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祖母のドサンコ式編み物

90歳を過ぎても祖母は手先が達者で、毛糸と編み針を渡すと、半日ほどでマフラーを編み上げた。
「ほら、しのぶちゃん。よく見なさい」
両手に針を構え、右手で忙しなく糸をかける祖母。
習おうにも、速過ぎて全然見えない。
いい気がしない私は教本を読んで知恵をつけ、
「おばあちゃん、その編み方アメリカ式って言うんやろ?」
と茶々を入れた。
「アメリカじゃないわよ。私は道産子よ」
祖母は目を釣り上げて抗議しながらも、編む手を止めなかった。
「私が子供の頃は、お母さんが編んでいるのを横で見て覚えたのよ。本なんて読まないわ」
それ以来、できるだけ“ドサンコ”式で編むようにしている。

祖母は北海道出身で、3人姉妹の真ん中だった。
姉は病気がちで、妹は手がかかる。
父親は早くに亡くなっていて、母親の気を引くのに必死だったらしい。
そこで祖母が選んだ戦略が“編み物”だった。
北海道では防寒のため、ニット製品が欠かせない。
趣味ではなく“生きるため”の編み物だ。
子供たちの防寒具を編む母親のそばで、自分も見よう見まねで編む。
普段は忙しくて相手をしてくれない母親が、自分だけに語りかけてくれる。
「姉も妹も編み物しないから、その時間だけはお母さんを独り占めできたの」と祖母は話していた。

祖母は、昨年8月に亡くなった。
流行病の影響を受け、介護施設は家族の面会を中止。
連絡を受け駆けつけた時、祖母は息をしていなかった。
今にも起き上がって話出しそうな顔。
まだ温もりが残る体。
収納箱に残されたノートには、「さみしい」と書かれていた。

祖母に最後に会ったのは、7月のことだった。
新しい介護施設に移ってから、知り合いがおらずつまらなそうにしていると聞き、毛糸と棒針を持ち込んだ。
ふくよかだった祖母は別人のように痩せ細っており、余命1ヶ月を宣告された。
それでも毛糸と編み針を渡すと、
「しのぶちゃん、何を編んで欲しい?」
と、いつもの表情を見せた。
糸玉から糸端を丁寧に取り出し、作り目を作る祖母の姿が、未だ頭から離れない。

そして私は今、腹巻帽子を編んでいる。
梅村マルティナさんが考案したアイテムで、その名の通り腹巻の形をした帽子である。
ネックウォーマーにもフードにもなる優れものだ。
輪針を使い2種類の毛糸をぐるぐる表編みするだけで、簡単に仕上がる。
使用しているOpal毛糸は、編み進める内に美しい柄が次々現れて飽きない。
ぼんやり考え事をしたいときにちょうどいい。
緑と茶色の縞模様を愛でながら1年を振り返り、年が明けると同時に糸の色を変え、もう半分を編み進める。
なんとなく赤っぽい色が良いだろうと選んだ糸は、祖母が生前愛用していたカーディガンの色柄にそっくりだった。
編み物をしている間は、祖母と一緒にいられる。
そんな気がした。

「しのぶちゃん、何を編んで欲しい?」
聞きはするが、祖母は靴下を編む気だろう。
「おばあちゃんの好きなものを編めばいいよ」
私は、祖母が自分のものを編んでいるのを見たことがない。
「おばあちゃんはいいのよ。人のを編むのが好きなの」
結局、リクエストを聞き届ける前に編み始めている。
「次に来てくれる時までに完成させておくからね」

編みかけの靴下は、先のノートに重ねて保管されていた。
いつか、その時が来たら、続きを編んでみようと思う。

【腹巻帽子】の編み方は、
梅村マルティナさんのご著書『しあわせを編む魔法の毛糸』に収録されています。
YouTube公式チャンネルでも解説動画を公開されています。


各色29cmずつ編みました。長さはお好みで。


真ん中でひねって重ねて帽子にも。

■使用毛糸
【Opal毛糸】
Van Gogh (ヴァン・ゴッホ) 4ply 5432番色(ひまわり)
Van Gogh (ヴァン・ゴッホ) 4ply 5436番色(ゴーギャンの肘掛け椅子)
■使用道具
addi メタル輪針(Sock Rockets)40cm サイズ3.00mm / 3号


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