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今はもう消えてしまった京都の本屋のはなし・4


更に続きます、京都の消えてしまった本屋さん。
今までの記事はこちらのマガジンにまとめました。


上の「1」の記事でちらっと書いた、2005年閉店の河原町の丸善。
こちらは1940年にオープンですから、今まで書いてきた中でトップの寿命です(もとは1907年に三条麩屋町に建てたものを移転したそうな)。


閉店した時には本当にショックでした。
だって「京都」から「丸善」がなくなるなんて、思いもしないことじゃないですか。


京都で丸善、と言えば、そう、アレですね、『檸檬』です。


金も無ければ家も無い、肺も悪いし気分も暗い。
鬱々とした気持ちを抱えて街をふらふら彷徨う中、ふと行き当たった一軒の八百屋、その軒先にくっきりと原色に光る、芳しくひんやりとした檸檬の姿。
それをひとつだけ袂に入れて、妙に幸福な気持ちで歩く内、足は丸善の前にたどり着く。

以前は店に並んだ美しい贅沢品を眺めるのが好きだった、けれど金の無い今の自分には何とも重たい場所だった。
今なら入れる、そう思って乗り込んだのに、またも気持ちが沈み込む。
大好きな美術本さえ手に重く、出しても戻すことさえできず、ただただその場に積み重ねてしまう。

その時ふと気づく、「そうだ、この檸檬を乗せてみよう」。
カラフルな本をたくさん積んで、一番上に檸檬を置く。
すべての色彩が檸檬に吸い込まれ、カーンと冴える。

それをそのままにして店を出る。気持ちは何ともくすぐったい。そうだ、あの檸檬は黄金色の爆弾で、自分はそれを仕掛けた悪漢だ。今にもあれが爆発し、丸善は粉葉みじんとなるのだろう。
そんなことを考えながら、京極通を下っていく。



ごくごく短く、なのに一度読むと忘れられない、そんな短編です。
この当時の丸善は、建物としては建て替わってしまったのですが『檸檬』パワーはことのほか強く、閉店するまでずっと、月に幾つも、店内に「檸檬爆弾」が仕掛けられていたとか。
閉店が決まってからはそれこそ爆発的勢いで置かれていったそうであります。
ただ、上の階の美術本コーナーは全店閉店前に先行閉店されていたので、惜しむらくは美術本に積めなかったことでしょうか。

最終日近くにでかけたところ、店の一角に「檸檬コーナー」が用意されていて、『檸檬』文庫の横にカゴに積まれた大量のレモン、そして檸檬爆弾スタンプがあった(ちなみにこのスタンプ、今の丸善で押せます)。
勿論押したし写真も撮りましたが、引越しの際にどこにしまったか判らなくなってしまいました。出てきたらあらためて写真アップします。

冷静になって考えてみたら、「これであの気詰まりな店を大爆発させて木っ端微塵にしてやるぞふふふ」て話を店のセールスポイントにするってどうかしてる気もするんですが(笑)。
当時の丸善の店員配置がどんなんだったか存じませんが、ほんとにこんなに本をむちゃくちゃにしてたら途中で「お客様それはちょっと」言われそうです(実際に目の前でこんなんされてたら怖くて声かけられないでしょうけども)。
とは言えやはり京都の丸善にはレモンです。

閉店後、ビルはそのままに、カラオケ店が入店。
カラオケに罪は無いとはいえ、何とも辛く、しばらくは前を通っても見ないようにしていたものです。


冒頭写真は、閉店した2005年の10月に発売された雑誌『Lapita』の付録、ミニ檸檬。
1999年に丸善が創業130周年記念で出した万年筆「檸檬」を85パーセント縮小して復活させたものです。
勿論、買いました。
と言うか、当時『Lapita』は毎号買ってた。

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箱の裏とペン先。
『Lapita』のシンボルマークだったカエルと、「LEMON」の文字が見えます。
撮影の為に箱に入れ直しましたが、普通に使っています。写真撮ってから気づきましたが、ペン先ちょっとインク汚れがついてますね。
今入っているインクはこちら、「京の音 青鈍」。
いい色です。


さて1回目の記事の通り、2015年にBALビルが再オープンの際、ジュンク堂ではなく丸善書店が入店。
「京都に丸善復活」とたいそうニュースになりました。

……が、悲しいことに、檸檬を売っていた八百屋さん、その名も八百卯(やおう)、こちらが丸善再開前の2009年、閉店してしまいました。
御池から上の寺町通は、ひろびろとしらじらと明るくて、気持ちの晴れるようないい店がたくさん軒を連ねていて、この店もその中のひとつでありました。とても悲しかった。

丸善が消えた時には、本当に、こんなに根付いていたものまでもが失われるんだ、と大きなショックでありました。
街並みって放っておくとどんどん変わっていくんだ、それは京都のような世間では「古都」と呼ばれる土地でもそうなんだ、と。

けれどもどうにか踏みとどまりたい。
そんな気持ちを応援する働きです。
どうかご一読ください。


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