石を掴んだ右手を大きく振りかぶると同時に、浦島太郎が、小さな朱色の箱を括り付けた愛用のもりをビュン!と投げた。
 銛は放物線を描いて青ひげの足元の地面にドンと突き刺さり、ぱっかりと玉手箱の蓋が開いた。
 箱からもやもやとした白い煙が立ち上り、青ひげはみるみるうちに腰の曲がった老人の姿に変わり、その手から宝石がポロリと落ちた。
 すかさず、ピーターパンが、まだ煙が漂う中、ひらりと舞い降りて宝石を奪い取った。

「ピーター!玉手箱の煙っ!大丈夫っ!?」
 思わずかぐやが叫ぶと、ピーターパンはにっこり笑って言った。
「姫、大丈夫です!僕が大人にならない少年だということをお忘れですか?」


【そして世界は】

 こうして、日本童話界と西洋童話界の戦争は終結した。
 だが、両軍の犠牲はあまりにも大き過ぎた。
 草原に、山に、海に、両軍兵士の幾多のむくろが眠っている。
 海では、人魚部隊が両軍に向けて鎮魂歌を厳かに歌い上げる。
 かぐやは煌々と輝き出した月に祈りを捧げた。

 すると、突然、空が金色の光できらきらと満たされた。その輝きは月光をも凌駕し、地上のすべてを黄金色に染め上げた。
 その空に現れたのは、整然と隊列を組んだ幾千の月の軍勢だった。
 先頭に立つ武将は、まばゆいばかりの金色の甲冑に身を包んでいる。その鎧は月の光を受けて煌めき、まるで太陽そのものが現れたかのような錯覚を起こさせる。兜には三日月の形をした飾りが付き、顔を隠す面には星々の模様が刻まれている。
 軍勢は不思議なほど静かだが、その存在感は圧倒的で、地上の者たちは畏怖の念を抱かずにはいられなかった。

 武将が、うやうやしくかぐやに頭を垂れた。
「かぐや様、只今、参上致しました。私どもはどのお方を討伐すれば宜しいでしょうか。」

「戦は終結しました!武力は不要です。
 今、私が望むのは、全ての童話界の住人が、戦争前と変わらず、童話の素晴らしさを全世界の子どもたちに届けていくことです。
 そのためには、童話を伝える使命を持った全ての命を取り戻さなければなりません!」

「御意。
 では、永遠の月の矢をこの世界に奉納することにいたしましょう。」

 月の軍勢が一斉に弓を構え、黄金色に輝く矢をビュンと天空高く放った。
 放たれた矢は黄金色の空に吸い込まれていき、やがて空から金色に煌く雪のような光が降り始めた。
 光は、草原に、山に、海に、キラキラと降り積もり、むくろを優しく包んだ。
 そして、全ての童話世界の戦争の犠牲者が静かに蘇った。

 仲間と再会した兵士たちが、涙を流して喜び、抱き合う。
 そして、世界を優しく包んだ金色の光は静かに消えていった。

 アーサー王がかぐやに声をかける。
「かぐやとやら。迷惑をかけたな。
 どうやらわしは、ずっと悪い夢を見ていたようだ。
 そもそも平和に飽きるなど、王としては失格かもしれんな。」

 かぐやがアーサー王を優しく見つめて言う。
「アーサー王。私の時代からさらに千年も後に、ある方が詠んだ句があります。

『おもしろきこともない世を面白く、すみなすものは心なりけり』

いかがですか?
どのようにお感じになりますか?」

「おもしろきこともない世を面白く…か。
 ああ、まさにそういうことだったんだな。
 わしも、そのような境地になれれば良かったのだ。
 次に会うときには、少しはましな王になっておこう。
 いつか、遊びにまいれ。歓迎するぞ。
 皆の者、国に帰るぞ!!」

 円卓の騎士団を従えたアーサー王が天空の暗黒空洞に吸い込まれていく。
 魔女、騎士団、トロール、ドラゴン、サイクロプス、ゴブリン、ユニコーン、巨人、狼、グリフォン、ハービー、数十万の西洋軍が次々に空に昇っていく。
 ピーターパンの姿を見つけたフック船長が、暗黒空洞に向かうジョリーロジャー号の上でなぜか嬉しそうにカギ爪を振り回している。
 迎えに来た従者サンチョ・パンサに説得されて、ドン・キホーテが渋々ながら国に戻っていく。
 西洋軍が戻っていくにしたがって天空の暗黒空洞は次第に小さくなっていく。
 そして、一番最後に箒に跨ったモルガン・ル・フェイが滑り込むように飛び込んだ直後に、暗黒空洞はフッと消え去った。

 それを見届け、月の軍勢が静かに月に帰還していく。
 煌々と輝く美しい月夜の下には、日本童話界の住人だけが残された。

 大天狗がかぐやに訊ねた。
「さて、かぐやよ。これからどうするのじゃ。」

 三太郎が興味深げにかぐやの顔を見つめる。

 かぐやはしばらく考えて言った。
「そうですね…今は、みんなでお月見でもしませんか?」

 かぐやが柔らかく微笑んだ。

(おしまい)

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