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GUILTY&FAIRLY           『紅 別の世界とその続き』著 渡邊 薫    

第六章  アンナ

 

僕はリリーに連れられて木々が立ち並ぶ街外れにやって来た。

本当に、この木々の先には海があるのか。

海なんて、生まれて初めて見る。

僕は、期待とソワソワした様子がリリーにバレないように平静を装っていた。

リリーは、僕の腕をグイッとひっぱり、

「早く行こう!!」と、笑顔ではしゃいでいた。

僕はリリーに引っ張られるままに木々をすり抜け、

とうとうやって来た!

海に!!

足元は真っ白なサラサラとした砂が一面に広がり、その先には太陽の光が反射した、透き通るように美しい柔らかなブルーの海があった! 

細やかなラメがキラキラと輝いているようだった。

小さく砂浜に寄せる波が白いサラサラとした砂を捕まえては海に引き込んでいた。

空は、淡いブルーとピンクの雲が太陽に優しく照らされていた。

とても幻想的だった。

人魚がいてもおかしくないと思った。

僕はサッと、靴を脱いで海の方へと走りだした。

すると、リリーは大きな声で僕に向かって叫んだ。

「ジャン! 危ないっっ!」

リリーが大きな声を出したので、海に太腿まで浸かったところで僕は立ち止まってリリーの方に振り返った。

すると、リリーは、手をこまねいて僕を呼んだ。

「早く!! こっちに戻って来て!!」

何でなんだろうと、海の方へと向き直した途端、僕の顔スレスレに何かが噛みつこうと海の中から飛び出して来た。

「うわあああぁあっっっっ!!!」

僕は思いきりのけぞり、こけそうになりながら後ろへと逃げた。

海の中から飛び出して来た何かは、ジャボンッと大きな音を立ててまた海へと潜り込んだ。一瞬僕の目の前に現れ、僕と目を合わせたその何かの瞳は、まるで人間のようだった。

僕の見間違いか??

リリーは、僕の方へと駆け寄り、僕の腕をグイッと引っ張った。

「突然走り出して、びっくりしたじゃない! あんなに無防備に海に飛び込んで行くなんて、ジャン、食べられちゃうわよ」

「僕、食べられそうだったの? やっぱり?」

「足、食べられてないわよね?」

そう言われて僕は、ガクガク震える自分の足を慌てて確認した。

良かった。何ともなっていない。

「何? 今の!」

「人面魚よ」

「人面魚? 君、人魚だって言ったじゃないか」

「人魚は、アンナよ! さっきのは知らない! 人面魚なんて沢山いるんだから、勝手に彼らの世界に踏み込んじゃだめよ! 海は眺めるものなの!」

「早く言ってよ。食べられちゃうところだったじゃないか。……それで、アンナってどこにいるの?」

「アンナは、海の底の方よ」

「じゃあ、会えないじゃないか」

「呼べば良いのよ」

「どうやって?」

「……こうやって」

——そう言うと、リリーは、す〜っと息を吸い込んで、優しい声で歌った。

語りかけるように歌うリリーは、神秘的な海の背景もあってか、優しい女神にも見えた。

リリーの歌声に聞き惚れていると、先程まで静かに波打っていた海が渦を巻き始めた。

渦の中心から、黒髪ロングの綺麗な女性が顔を出した、胸元までオーロラのドレスを着ているような彼女は、リリーの歌声に答えるように妖艶で、悪戯な笑顔で歌った。

彼女は歌ったかと思うとまた海に潜り、次の瞬間、水面から顔を出し、肩幅より大きな薄くヒラヒラとした尾鰭を翻しながらクルリと宙を舞った。

何とも神秘的な姿だった。

僕だけが取り残されているようだった。

僕はただ茫然とその場に立ち尽くし、彼女たちの歌に聴き入っていた。

 

「アンナ! 遊びに来たの」

「また来てくれたのね。彼は?」

「ジャンよ。彼のお店のお手伝いをしているの」

「ああ、あの彼ね」

アンナは、とても意味深そうに頷いている。

アンナとリリーはとても仲が良さそうだった。

「どうも。よろしく」

と僕が言うと、人魚のアンナはゆっくりとお辞儀して妖艶な笑顔で言った。

「よろしくね」

 

その日、僕らは日が暮れるまで海で過ごした。彼女達の会話は凄い。

とめどなく次から次へと新しい話題が上った。

僕はやっぱりその場に取り残されているような感覚で、途中で一人海を眺めながらただぼんやりと過ごした。

彼女達の話は、地上の世界の話をリリーがして、海の奥底の沢山の生き物の話をアンナがしていた。

海の中の生き物は、先ほどの人面魚もいれば、ほとんど人間のような姿で海底で暮らす人類魚もいるとの事だった。

海底にいる人魚も魚と人間の割合はまちまちらしい。

アンナは見た感じだと体の6割ぐらいが魚でどちらかと言うと少しだけ魚寄りだ。

色鮮やかなサンゴや黄金に光るクラゲ、夢のような光景を語るアンナの話に、リリーは夢中な様子だった。

 

 

 

リリーは、海からの帰り道に僕にこう言った。

「良いよね〜。海の中の生活。価値の証明が要らないんだって。アンナたちの世界」

「……君はずっとその、価値の証明の話をしているけれど、そんなに重要な事なの?」

「重要だよ! だって自分に価値がなきゃ、何の為に存在しているの?」

「それは、生きるために」

「だから、何で生きているのか、だよ」

僕はリリーの言っている事の意味がよく分からなかった。

何となくは分かるけれど、多分本当の意味では理解していなかった。

僕は曖昧に濁した返事をした。

「う〜ん。何で、なのかな」

僕には正直どうでも良かった。人からの評価とか、あまり興味ない。

リリーに、ご飯でも食べに行くかと誘ったが、アンナと話せて満足だから今日は帰る、と言われてしまった。

 

家の前に着くとリリーは手を振ってサッと帰って行った。僕は夕飯の買い物に一人で行く事にした。

まだ正直一人でお店に行くのは不安だったが、リリーにあっさり断られてしまったので一人で行くと決めた。


GUILTY&FAIRLY  『紅 別の世界とその続き』(渡邊 薫 著)
全てはある妖精に出会ったことから始まった。
これは、はたして単なる冒険の物語だろうか。

異世界への扉。パラレルワールドに飛び込むことが出来たなら、どうなるのだろう。
自分自身はどう感じ、どう行動していくのだろう。
あるはずがない。
凝り固まった頭では、決して覗くことのできない世界。 https://a.co/9on8mQd
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