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【読書】嘘つきジェンガ / 辻村深月【感想文】

ずっと楽しみにしていた辻村深月さんの「嘘つきジェンガ」を読んだ。発行されたのは昨年の8月。図書館で予約したのが一体いつだったか思い出せないけれど、きっと多くの人がわたしの前に予約を入れていたのだろう、利用者がさほど多くはない田舎の図書館だけど、手元に届いたのは年が明けてからだった。連絡をもらっていそいそと受け取りに行ったのがつい数日前のことだ。手にしてからあっという間に読んでしまった。
本作のテーマは「詐欺」で、ロマンス詐欺、受験詐欺、オンラインサロン詐欺を題材にした中編3本からなる。

読み終えて思ったのは、詐欺は自分から最も遠いようで、最も近いのではないか、ということ。誰にも起こり得るからこそ不気味だったし、そこにいるみんな、決して悪い人ではなかった。騙す方も騙される方もきっかけはありふれていて、白と黒みたいにはっきりとした線はなくて、驚くほどのグラデーションだった。グレーともいいがたい、とても自然なグラデーション。そして、ほんの少しのバランスで崩れ始める。まるでジェンガみたいに。

自分の力ではどうすることもできなかった環境や状況が、誰かの人生を変えてしまう。思い詰める人と、思い詰めない人。のらりくらりかわせることができる人と、真っ向からぶつかってしまう人。見て見ぬ振りができる人と、直視し過ぎてしまう人。もちろん、環境や状況が全ての人を変えてしまうわけではない。どんな状況下にあったって適応できる人もたくさんいる。でもそうじゃない人がいることは確か。

本作の1話目の「2020年のロマンス詐欺」はコロナ禍における大学生が主人公。2020年4月、せっかく入学した大学は入学式すら開催されず、授業はリモート、もちろん友達もできない。恋人なんて夢のまた夢。オリンピックもなくなった。定食屋を営む両親は緊急事態宣言で休業を余儀なくされてしまい、その影響は仕送り半額という形で主人公に降り注ぐ。当たり前のようにバイトも不採用で、たったひとり、小さなアパートの一室で、誰にも会わずにひっそりと息をしなければならなかった。そんな中、古い友人から割のいいバイトに誘われ、彼はそれを始めてしまう。


今振り返ると、いちばん自由にいろんな経験ができるのが大学時代だったように思う。臆病だったわたしはそのチャンスを棒に振ったきらいもあるが、自分のことというよりも、一般的な解釈として、大学時代だから許される経験は間違いなくある。いろんな職種のバイトにチャレンジしたっていいし、そのお金で海外旅行に行ってもいい。一人暮らしをしていればなお、親の目を気にせず昼まで寝たり、朝帰りしたり、ある種のだらしなさを覚えるのもこの時期だった人は多いだろう。

その初っ端からコロナ禍に飲み込まれた大学生を、自分に置き換え、想像したことは実は何度もあった。自分がもし今大学生だったらどうする?と夫や友人と話したことも1度や2度じゃない。そしてわたしたちは口を揃えて言った。
「ほんと、かわいそうだよね」
かわいそう以外に、彼らをねぎらう適切な言葉が分からない。もちろんかわいそうだなんて上から目線の言葉を本人たちにぶつけるつもりはさらさらないが、わたしたち大人がそう言葉を交わすくらいには、異常な世の中になってしまったのだ。

割のいいバイトは結果的に詐欺なわけだが、この小説を読んだ誰もが彼を責められないと思うだろう。誰が悪いわけでもない未曾有の事態に、わたしたち大人よりも、ずっとずっと絶望を見ていた主人公。お金がない。お金がいる。その焦燥感は、正しい判断を鈍らせる。ましてや高校を卒業し、夢と希望に満ち溢れた彼らの傷ついた心で、正義を貫くのはあまりに過酷だ。
もしわたしなら?やはりそう置き換えて考えずにはいられない。

ちなみに「2020年のロマンス詐欺」はオール讀物の2021年の1月号にて発表されている。2021年の1月号にこれが掲載されているということは、書いたのはもちろんコロナ禍初期の2020年で、これからどんなふうに事態が動くのか右往左往し、揺れまくっていた頃ではないか。そのときにこれを書き切った辻村深月さんは本当にすごいし、作家としての嗅覚がずば抜けて優れているとしか言いようがない。


もし自分に勉強ができる子とそうじゃない子がいたらどうする?と想像して胸が締め付けられそうになった「五年目の受験詐欺」も、もし自分がついた小さな嘘が転がり続けてしまったら、一体いつブレーキをかけるだろうと考えて、軽くオエっとなってしまった「あの人のサロン詐欺」も、どれもわかりすぎるほどに身近だった。
やはり詐欺と人生はさほど遠くない話だ。みんな被害者になりうるし、加害者になりうる。そのくらい、危うい時代にわたしたちは生きているのだ。


昨年は1ヶ月ごとに読んだ本をまとめていましたが、今年からは読んで心に来たものは、1冊ずつ感想を書いていきたいと思います。
よかったらお付き合いください。

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