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【小説】 蒼(あお)〜彼女と描いた世界〜  第9話 

第9話 オリバー
 
それから三日後にオリバーはジャンの店に現れた。


「どうも。洋服を取りにきました」
無愛想なオリバーが突然現れて、ジャンはやっと来たか。という思いと、本当に来てしまったという少しの動揺があった。
けれど、なるべく表情には出さずに、
「お持ちしますね」そう言って、奥の部屋からオリバーが注文していたポケットの沢山ついた洋服を持ってきた。
「この様な感じにで、仕上げさせていただきました」
オリバーは、ジャンの広げて見せたその洋服をチラリとだけ見て、
「ああ。十分です」と簡潔に答えた。

少しの沈黙の後、オリバーは喋り出した。
「……それから、……話はリリーから聞いていると思うけれど……どうかな?」
ジャンは、いよいよか。と言う様子でその質問に返した。
「……森の事、ですよね?」
「ええ。本当に行く覚悟はありますか? 直接確認したい」
「もちろんです。怖くなんかない! 覚悟は、あります」
ジャンは、胸に右手を当てて答えた。
「僕は君たちに何があっても責任は取れないから。それでもいいですか?」
「大丈夫です。自分で、行くと決めたので」
「……わかりました。じゃあ、かしこまった話し方はやめてラフによう。仲間という事で」

少し漂っていた緊迫感から解放された様で、ジャンのピシッと伸び切った背筋はいくらか緩んだ。
「そうだね。……リリー、出ておいで」
そう呼ぶと、扉の後ろで様子を見ていたリリーがふわりと出てきた。
「オリバー、待っていたのよ」
「ぼくも色々と準備があってね」
「……フルーツサンドとか?」
リリーはわざと聞いた。
オリバーは少し恥ずかしそうに、
「何で知ってる? だって、好きなんだからしょうがないだろう。もしかしたら食べられるのが最後になるかもしれないんだ。……食べておかないと」
とちょっと慌てながら言い訳をしていた。
けれど、二人は食べられるのが最後かもしれない。という言葉の方に反応した。
ジャンは、おずおずと、しかし疑りながら聞いた。
「そんなに危険なの?」
「もちろん危険な場所だ。後悔が無い様に、やりたい事は今のうちにしておいた方が良い。身辺整理とか。もう、こっちの世界には戻らない覚悟で」
「戻らない覚悟?」
ジャンはどきりとした。
「扉の向こうはどんな世界なの? 安全で、住みやすい世界? どんな場所?」
「……向こうの世界の情報は、実は、どんなに調べても詳細は分からなかった。……噂程度にしか」
「資料を沢山持っているのに、分からないのか? どんな噂?」
「夢の世界や望む世界。みんな言い方はバラバラだけれど、そんな感じの事を言っていたね」
リリーはふたりの会話に目を輝かせながら、割って入った。
「素敵ね! 冒険の価値はあるじゃない」
ジャンは不安そうに両腕を組んで聞いていた。リリーは続けて、
「私たち、準備ももうしているわ」と誇らしげに言った。
「そうなんだ。どんな準備か見せてもらっても良いかな」
「ええ、もちろんよ」

リリーはジャンの服を引っ張り、用意しておいた鞄の方へと向かった。
「わかったって。取ってくるよ」
ジャンは荷物を詰めた鞄を取ってきて、中身をカウンターに並べた。
懐中電灯、三日分の洋服、簡単に食べられる食事、水、軍手、虫除けスプレー。
オリバーは、その中身を見て呆れた様子だった。
「遊びにでも行くつもりなのかい?」
「そんな言い方しなくても良いだろう。真面目にやったさ。どれも必要だろう?」
「これが、真面目にした準備? じゃあ、やり直しだね」
と呆れた顔をして言った。
リリーもなんでダメなのか分からなかった。
「何が足りないの?」
「……あえて言うなら、覚悟かな。まあ、良いよ。いちから説明するのも面倒だし、僕がもう少し準備して行くから、君たちはもうちょっと考えて必要そうな物を準備しておいてくれ。まだ時間はいくらかあるから」
少し呆れた様子だった。
「時間はあるって、いつ出発なの?」
「一週間後だ。それより早すぎても、遅すぎてもダメだ」
「いつ行くか早く教えてくれていれば良かったのに。あなたが全然来ないから、いつ行くのか分からなかったわ」
「ギリギリまで計算していたからね。扉の所に行くにはちょうど良いタイミングじゃないと駄目なんだ。君にこの計算の話をしても分からないよ」
「……」
リリーはちょっとムッとした。

「じゃあ、はい。洋服のお代。この間注文した洋服も受け取ったし、もう行くよ。準備する事も増えてしまったしね」
オリバーは一週間後に来ると言って、店を後にした。
「行っちゃったね。……準備も怒られちゃったね」
「だって、仕方ないよ。初めて行く森なんだ。何が必要かなんて分からない」
リリーは、うんうんと頷いていた。
「そうだよね。足りなかった物って何だったんだろう。教えてくれても良いのにオリバーって少し意地悪よね」
「まあ、準備してくれるならその方が楽だし、オリバーに任せよう。僕たちはもう少し考えて一週間後に備えよう。店を閉める準備もしなくちゃね」
「そうね。落ち込んでいてもしょうがないわ。私も、準備のお手伝いするわ」


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